人生最大のピンチは人生の最大のチャンスでした。
病むに病んでいたその当時、すべて捨てて蒸発するか、死んでしまった方が楽ではないかと悩む日々が続き、逃げられない葛藤、複雑な思いが精神を蝕みました。
しかし、建てかけの自宅、5人の子供と妻、これらを矢面に立たせる訳にはいかない、そして従業員の方達を見捨てる訳にもいかない。
プライドや体裁は地に堕ちた中でもその気持ちを捨てきる事は出来なかったんです。僕は裏山のお稲荷さんや神様仏様に祈りました。そしてお墓参りに辿り着きました。
毎日が長く重く、しかし気がつけば15時を過ぎている、そんな毎日が続きました。考え方もかわり始め、高級品や今まで築いた資産や人間関係の整理が始まりました。
わかりやすく手のひら返したかのように身近な人でも去っていく人もいたなかでとても暖かく支えて下さった方達もたくさんいました。苦しくも僕はそんな方達の優しさに触れる事でさらに愚かな自分を見直す機会を得られたのでした。
最も困り果てた時の祈りはこれでした。
「もしも僕がこの家族とこのまま人生を共にできてまだこの会社の社長で居続ける事が出来るのならば僕の才能や命は使命として僕の能力を必要としてくれる人々の為に惜しみなく尽力します。」こう祈りました。
そして、これが条件だったみたいです。誓いという事の重みを知り、神様との約束を結んだ僕はここから思いもよらない奇跡というの体験する事になりました。
必要な知識や教養は得てして必然的なタイミングでヒントをもらえる様です。啓発本とビジネス書を読んでいる中でナポレオンヒルと出会い、ナポレオンヒルの中の「悪魔を出し抜け」に出会います。
その次に出くわしたのが「金鉱まで残り3フィート」という本に出会い、大分助けられました。いろんな本を読みました。付箋やチェック、必要なワードを書き出した手帳は地獄の底から拾い出したパワーワードがびっしり書き出してあります。
そうしてリレーしていくうちに聖書に出会うのでした。聖書の中にマタイ20-25-28
「仕える者に」
貴方達の中で大いなる者になりたいと思う者は貴方達に仕える者になるだろう。また、貴方達の中で筆頭となりたいと思う者は万人の奴隷になるだろうと記されていました。
特にこの一節には思い知らされました。こうして聖書に興味を惹かれ、より理解を深める為に先生を探している所、以前から生命保険を担当していてくれた込山さんにある日、中村文昭さんの御縁紡ぎ大学のプレ講演に誘われました。込山さんにも本当に助けられました。生命保険の支払い残高を払い戻しできる保険に入っていたのです。
困り果てていた時の200万の払い戻しは非常にありがたい限りでした。
そうしてそのプレ講演の時に出会した、OGATAさんに尾道でのアシュレイの公開に誘われる事になります。
尾道がどこかも知らず安易に行く約束をしてしまい、込山さんも上演前に少し小講演がありましたのでその応援も兼ねて伺いました。埼玉から尾道日帰りツアーです。当日、埼玉を出発する前に、込山さんに連絡した所、昼に着くならランチでもとの事でした。現地に着いた僕は込山さんにすぐに連絡しました。そしたら打ち合わせがあるから先に会場行っててとの事でした。なんだと思っていたのですが気を取り直しせっかくなので1人で尾道ラーメン屋を探してウロウロしていました。数軒あるラーメン屋の中で、たまたま入ったラーメン屋に赤塚高仁先生と宮川監督、込山さんがいたのでした。来る予定ではなかった本家本元に得てして合流する事に。その時は僕はまた赤塚先生の事をよく知りませんでした。
あの日の事は今でもはっきり覚えてます。店に入るなり込山さんは目を丸くして驚いていました。
赤塚先生が僕の事を込山さんに知り合いかと尋ねられ、込山さんが後輩みたいな者だと答えるや否や赤塚先生は僕にこっちにおいで、隣に座りなと言うのでした。言われるがまま隣に座らせてもらい、赤塚先生は「同じのでいいのか?」と僕に言われました。僕は基本的には何でもいいのではいと答えて初対面のよく知らないおじさんとラーメンを食べる事になりました。話を聞いてるととても不思議な感覚でした。変わったおじさんだなと不思議なおじさんだなと、僕の直感がビシバシ語りかけてきました。そして赤塚先生にラーメンを奢ってもらい会場に向かい歩きながら宮川監督にプリンを奢ってもらい、会場に行くのでした。
会場に着いたら開演までまだ1時間以上ありました。赤塚先生と込山さんは会場で爆睡してました。
僕は会場でウロウロしててそこで東京聖書塾に出会うのでした。誰かも分からない人にチラシを貰いました。金額もそれなりでしたが、気持ちは決まっていました。あの人にな ら教わっていいかなと。教わってみたいなと。
アシュレイを見終わった後、帰り際に赤塚先生に「ラーメンごちそう様でした、ありがとうございました」って言ったら先生は「過ぎた事や、気にすんな」って言いました。
この時食べたラーメンは僕の記憶の中で過去一に印象深く刻み込まれました。
それが赤塚先生との初めての出会いでした。
得てして、あの時僕が苦境に立たされ諦めていたら。反省と学ぶ道に進まなかったら、日常の普通が普通ではないと言う事に気が付かなかったと思います。
なのでピンチはチャンス。逆転の発想なのではないかとしみじみ思います。