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連休真っ只中、久々に叔母と従姉妹とお食事会です
お食事会のメインテーマは叔父の11回忌
叔父の葬儀の時は、父が生涯最後の弔辞を読んだのですが、その日のことが懐かしくよみがえりました
叔父と叔母、そして父は切っても切れない深い縁で繋がっています
戦後、父の父(私の祖父)が亡くなったため、父たち家族は、祖父が勤める逓信省の社宅に住み続けられなくなりそうになるのですが
当時、祖父の部下だった洋太郎さん(叔父)が、叔母と結婚することで、家族が社宅に住み続けることができたのです
父たち家族は、祖母と4人の子供たち、そして、祖母の母も一緒に暮らしていたので
祖父がいなくなると、6人もの家族が社宅から出て行かなくてはならず、路頭に迷うことになるわけです
実は父が19歳の時、逓信省に内定が出ていたのですが、なぜか正忠青年は家出をしたそうです
家出先はなぜか横須賀の近くの金沢八景あたりだったといいます
19歳の正忠青年が何を思って家出をしたのかは、当時を知る叔母も真相はわからないのですが
青春時代はだれでもよくわからないくらいの夢や希望や想いにあふれていますから
父である寛雄さんを尊敬するも、自分自身が寛雄さんのような、真面目な役人になることを想像できず、家族と離れた場所て悩み苦しんでいたのかもしれません
亡くなった寛雄さんの部下だった洋太郎さんと、妹(叔母)が結婚すれば、家族たちは路頭に迷わず変わらぬ暮らしが確保できる
一見策略的に聞こえなくもない結婚のようですが、優しくおおらかで気のいい洋太郎さんは、佐藤家に養子に入り、生涯叔母を大切にしてくれました
養子に入る、ということも、偏見された時代にも関わらず
叔父は叔母とその家族のために、佐藤姓となり、家族を養い
(写真は私の両親の結婚式のもの。前列左が父、仲人の市村清氏、父親代わりで中曽根康弘氏、祖母、叔父、従姉妹のるみ子、叔母)
KDDI定年後も請われて仕事に関わり、サラリーマンの王道を歩いた真面目な人で
お酒を飲むとやけに陽気になり、時には陶芸を楽しんだりして、つつましい晩年を送りました
いつもにこにこと笑顔で迎えてくれ、茨城弁の訛りがご愛嬌だった優しい叔父
「とっても素敵ないい人だったわ。こんなに早くいなくなっちゃうんだったらもっと愛してあげればよかった
」と叔母
叔父と叔母が、佐藤家を守ってくれたからこそ、父が人生にチャレンジできたのは言うまでもありません
父が好きな映画に「男はつらいよ」があるのですが、渥美清演じる車寅治郎こと「フーテンの寅さん」の生き方は、父の若い頃とそっくりです
寅さんだって、妹のさくらや、夫の博さん、おいちゃんやおばちゃんがいたから、好き勝手なことをしていても
しばらくぶりに帰ってくると、愛情たっぷりに迎えてくれる家族がいたからこそ
また、旅に出ることができたのですから、家族の存在はありがたいものなのです
叔父の方が天国歴は先輩ですが、父と再会して昔話に花を咲かせているに違いありません
そういえば、最近、叔母と従姉妹の家に若いオス猫が家族に加わりました
ロシアンブルーのロン君
「今年の始め頃、占い師に秋に若い男性と出会いがある、って言われたの
それがまさか猫だったとは、、、
」と従姉妹
「あはは、まさかのオス猫
」
私たちの笑い声が天国まで届きますように
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お食事会のメインテーマは叔父の11回忌
叔父の葬儀の時は、父が生涯最後の弔辞を読んだのですが、その日のことが懐かしくよみがえりました
叔父と叔母、そして父は切っても切れない深い縁で繋がっています
戦後、父の父(私の祖父)が亡くなったため、父たち家族は、祖父が勤める逓信省の社宅に住み続けられなくなりそうになるのですが

当時、祖父の部下だった洋太郎さん(叔父)が、叔母と結婚することで、家族が社宅に住み続けることができたのです
父たち家族は、祖母と4人の子供たち、そして、祖母の母も一緒に暮らしていたので
祖父がいなくなると、6人もの家族が社宅から出て行かなくてはならず、路頭に迷うことになるわけです
実は父が19歳の時、逓信省に内定が出ていたのですが、なぜか正忠青年は家出をしたそうです
家出先はなぜか横須賀の近くの金沢八景あたりだったといいます

19歳の正忠青年が何を思って家出をしたのかは、当時を知る叔母も真相はわからないのですが
青春時代はだれでもよくわからないくらいの夢や希望や想いにあふれていますから
父である寛雄さんを尊敬するも、自分自身が寛雄さんのような、真面目な役人になることを想像できず、家族と離れた場所て悩み苦しんでいたのかもしれません
亡くなった寛雄さんの部下だった洋太郎さんと、妹(叔母)が結婚すれば、家族たちは路頭に迷わず変わらぬ暮らしが確保できる

一見策略的に聞こえなくもない結婚のようですが、優しくおおらかで気のいい洋太郎さんは、佐藤家に養子に入り、生涯叔母を大切にしてくれました
養子に入る、ということも、偏見された時代にも関わらず
叔父は叔母とその家族のために、佐藤姓となり、家族を養い

(写真は私の両親の結婚式のもの。前列左が父、仲人の市村清氏、父親代わりで中曽根康弘氏、祖母、叔父、従姉妹のるみ子、叔母)
KDDI定年後も請われて仕事に関わり、サラリーマンの王道を歩いた真面目な人で
お酒を飲むとやけに陽気になり、時には陶芸を楽しんだりして、つつましい晩年を送りました
いつもにこにこと笑顔で迎えてくれ、茨城弁の訛りがご愛嬌だった優しい叔父

「とっても素敵ないい人だったわ。こんなに早くいなくなっちゃうんだったらもっと愛してあげればよかった
」と叔母叔父と叔母が、佐藤家を守ってくれたからこそ、父が人生にチャレンジできたのは言うまでもありません
父が好きな映画に「男はつらいよ」があるのですが、渥美清演じる車寅治郎こと「フーテンの寅さん」の生き方は、父の若い頃とそっくりです
寅さんだって、妹のさくらや、夫の博さん、おいちゃんやおばちゃんがいたから、好き勝手なことをしていても
しばらくぶりに帰ってくると、愛情たっぷりに迎えてくれる家族がいたからこそ

また、旅に出ることができたのですから、家族の存在はありがたいものなのです
叔父の方が天国歴は先輩ですが、父と再会して昔話に花を咲かせているに違いありません
そういえば、最近、叔母と従姉妹の家に若いオス猫が家族に加わりました
ロシアンブルーのロン君

「今年の始め頃、占い師に秋に若い男性と出会いがある、って言われたの
それがまさか猫だったとは、、、
」と従姉妹「あはは、まさかのオス猫
」私たちの笑い声が天国まで届きますように

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」とアナ雪のエルサのように何かに挑むイメージで出発です

















