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7月最後の蒸し暑い日です

立っているだけで汗がたら~っと流れてきます

アポイントで中野に行ったついでに、幼い頃母とよく行った新井薬師にお参りしてきました

 

 

私がまだ3歳くらいの頃、両親と中野のアパートに住んでいて

6畳一間に小さな台所という小さな部屋でした

私が赤ちゃんの頃、あせもだらけになって、まるで真っ赤なお猿さんみたいになってしまったので

父からの初めてのプレゼントはエアコンだったそうです

当時、エアコンのある家はまだ少数派だったので、隣のおばちゃんたちは

「ああ、有美ちゃんのおうちは涼しいねえ」と言って夏の昼間はいつも隣のおばちゃんが居座りながらも、私の面倒を見てくれたので、母は相当助かったと言います

つまり両親にとっても中野は思い出の街 

新井薬師は、母に連れられてよく行った場所です 

 

 

思い出話の中でよく出てくるのですが、大人になってから一度も行ったことはありませんでした 

行ってみると、地元に根付いた小さなお寺さんで 

地元の人の憩いの場所でもあるようです 

体育会系の中高生たちが、汗だくになって走ってきて、井戸水をペットボトルに入れて飲んでいました

 

 
   

気になる井戸に近づいてみたら、なんとトンボが 

トンボさん、今日は暑いね、と声をかけながら近づいて写メ


 

 
この井戸はずっと昔からあるようですが、幼かった私の記憶にはありません

それもそのはず、半世紀も前頃は、井戸の存在は、ちっとも珍しくなかったからでしょう

井戸水を手で受けてみると、ひんやりして、とてもイイキモチ 

きっとこの場所も昔とほとんど変わっていないのでしょう 

ここには、静かで穏やかな空気が流れています 

 

 


しばしノスタルジーに浸ってしまった 

アレから半世紀、男の子にしか見えない、パパそっくりの赤ちゃんだった私は

昨夏、父亡き後も、後継者として会社運営させていただいています 

そして「経済界」は創業50周年を迎えました

父が若い頃、この地で何を想い、何を語ったのでしょうか

いくつもの夢を叶えてきた父が望むことは、自分がいなくなっても、会社が永遠に続くことでしょうから

社員一丸となって、新しい時代に挑んで行きますからねっ 

さっきのトンボがまた井戸の側の鉄棒に留まってくつろいでいます

 

 
  

この青いトンボくん、もしかしたら父なのかなあ、と思ったとたんに、ふわりとどこかに飛んでいきました 

パパ、天国から見ていてね

 

 
   

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関西支社開局40
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関西支社開局40周年祝賀会を行いました




場所はリーガロイヤルホテル





現場が離れているため、打ち合わせの機会があまりなかったので、心配していましたが

会場に入ったとたん、その心配は吹き飛びました

ものすごい数のお花が所狭しと届いて、お客様をお迎えする準備が着々と進んでいました。立派で華やかなお花の数、圧巻です




記念の講演会はおなじみの島田晴雄先生です

いつもながら軽快でわかりやすいお話をしてくださり、あっという間の一時間




続いて懇親会では、40周年のお祝いのメッセージをいただき、ただただ感激です

おかげさまで40年、大阪の皆様と一緒に歩いてきた数々の思い出

1974年、この地に支局を設立して地道な活動を続けながら、今日までこれたのは、地元の皆さまに支えられてきたおかげです

父は、多感な少年時代を、大阪の茨木市で5年ほど過ごしたことがあるのですが

父たち家族が最も幸せに暮らした時代だったようです

戦後に胸を患い若くしてこの世を去った父の父は逓信省(NTTの前身)で無線技師として働くエリートでした

茨木での家族の思い出は、穏やかで平凡な日々ですが、愛情に満ちたものだったのでしょう

父が大阪を好きだった理由はこんなところにあるのかもしれません

関西の経営者はみんなめっちゃ明るくて元気がよくて、日本的というよりはラテン系




だから、苦労を苦労と思わず、苦労ネタすら笑いにしてしまう強さを感じます

みーんなでようわろて(笑って)盛り上がって、おもろいこと言って、ウケルまで突っ込むんやね

関西のお笑い芸人のような経営者がぎょうさんいてはるから

会場は賑やかで華やかでいつまでも笑いが絶えませんでした

オントシ90歳の池田泉州銀行名誉顧問の清滝一也さんに日頃のお礼と敬意を表して花束贈呈




いつまでもご指導ご鞭撻くださいませ

そして、これからも末永く経済界関西支社をよろしくおたのもうします





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「せっかくよう大阪きてはるんやから、大阪のいっちばんなお祭に行かなあかんね」

昨年、大阪日日新聞のオーナー・吉岡利固さんにそう言われ

チケットが送られてきました



な、な、なんと、1番

いったいこの席はどんな席なのか、わくわくしながら、当日着る浴衣を準備します

チケットは1から3番まで、大阪在住のゴットハンドなエスティシャンの妹ちゃんと、昔からの飲み友社長をお誘いして

 

天神祭の会場までタクシーで

「お客さん、今日は道路規制が厳しいよって、帰りはタクシーなんか拾えまへんよ

「去年も、お客さん乗せたものの、30分経っても一センチも動かんでな、お客さんしびれ切らして降りてしもたんですわ

とにかく、どえらい人出らしい、東京でいえば、隅田川の花火のようなものかも

天神祭のために浴衣の着付に行ってきた妹ちゃんは

「美容院を12時に予約していたので楽勝と思っていたのに、仕上がったのは4時だったんです

美容院情報からしても、危機管理をする必要がありそうです

現場近くで降ろされて、地図の場所まで徒歩、ですが、とにかくものすごい人人人




用意されたお席は、大阪日日新聞社の特等席

いきなりテンション上がるご一行様

 

だんだん暗くなって、風も少し出てきました

川床のようになっている席なので、涼しくて快適です

 

 


落語などのイベントを行いながら、いろいろな船が行きかいますが

天神祭りは神事なので、祭神の菅原道真の御魂が奉られる、御鳳輦船(ごほうれんせん)は特別な存在です

御鳳輦船が近くを通るときは、あたりのドンチャン騒ぎは一瞬シーンと静まり返って皆、合掌するのです


   
「んっ ほうれいせんだって、なーんかいやな響きだこと

「ほうれいせん、来たよ、はい、ナムナムしなくちゃ

「ほうれいせんじゃないって、ほうれんせん

お席で缶チュウハイを飲みながら、ゴキゲンなご一行様です

花火が上がる前にスポンサーの紹介もするので、仕事柄、この広告費はいったいいくらなんだろう、と下世話な妄想をしてしまう私




地元企業が地元にお金を落として、街の活性に一役かうのは素晴らしいことです

次々に上がる花火

 

火薬の臭いや灰が飛んでくるのは臨場感あふれる夏の風物詩
 
華やかな夜空を眺めながら
 

 

戦中の時代に、大阪の茨木市で、父が小学5年生から中学3年生くらいまで過ごしていたのですが

父たち家族が最も幸せだった頃と書いてあった記事を読んで
 
なんとなくノスタルジーに浸ります

たくさんの華やかな奉納花火は、天高く、天国まで届くのかな

父も天国から、この空を見下ろしながら、「地方活性が日本活性の鍵なのだ」と熱い想いを語っている気がした

ナニワの熱い夏の夜