駅から球場へ向かう坂道、知らない人同士が同じ色のタオルで頷き合う。ビールの泡がこぼれて、誰かが「今日は行ける気がする」って言ったのを、みんな聞こえないふりで聞いている。最初の打球音が街の雑音を切り裂くと、心拍だけが自分の声になる。
家観戦の人は、同じルーティンの席に座って、最初の一口だけ大事に残す。リモコンを握る手の汗で、巻き戻しボタンがすべる夜。通知の“ピロン”が鳴るたびに、まだ見ぬ未来からのネタバレが届きそうでスマホを伏せる。
そして、延長に入ると、応援歌の最後の一行だけがずっと頭の中でループする。勝っても負けても、終電前の階段は少しだけ軽くなるか、ちょっとだけ重くなるか。その差は、ほんの一球ぶん。
✅ よくある「クライマックスシリーズあるある」:
・初回のチャンステーマで声が裏返って咳き込む
・ビジター席で知らない人から飴をもらう(喉ケアの連帯)
・隣の人の“勝ちルーティン”に巻き込まれ、気づけば同じ動き
・ファウルボールが自分の方向へ来た“気がする”だけで脚が震える
・ヒロイン確信でカメラを構えた瞬間、なぜかピントが合わない
・勝利後の駅ホームで、知らない人と目が合って同時に親指を立てる
・敗戦後のコンビニで、いつも買わない甘いパンを手に取ってしまう
・翌朝の声がガラガラでも、会議の自己紹介で“おはようございます(小声)”
❌ 実際は…:
・「今日は静かに観る」と言いながら三回で立ち上がってる
・“神ってる”の正体は、五回裏の沈黙に耐えた肩こりだったりする
・SNS断ちを宣言しても七回の風船前にタイムラインを覗く
・終盤の大歓声、当の本人は耳栓で集中していたりする
・試合後に語る名言、半分はタオルで涙を拭きながらの聞き間違い
・「もう無理」からの逆転、「行ける!」からの凡退——だからやめられない
日本シリーズより劇的な試合が多いような気がするんだよな:
クライマックスシリーズは、理屈を超えた“今夜だけの物語”。球場にいても、茶の間でも、同じタイミングでため息が落ち、同じ拍手が湧く。ベンチの視線、ネクストの素振り、マウンドで帽子のツバを触る癖、七回の風の匂い——全部がページの端を少し折り曲げていくみたいに、物語のしおりになる。負けた夜は、改札を抜けるたびに胸の中でそっとスコアボードを消して、勝った夜は、同じ景色の光量が二割増しになる。翌朝、声が枯れている人を見つけたら、その人も昨夜のページの住人。どこの誰かなんて関係ない。「あの一球、覚えてる?」で通じ合う季節が、今年も来た。さて、あなたの“今夜の一球”はどれでした?