僕の過去・・・勢いで書いちゃったけど、一旦始めたからには書くことにするよ。この文を読む前に、前の文を読んだほうがいいかもしれないね。ブログの、「ふざけるな!」。
さて・・・僕の母については話したっけな?後は僕の父と、姉。今日は父を中心に話すことにしよう。
僕の父・・・なんだか、しっくりこない。ここでは『俺』で話すことにするよ。本当の『俺』だね。偽りの『僕』ではなくて。
小さい頃、親父には結構「躾」を教え込まれたと思う。親父は宮崎の出身で、どうやら地主の家で生まれたらしい。戦後の農地改革で貧乏になった家は、必然的に親父は・・・と言うより、昔は当然だったのだろうか、お父さんの小さい頃は手伝ってばっかりだったと、口癖のように言っていた。もとより、俺に手伝わせる為に言っていたのかもしれない。東京に出てきた親父は住み込みを経て・・・母さんと結婚したらしい。それまでの経緯を俺は知らない。
実は幼い俺が生まれる前から、「事」は起こっていたらしい。幼い俺は時々、ほんの時々起こる言い争いが嫌で嫌でしょうがなかった。喧しい母の高い声と煙たそうな親父の声は少し小さい耳には重かった。
保育園のクラスの半ば・・・二年か三年後に小学校入学を控えていた頃。その頃から俺は習い事に行き始めた。確か習字だったと思う。歳を重ねる事にその量は増えていき、習字に始まり、そろばん、塾、水泳・・・。水泳は俺が始めたいといったものだ。それ以外は全て、親に言われ、行った。
俺の性格について、いや幼い頃の俺は人の喜ぶ事が好きだった。そして人の悲しむ事が嫌いだった。そう俺は以前言った。『僕』の中で。今思うとあれは正確ではなかった。
俺の親父と母が喜ぶのを見るのが好きだった、だろう。
この習い事に行きたい?そう聞く親父や母の顔には「行かせたい」と書いてあった。親父も母も、大学に入れなかったせいか学歴コンプレックスを抱いていたんだと思う。特に親父の方はそれが酷く、小学校受験の為の塾に俺を何度も連れて行った。俺は嫌とは言えなかった。言えなかったのだ。必然と言うか偶然と言うのか小学校受験には落ちた、らしい。その時の俺にはよくわからなかった。そしてそのまま、俺は団地の近くにある小学校上がる事になった。
昔を思い出すってのは少し疲れる・・・もう寝よう、お休み。
