私は28歳の時に解体工事業の会社を立ち上げました。最初から法人として以前勤めていた会社を辞める少し前から手続きをしていました。


地元の素行の悪い工業高校を卒業し19歳で田舎から関東に出ました。

当時卒業就活の時に、ワルは皆こぞって解体業界に就職していました。

僕は地元で出世できない事がわかっていたので、母方の祖父の内縁の旦那の所でお世話になろうと思っていました。通称:東京のおじさん:です。東京のおじさんが何の職業かも分からないまま関東にでて、当たった先がやはり解体業だったんです。


実際19歳の僕は3K所か4Kも5Kもありそうなこの業界の洗礼を受けました。3年程最初の会社に勤めていた所、とあるタイミングで手伝いをお願いしていた業者の中に若い職人ばかりの会社がありました。関東に友達がいなかった僕にはすごく魅力的でした。すぐにその会社に移籍したい気持ちが湧き、先輩方と社長に伝えました。

建設業あるあるですぐには移籍は難しかったんですが、どうにか移籍する事が出来ました。受け入れる会社の方にももしかしたら客先を失うというリスクはあったんです。


移籍したのは良かったのですが同世代の活躍するなかで中途の僕は周りの同僚達より努力する必要がありました。やんちゃな世代の若者達がしのぎを削り合う様な日々で切磋琢磨していく中で社長からの信頼を得て従業員40人くらいいる中でトップ集団の中、筆頭になりました。辞める時に社長に言われたのが1000人に1人の逸材だと言われました。今でも覚えています。

給料も待遇も良かったのですが、ちょっとした事で社長と衝突する事になりました。そこで私は辞職を決意し自惚れていた僕は誰の傘下にも入らず独立の道を選んだ訳です。


当時28歳の僕は自信過剰でした。

実際にやってみると資金繰り、経理、事務整理、現場だけではない事をしり、何度も失敗しました。 キャッシュが足りず月末に500万必要だったにも関わらず払えない、

八方塞がり、資材置場で座り込み、1人焚き火でゆで卵を茹でていた時もありました。それでも月日は経験を与え、解決を促すのでした。

アップエンドダウンを繰り返し、社長としてキャリアを積み増す。

8年目に出世案件が重なりました。

5000万から一億の物件が重なりました。しかし派手に上がると派手に落ちるという事を知る事になります。

キャッシュがあると詐欺や投資の話が舞い込んでくるのです。

結局、その次の年、7500万で買ったビルを2000万で売る事になり2000万の仕事で工事金を支払って貰えず、裁判して1980万債権確定判決は出ても結局支払って貰えず銀行から現場引当融資の借換えで2000万引き上げられ、消費税金支払いが1680万

トータルで一億円以上を失いました。

そして最高の状態だったので自宅まで新築していたんです。個人資金で1千万出していました。


今までにも何度も苦境には当たって来ましたが今回は過去一でした。

毎回過去一のレベルが上がっているんです

銀行の担当者の方々も真っ青でした。

新居建築の為に購入させて頂いた土地は数年前にも資材置場用地を探している時にご紹介して頂いた所です。その時は条件が合わず購入は断念していたのですが、数年経った後、またお話を頂く事となり、僕もロケーションの良さや、子供達が伸び伸び暮らせる様に、敷地共に広い建築面積が欲しく、自宅用にと考えていたら不思議と話は進んでいく流れに。

当初は古屋付きで解体が必須でした。古い長屋で北側に山を背負って南側に畑が広がる典型的な昔の農家の作りです。弊社は解体業者なので自社で解体させて頂き、建築は銀行担当者の紹介で地元工務店にお願い致しました。

解体完了後、確定測量と崖法の対策の為、建築部分を全体的に南側にずらす必要がありました。そして建物建築中に先程お話していた事件が起こったのです。

頭金の千万をなんとか工面し、これ以上経済状況を悪化させないよう、日々焦燥感にかられながら、しかし、会社のリーダーとして不安や恐れを表に出さないよう平然を装いました。家族、会社のチームメイト達はよく大丈夫だと言う私の言葉を信じてくれたと思います。

自分自身、何度も自分を疑いました。何度も何度もギリギリの精神状態の中で出会った本や起きた出来事はやはり事実は小説よりも奇なりでした。

ある日、精神を病んだ僕はなんとなくふらふらと建築中の自宅敷地に立ち寄りました。本当に完成させる事ができるのか、もはや半信半疑の中で建築中の自宅を見回しながらふと裏山の方に行くと最初気づかなかったのですが、測量業者が通った部分に獣道見たいな感じで草木雑木が薄い通りがありました。気になって見てみると小さな狐の依代のかたわれがありました。気になって少し落葉と汚れを手で払い、依代を拭いて中に戻しました。その話を奥さんにも報告しました。

何度か自宅建築現場に立ち寄る際、お詣りをするようになり、徐々に整備し、階段を設置し、小さな鳥居も設置しました。

鳥居を買ってから設置するまでの期間、車に小さな鳥居を乗せたまま少し期間があいてしまい高速道路で不思議な事件があったんですがそれは今回は割愛させて頂きます。

階段を設置してからしばらくし、奥さんもお詣りに行ってくれたようで、僕が探した時に見当たらなかった依代のかたわれを見つけてくれました。すごく不思議な小さな祠です。それから1年後、狐の子供を預かる事になるのでした。

今回はいきさつばかりで長くなってしまったので一回きります