確かに私はすごい理論派なのですが、実は感覚派でもあるつもりです。
対人不完全情報ゲームは、「理論×経験=実力」だと考えています。
経験なく理論だけだと実戦に即したアクションができないし、理論なく経験だけを重ねてしまうと大敗してしまいます。
楽器演奏、例えばドラムなんかも「感性×理論=技術」だと思います。
なにがかっこよくてなにがイケてないかの感性がないと、いくら知識や理論を増やしてもイケてないドラムしか叩けないと思います。
逆に感性だけあっても知識や理論がないと気持ちよく体現できなかったりします。
実戦に即した理解を得るためにも、牌譜検討やいろんなプレイヤーと意見交換するのは効率がよいですね。
理論的なルール内最適を考えるのも大切ですが、他のプレイヤーがそのゲームをどう理解してどう行動するかを知ることも大切だと思います。
経験を理論的に考えたり、経験から論理的に理論を導き出す能力が不完全情報ゲームのプレイヤーには求められると思います。
生起確率が低い事象は実際より高く、高い事象は実際より低く感じやすいなどの錯誤することなく正確に物事を受信して推論できたらよいですね。
バランス感覚なども数値化するよりは実戦から感覚的に得て理論的に理解した方が効率がよいように思います。
そして新しい理論は共通点の発見か違和感から得られることが多い気がします。
Don't think! Feel! ではないけどthink(理論)もfeel(感覚)も両方大事!
羽海野チカ先生の『3月のライオン』の宗谷名人と桐山五段の対局シーンでの、桐山五段が違和感を感じた時の宗谷名人の「そういうもんだよ」と言うシーンはなんだか共感できます。
実際に打ってても「理屈で考えたらこれなんだけどなんかすっげえ違和感あんぞこれ!」みたいなことってありませんか?
あと個人的には感覚的なことを理論に落とし込むような話がとても好きです。
例)
・ツイてる人は何が違う?「幸運」を科学で解明
・ケリー・マクゴニガル: ストレスと友達になる方法
先日偶然見かけたタワレコのNO MUSIC,NO LIFE?でお馴染みのポスターで、the HIATUSの細美武士さんがコメントをしていました。

「今はコミットメントの時代。
様々な決断をもうこれ以上先延ばせない。
誇りを手に入れるか失うか、選択の時代の入り口にいると思っています。
音楽は過去においても現在においても、文明化・情報化で失われがちな、
人間の本能的野生的強さ、美しさ、そしてバランス感覚を呼び起こすものだと思います。」
細美さんらしい知性と感性を感じさせる言葉ですね。
音楽や美術などの芸術や、自然の景色や動物や花などは、数理や優劣の世界にいると失いがちな美的感覚や美徳などを取り戻させてくれる気がします。
あと以前にも挙げた荒木飛呂彦先生の『スティール・ボール・ラン』の単行本でのコメント。
「ここに登場する“聖なる遺体”とはいったい何者だったのでしょうか?最後までハッキリとは言いきりませんでしたが、“清らか”なものの象徴として描きました。“清らかさ”という感覚はとても大切な感覚だそうで、善悪の区別や、美徳や敬うべきものが、本能的に理解できるそうです。」
感覚を養う為にも、自分が好きと思う音楽を聴いたり、いいなと思う写真を観たり、お気に入りの道具を使ったり、素敵だなと思うアクセサリーを身に付けたりするのって大切だと私は思います。



