経済界のHP
http://keizaikai.co.jp

にほんブログ村
kireiStyie 美の賢人ブログ
それにしても、時代の流れとは、常識をも変えてしまう不思議な現象です
思えば、マクドナルドが日本上陸したのが1971年のこと
1ドル360円
大卒初任給4万円
タクシー初乗り130円
JR(当時は国鉄)初乗り30円
そんな時代にマクドナルドは80円、ビックマックは200円でした
今で言うと、ビックマックは900円くらいということですから、超セレブな食べ物でした
祖母が入院していた病院の近くにマクドナルドがあって
母と4人の子供たちでお見舞いに行った帰りに
「ママ~、マック食べたいよ~
」
と、いうことで、マックバーガーと、マックシェイクを買ってもらったのが
記念すべきマックデビューの日でした
初めての味に感動して、アメリカでは普通にコレを食べているんだ、いいなあ~
憧れのアメリカに想いを馳せながら、セレブになった気分でほおばったことを懐かしく思い出します
日本マクドナルドの創業者である、藤田田さんは、父とも懇意にしており
雑誌「経済界」にも常連のように登場していましたっけ
マクドナルドを食べることが豊かさの象徴のようであったあの頃
アメリカでは郊外のファミリー向けの店舗が主流であった頃に
藤田さんは「郊外なんて目立たない場所ではダメだ
」と言い切り
日本一人通りの多い銀座に一号店を出店
創業から1984年頃までの約13年間、銀座三越の1階にマックがあったのです
この頃は、銀座三越で働いていたので、よくココでマックをランチではなく、おやつに買って食べたことを思い出します
当時は銀座でハンバーガーをほおばりながら歩くことが、おしゃれなヤング(古っ)たちの証でもあったのですから時の流れは面白いものです
最近では、銀座三越のマックで買って食べたことがあるとか、あったことを知っている人も少なくなりましたが
未だに銀座三越の前を通るとマック一号店のカウンターを思い出します
どんな時代も、出る釘は打たれるのですが
まことしやかに「ねえ、知ってる?マックの肉は猫の肉なんだって
」
という子供が好きそうな噂話が飛び交っていたものです
今でも愛され続けるマックですが、セレブというよりも、子供でもお小遣いで買えるおやつという位置づけだったり
ビジネスマンたちの朝マック=マックで朝食だったりと
庶民的に多様化し続けています
マックが日本上陸して40年以上経ちますが、当時の記者会見で藤田さんが言った言葉↓
私がハンバーガーに手を出したのは、日本人が国際的競争力に勝つための体力づくりのためだ。
日本人がパンと肉でできたハンバーガーを1000年食べ続ければ日本人も金髪になる
う~ん、確かに最近は金髪にしている人も増えましたがね
体力をつけるためにハンバーガーを食べて、世界に挑もう、というう藤田さんの想いは
残念ながら、健康志向の強い現在では、マックは食べてはイケナイものリストに入ってしまいます
しかし、子供の頃にマックを食した世代は、いくつになってもマックに親しみや愛着を感じてしまうのだから
三つ子の魂百までも的に、やたられたり、ですね
現在の日本マクドナルド社長は、カナダ出身で、現場経験豊富なサラ・カサノバさん
社長就任直後に、中国の食品会社による期限切れ食肉問題が発覚して、つるし上げ会見となってしまったカサノバ社長ですが
創業者の想いは、自分がいなくなっても、誰かが継承し続けて、永遠に生き残っていくことですから
創業者の藤田さんは天国からどんな想いで見ておられるのでしょう
カサノバ社長には、何事にもめげずにがんばってほしいものですね
経済界のHP
http://keizaikai.co.jp

にほんブログ村
kireiStyie 美の賢人ブログ
http://keizaikai.co.jp
にほんブログ村
kireiStyie 美の賢人ブログ
それにしても、時代の流れとは、常識をも変えてしまう不思議な現象です
思えば、マクドナルドが日本上陸したのが1971年のこと
1ドル360円
大卒初任給4万円
タクシー初乗り130円
JR(当時は国鉄)初乗り30円
そんな時代にマクドナルドは80円、ビックマックは200円でした
今で言うと、ビックマックは900円くらいということですから、超セレブな食べ物でした
祖母が入院していた病院の近くにマクドナルドがあって
母と4人の子供たちでお見舞いに行った帰りに

「ママ~、マック食べたいよ~
」と、いうことで、マックバーガーと、マックシェイクを買ってもらったのが

記念すべきマックデビューの日でした
初めての味に感動して、アメリカでは普通にコレを食べているんだ、いいなあ~
憧れのアメリカに想いを馳せながら、セレブになった気分でほおばったことを懐かしく思い出します
日本マクドナルドの創業者である、藤田田さんは、父とも懇意にしており
雑誌「経済界」にも常連のように登場していましたっけ

マクドナルドを食べることが豊かさの象徴のようであったあの頃
アメリカでは郊外のファミリー向けの店舗が主流であった頃に
藤田さんは「郊外なんて目立たない場所ではダメだ
」と言い切り日本一人通りの多い銀座に一号店を出店

創業から1984年頃までの約13年間、銀座三越の1階にマックがあったのです
この頃は、銀座三越で働いていたので、よくココでマックをランチではなく、おやつに買って食べたことを思い出します
当時は銀座でハンバーガーをほおばりながら歩くことが、おしゃれなヤング(古っ)たちの証でもあったのですから時の流れは面白いものです
最近では、銀座三越のマックで買って食べたことがあるとか、あったことを知っている人も少なくなりましたが
未だに銀座三越の前を通るとマック一号店のカウンターを思い出します
どんな時代も、出る釘は打たれるのですが
まことしやかに「ねえ、知ってる?マックの肉は猫の肉なんだって
」という子供が好きそうな噂話が飛び交っていたものです
今でも愛され続けるマックですが、セレブというよりも、子供でもお小遣いで買えるおやつという位置づけだったり
ビジネスマンたちの朝マック=マックで朝食だったりと
庶民的に多様化し続けています
マックが日本上陸して40年以上経ちますが、当時の記者会見で藤田さんが言った言葉↓
私がハンバーガーに手を出したのは、日本人が国際的競争力に勝つための体力づくりのためだ。
日本人がパンと肉でできたハンバーガーを1000年食べ続ければ日本人も金髪になる
う~ん、確かに最近は金髪にしている人も増えましたがね

体力をつけるためにハンバーガーを食べて、世界に挑もう、というう藤田さんの想いは
残念ながら、健康志向の強い現在では、マックは食べてはイケナイものリストに入ってしまいます

しかし、子供の頃にマックを食した世代は、いくつになってもマックに親しみや愛着を感じてしまうのだから
三つ子の魂百までも的に、やたられたり、ですね
現在の日本マクドナルド社長は、カナダ出身で、現場経験豊富なサラ・カサノバさん

社長就任直後に、中国の食品会社による期限切れ食肉問題が発覚して、つるし上げ会見となってしまったカサノバ社長ですが
創業者の想いは、自分がいなくなっても、誰かが継承し続けて、永遠に生き残っていくことですから
創業者の藤田さんは天国からどんな想いで見ておられるのでしょう
カサノバ社長には、何事にもめげずにがんばってほしいものですね
経済界のHP
http://keizaikai.co.jp
にほんブログ村
kireiStyie 美の賢人ブログ














」と目をキラキラ輝かせて手を挙げました




