補聴器がキーンとハウリングしている。
先に外しておけば良かったと、両耳の補聴器を一度外してからまた着けた。
悲鳴とも叫びとも取れる女性の声が聞こえてきた。
その声を発しているのは、自分の妻だ。子供の声を呼んでいるのだが、叫びと混じってしまい、もはや聞き取れない。
今目の前で爆発した自分の車に走り出そうとしているが、周りの人々に止められている。
炎に包まれている車は、いつまた爆発してもおかしくないし、まずある程度離れていてもここまで熱を感じているのに、車までたどり着けるわけもない。
自分はと言うと、特に助けを求めようとも思わないし、動揺もしていない。しかし演技でもそのようなフリをしなければ、確実に怪しまれてしまう。
妻の更に先へと走り出そうとするが、やはり周りの人々に力ずくで止められた。
間もなく、緊急車両が到着し、消火活動と共に野次馬たちを近付けないよう規制線が張られた。自分達もその外へと出される。
妻が隣で泣き崩れている。
一応の慰めの言葉を掛けてはいるが、誰がどう見ても、あの車の中にいた子供は助からないだろう。いや、助からない。それは自分が良くわかっている。
三歳になる男の子だった。
利発で人懐っこく、誰からも好かれていた。そんな息子を自分も溺愛していたのだが…試してみたくなってしまった。
最近、自宅周辺で猫が何者かによって爆死させられるという事件が多発している。
その犯人探しは、難航しているという。その理由として、爆発物の正体が全くわからないことが取り沙汰されていた。かなり発達した日本警察の科学技術をもってしても、見当がつかないという。
なぜなら、火薬などが一切検出できないという状況に陥っているからだ。
それはそうだろう、と、ニュースを見ながらいつも心の中でほくそ笑んでいた。
犯人である自分は、理由を全て知っているのだから致し方ない。
今度は、人命が奪われた。警察はどう動くのだろうか。
妻に寄り添いながらそんなことを考えていると、頭上から声を掛けられた。
「あのお車の所有者は、あなたですか?」
見上げると、白髪が少し目立ち始めた男が立っている。
見慣れた顔だ。
胸ポケットから警察手帳を取り出し、開いて見せる。
猫の爆死事件の時、聞き込みをしていた刑事だった。
一目見て警察とわかる眼力と、昔から何かスポーツや武道をしていたであろうガッシリとした体つきをしている。
「はい…」
憔悴したようなふりをして、立ち上がる。
173センチほどの自分よりも若干背が高い。
爆発した車を見ると、現場検証が始まっている。
「こちらへ来ていただけますか?」
規制線のテープを持ち上げる。
座り込んでいる妻を立たせると、潜り抜けて支えるように歩き始めた。
ちょうど、近くに公園がある。木陰に設置されているベンチに、妻を座らせた。
自分の家で話しても良かったのだが、爆風で窓ガラスが割れてしまっていて、片付けなければいけない。
面倒臭いので、出た先で実行しても良かったのだが、周辺で似たような事件が起こっている方が、一連の犯行として見てもらえる。実際に一連の犯行ではあるが、まさか自分の家族を巻き込むとは思うまい。
刑事を見ると、あなたもどうぞと勧められ腰掛けた。
「今、どのような状況かをお話しします。車は鎮火して安全が確認されました。後部座席にお子さまがいらっしゃったとのことですが…」
その言葉に、妻が涙目で刑事を見上げた。
「…人体の一部と思われるものが見つかりました。これから鑑識が詳しく調べていきます」
「一部…? 一部ってどういうことですか?」
言葉を失ったまま、ただただ涙を流している妻に代わり口を開く。
「私からは、まだ何とも…」
「原因は…何なんですか? 爆発の…。車ですか? それとも…この公園で猫が爆発されたのと同じよう…」
「それも、今現在全くわかりません。これから捜査していきます。落ち着かれましたら、お話を聞かせてください」
妻がまた、声を上げて泣き始めた。
それが収まるのを、刑事はただジッと待っていた。