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ゴルフ好きの私も、さすがにこの暑さで、ここいらでやるゴルフは気が進まないのですが
 
北海道、となればまったく別っ

前日に札幌入りして、ジンギスカンで明日のためのパワーをいただいてエネルギーチャージ

 

翌日は名門・小樽カントリー倶楽部へ

 

うわあ~、やっぱ北海道、最高っ

爽やかな天気に恵まれ、ルンルン気分で向います

道端にはもうコスモスが咲いていたりして、北海道の夏はお盆が終わったらオシマイ

だから地元のゴルフ好きはほぼ毎日ゴルフをするほどのトップシーズンなのです

小樽カントリー倶楽部では、8月28日から開催されるニトリレディスを控えて、コースセッティングもプロ仕様に

 

おっと、そういうことか、こりゃは大変、プロ仕様とは、難しいんだろうな
 
それでもコースに出ると、北海道特有の広大な大地を感じる美しい景観に圧倒されます

 

涼やかな風といい、最高~

しかし、コースをまわり始めてすぐに、思い出したのは、北海道のラフは粘っこいということ

ラフに落ちたボールを出すのに苦労させられました

しかし、また、バンカー直前のラフがバンカーインを助けてくれることもあったりするのですから面白いものです

 

それにしても、都会のなまっちょろいワタクシにとっては、全歩きのコースは久々でして

しかも、北海道ゴルフはスルーが基本ですから

平坦なコースとはいえ、距離が長いので、足腰バテバテに

心の中で「タクシー呼んで」と叫びながらも、平然を装いつつ、歩き続けます

こういうときに限って、打ったボールがラフに入っちゃったりして

 
それにしてもさすが北海道、もうすでに枯葉が落ちた秋の顔もチラ見せてくれました

 

終わる頃には足腰ガクガクのヨレヨレになったものの

それでもプレー終了後の一杯のビールは最高っ
 
名門・小樽よ、またいつかリベンジに参上いたします

 



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仲良しの従姉のNちゃん、占い師に良縁を見てもらったところ、8月10日の11時~13時に、東南の方向に行くべし

そんなお告げ を頂いたので、夏休みだし、運転手やるよ、ということで

Nちゃんと良縁祈願のために安房神社に行ってきました

 

8月10日はお盆期間ですから道路も渋滞することを想定して、片道3時間覚悟で出かけました

朝のうちは雲行きが怪しく、雨も降ったりしていましたが、渋滞まったくなしで、9時には最寄ICに着いちゃいました 

空も、朝の雨はナンだったの、というくらい美しい青空が広がっています

「まだ9時だからお店もやっていないね~」

「あーっ、ピーナッツソフトのお店だっ、9時から営業ですって

 

もう、テンションあがる、あがる

実はトシガイもなく、ソフトクリームが大好物でして、房総のピーナッツソフトは一度食べてみたいと思っていた夢の実現です

 

ピーナッツそのもののお味の濃厚さといい、後味が甘ったるく残らない、絶品ソフトクリーム、もうとろけちゃいます

「めっ ちゃ ウ マ イ、う ま す ぎ る 、、、あ、だけど、アサイチ食物がコレとはヤバくない

「いいのよ~、おいしいもので満たされてから、良縁祈願なんて、利きそうじゃない

それにしても、占いによるオンタイムまでまだ2時間もあります

せっかく房総半島の先端まで来たのだからと、海岸線ドライブ

青い空、白い雲、そして心地よい潮風、美しい日本の夏

 

「わーい、海だ、海だ

オンシーズンだというのに、海で遊ぶ人もほとんどいなくて、静かで穏やか
 

 

「もう何年も水着なんか着ていないわ

子供の頃、夏休みに海で真っ黒けに日焼けしたことを思い出したりして

寄り道をしながら、11時、まさにオンタイムに安房神社に到着

 

するとこの日は3年に一度のこの地域の例祭で、一之宮である安房神社に各神社の神輿がご挨拶にやってくるという祭事の日で

 

神殿では厳かに神事が行われていました

 

 

神事が終わると、勇ましい掛け声と共に、勇壮な男衆さんたちが神輿を担いで次々に境内にやってきます

 

 
真夏の陽射しの中、男衆さんたちの流れる汗といい、力強い掛け声といい

 

激しく力強い生命力のぶつかり合いのような神輿担ぎは圧巻です

中には、どでっかい神輿担ぎこぶができている猛者のおっちゃんも

 

おっちゃん、体のシルエットが変わろうと、神輿担ぎに命かけているんだろうな

それにしても、こんなに素晴らしいお祭なのに、見物客より担ぎ手の方が多いとは、またまた驚きでしたが 

間近で素晴らしお祭を見物できたことは、超サプライズでした 

 

こんな素晴らしいサプライズがあったのだから、Nちゃんの良縁も期待できそうですね 

さて、これでメインイベントを終えたわけですが、占い師からのお告げのもうひとつは 

「地のものを食すべし」

アサイチピーナッツソフトに始まり、房総ですもの、やっぱお魚でしょ 

と、いうわけで地元の食堂でお刺身定食 

 

地元の海でとれた新鮮な魚介類は旨いに決まってます 

ますます水着とは縁が遠のくワタシタチ 

水着の縁なんかどうでもいいと開き直りますが、Nちゃんの良縁、カモーン

良縁の条件は、、、ゲイじゃないこと。。。うふっ  

 
 




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戦後70年、ということで、連日戦争について語られる番組が増えています


私が中学生の頃、夏休みの宿題に出されたテーマは、親から戦争体験を聞いて、作文を書くことでした

担任のK先生は、私の母と同年の昭和9年生まれ、国語を専門とする今で言う熱血系の教師

母から聞いた戦争体験は、前橋に住んでいた頃、空襲から逃げる話でしたが

何せ、当時、11歳の母が長女で、まだ幼い兄弟たちは、戦争の意味などわからなかったでしょうから

幼い兄弟を導引するのが大変で、必死にとうもろこし畑に身を隠したということを母は淡々と語ってくれました

 母方の祖父は軍人でしたから、女子供だけ残され、戦火から逃れる臨場感は聞いていてドキドキしたものでした

一方父のインタビューはというと

父方の祖父も無線技師として南方に行っていたので、祖母を中心とした女子供が当時日暮里で暮らしていたわけですが

(父方の祖父・佐藤寛雄氏。戦争で南方に派遣。戦後は家族の元に帰ったものの、肺をわずらい50歳くらいでこの世を去った)


だんだん戦争が激しくなって、お金もない、食べるものもない、という粗悪な環境で細々と暮らしていた佐藤家が

いよいよ東京にいては危険、ということで、ある日の朝早く、佐藤家一同、満員の疎開列車に飛び乗って、父の故郷である秋田に疎開するのです

そしてその列車の中で東京に空襲が投下されたことを知ることに

もしもその日、疎開列車に乗っていなければ、私の存在すら、なかったでしょう
 
何とか親戚のいる秋田に疎開したものの、父を筆頭に4人の子供と、祖母、曾祖母となると、家族6人が生活するには大変で

当時17歳だった父は、小学校で代理の教師となり、多少の賃金を得たようです

(写真は父17歳頃(中央)、代用教員時代) 


祖母は縫い物が得意だったので、着物の仕立てで賃金を得ようとするのですが

そもそも当時の秋田自体が貧しい地域でしたから、そう簡単に稼げるわけでもなく、生活は本当に苦しかったといいます
 
そんな中で、17歳の多感な時期を過ごした父、ちゃっかり好きな女性ができて、女性を追っかけまわしたりと、けっこう楽しい青春を送ったようです

父から聞いた話は、疎開列車の中で東京大空襲を知ったことで、九死に一生を得たというネタと

好きな女性を追っかけ、最後はフラれるという、甘く切ない思い出

今で言う、ストーカー的行為だったのかもしれません


そんな内容で書いた作文でしたから、戦争、というよりも、父の青春物語的になってしまい

採用されたのは戦火から必死で逃れようとした臨場感あふれる母の体験記の方でした

いずれにせよ、私たちの両親はなんらかの戦争体験を背負った人生を歩いてきた人たちです

この時期になると、戦争の語り部が体験を語りますが、いずれも高齢者ばかり

満州事変に翻弄された,李香蘭こと山口淑子さんも昨年この世を去りましたが

劇団四季のミュージカル「李香蘭」のカーテンコールの最中に、浅利慶太さんと腕を組んで舞台前に登場した山口淑子さんを見たときは、感激で涙が出てしまいました

劇団四季 李香蘭 カーテンコール

「李香蘭」は父も大好きな作品で、何度観ても、クライマックスシーンでは人目もはばからず号泣する父の姿を思い出します
  
李香蘭が裁判にかけられるクライマックスのシーンで父が号泣した台詞


「私は日本人、山口淑子です。日本を愛しています。そして、中国も愛していますっ!」

また「李香蘭」、観たくなりました





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