前回、なりたい自分を次回書こうと締めくくった、けれど…。

この数日メンタルが不調で、
それについて書くことが良いか悪いかはわからないけど書いてみよう。

まずは、ずーっと私を苦しめているこの漠然とした不安。
ひとことで言うとしたら何だろう。
多分、本当の意味での自立をしていない、という事だろう。
結婚するまでは働いていたし、自分の稼ぎで一人暮らしをしていたこともある。
でも、精神的自立とは程遠いものだったと思うし、妻になり母になった今もそれは変わらない。
つまり、夫に何かあった場合、自分が大黒柱にならなきゃいけないけど、そんなこと自分にできるのだろうかという不安。今はそんな事態になっていないけど、何が起きるかわからないのも事実。だから不安なのだ。

それから、行く末がわからないことへの不安。持ち家がないことへの不安。
転勤族という性質上、これは仕方ないのだけど、多分もともとはどこかに定住したい性分なのだろう。
じゃあ将来どこに住みたいのか、と考えたときに、やはり浮かぶのは地元周辺。
だけど…。

この10年で地元もガラリと変わった。
だいぶ先のこととは言え、住宅情報を調べてみたりもした。
スカイツリーもできて、以前に増して便利になって、もちろん住宅も高くなり、駅近などは夢のまた夢となった。

そんな現実を目の当たりにして、
自分に特別なスキルがないことへのうしろめたさ、ボーっと生きてきたことの代償に今更ながら気づき凹んだり。
あろうことか、出世街道をはずれたであろう主人を心の中で責め始める始末。
この心の動きに自分自身が嫌になるのに、
もちろん言葉にはしないけれど言動に現れてしまっている今日この頃にまた凹む。

要は、これが、こんな姿が自分の本性なのかと愕然としているのです。

アメリカでの7年、横浜での4年。
彼と出会い結婚しなければ経験できなかったことばかり。
ここに来て鬱になったとき、
見捨てずにいてくれた事も、
ウチの親にも優しくしてくれる事も、
子供たちをちゃんと愛してくれる事も、
まじめに働いてくれる事も、
いつも家族のことを考えてくれる事も、
いつのまにか当たり前になって…。

大好きで、尊敬できて、
何より優しい気持ちになれることが幸せで。
少なくとも私はひとつの妥協もなく結婚した。彼と結婚したことを後悔したことなどない。

結婚してから今年で満13年。
その間子供も2人生まれて、
歳もとって、少しづつ変わっていった夫婦の形。
普通と言えば普通だろう。

それでも、
自分の中に、
やはり、湧き出るような優しい気持ちや愛情や感謝を確かなものとして感じたいのだ。なぜ感じられないのだろう。あるはずなのに、じんわりと、感じたいのに。それだけで幸せになれるのに。
歳を取ると、そういうことにも鈍感になってしまうの?
それとも、私という人間の性質の問題なのだろうか?だとしたら、変われないのだろうか?変われないとしたら、この先も、もう心が幸せに満たされることなどないのだろうか?

若くはないけどまだ40。もうすぐ41。

人生はまだまだ続くだろう。

愛のない私に明るい未来などない気がする。そう思って怖くなる。
心臓がバクバクしながら眼が覚める。

こんな状態を、ホルモンのせいにしたがっている自分が居る。

明るい未来のために、
今のままの自分でいることは良くない気がするけど、まずは悪の自分も受け入れないことには変われないだろう。