2歳から3歳までの発した言葉の記事を書いてから1年が経ちました。

 

母が台湾人、父が日本人、生まれは日本、育ちも日本、会話は母⇒子(台湾華語)、父⇒子(日本語と台湾華語)の言葉の変化の記事です。

 

台湾には1年に1回1週間帰国する程度です。

 

今回は3歳から4歳(幼稚園の年少に入る)までの1年間での言葉の変化について書きます。

 

3歳まではほぼ台湾人ママが話している台湾華語での会話が9割以上でしたが、3歳から日本語も少しずつでてくるようになってきました。

 

生活している中で、好きなアニメ、キャラクター、絵本など身近な物、事については日本語を使う機会が多くなってきました。

 

例えば、仮面ライダー、スパイダーマンが特に好きでしたので、キャラクターの固有名詞は日本語を使って、話の内容は台湾華語で話すといった感じです。「我的ガヴ很強」「你的ゼッツ很帥」「他やられちゃった」といった台湾華語と日本語をミックスした会話になってきました。

 

日本語しかできない人がいると場面によって、日本語を頑張って出して、伝えようとなってきました。

 

子どもたち同士で遊ぶ時は、家の近所の子供たちと遊ぶよりも、台湾の子供たちと遊んだほうが会話では困らない感じで自然でした。

 

今年2026年4月13日から、日本の幼稚園に入り、1週間がたちました。幼稚園に入る時には、日本語もある程度理解できるようになっていましたので、聞くのはまだ大丈夫だと思いましたが、返す反応の言葉はまだ台湾華語の方が速かったので、どう変化するのかなと思っていました。

 

幼稚園初日、先生につかまり教室に泣きながら入った時の言葉は日本語で「あっち!あっち!」3日目も泣きながら日本語で「トイレ!!」と危機回避の言葉をしっかり日本語で使っていました。

 

問題に直面した時に、人は頑張り、成長します。

 

1週間して、幼稚園の先生との面談でも日本語での問題は特にはないと言われましたので、幼稚園では言葉をよく聞いて、わかることは日本語で使っているようです。

 

園から出たら、台湾華語がばぁっとまた出てくるので、本人にとっては語学留学している感覚なのかもしれません。

 

ですので、最近は「我太累了」とよく言っています。

 

今日も教室でこんな会話をしていました。

 

「紅色的すべりだい是きけん的時候すべるの!」

 

1年後、年中になった時の会話の変化はなんとなく想像がつきますが、また1年後に書きたいと思います。

 

子どもが生まれてから、児童の言葉の変化に意識して生活してきて感じたことは、子どもの会話は言葉の環境と子供がハーフの場合は両親がお互いの国の言葉を理解していることが大きいかなと思います。

 

日本でもインターナショナルの幼稚園、保育園も増えてきたので、これから日本での幼児外国語教育がどうなっていくのか楽しみでもありますが、家庭での頑張りも大切です。