日本語は面白い・・・が、難しい? 「ないものはない」という分は 二通りに解釈できる、無いものはない・・・すべてのものがある、という意味。

これは実際はあり得ない。

もう一つは 無いものは無い  至極当たり前の  無いんだから、最初からない という意味。ほんとに 解釈によってどうにもとれる、誤解されやすい言葉。 よくディスカウントショップ なんかの売り文句にありますが、さて どっちの意味だろうか? 本来は 後述の意味だろうが、はったりの意味もあり 品数豊富のイメージの 前述の意味を訴えたいのだろうが・・・

 

また最近は 「名詞」に「る」をつけて 動詞のように使う言葉 たとえば 「こくる」 告白するという意味だとは分かるが 

 

 そんなんで  いいのかなぁ?

ただ いままで時代と共に変化してきた日本語も多々ある。 仕方ないのか・・・最初は 違和感があっても 大勢が使ううちに市民権を得る。

「私的」なんていう言葉も 昭和の時代には 「私」+「的」という言葉は誰も使っていなかった。

 そんなんで  いいのかなぁ?

原宿駅が オリンピックでの利便性からあっさり建替えられようとしています。あの雰囲気ある駅舎がなくなる、東京駅は 元通りのデザインに改修したのになぜ・・・・・いちど壊されればもうこの世から消え去ってしまう。日本人の文化への考え方をみんなが考える時が来ているのだろう。なんでもスクラップアンドビルドの考え方でいいのだろうか? もちろんここ最近では 古い蔵を改修してカフェなどにしたりとかありますが、これも一時の 流行的な側面もあるように思える。もちろんいろんな考えの人がいるから 大切に保存と心から考えている方もおおぜいいるでしょう。ただ、こういう公益文化となると、自治体の考え方や政治の考えでどうにでも変わっていく。
そこで、これからの日本を考えるうえで 学校教育の場から できれば 小学校から 教科として「文化」という答えのない考える教科をつくり その国の文化を子供のころから考えてゆく接していくという教科が必要なのではないかとつくづく思っている今日この頃です。

また、最近の安倍の 「一億総活躍」などというある意味美しいような言葉が気になっています。

「一億総活躍」??戦中の「一億総火の玉」と同じ方向に向かおうと思えてならない。みんなが同じ方向を向かねばならない社会ほど息苦しいものはない。

だから私は「空気読め」という言葉は 大嫌いです。
プロ野球の応援にしたってそれを感じてしまう。あの場にいると無理やり応援させられるような気がして・・・

最近の調査で若者たちの規範意識がどんどん高くなっているらしい。もちろんそれは悪いことではないが、それを教えると同時に子供たちに教えなければならないことは、「主権在民」法律は守らねばならないが、それをつくれるのもわれわれ国民である事を、今までわが子供たちは、見るからに教わってこなかったのだろう。そこがここ数十年の教育のまちがっていたところ
おおぜいの ボランティアの協力で仕上げた この「田んぼアート」コンピュータで書き上げた、座標点 の図面もあったけど、これを 現場に 位置だしも大変な事だろうけど・・・ほんとに素晴らしい、数年前からの このアート年々 デザインも進化している写真もあったけど、一度は 見学する価値のある風景です。

年々進化する 小学校の組体操は いいとは思わないけど、これは、これからどんなふうに 進化するのか楽しみです。ギネスは、当然のものですね。平成22年の田んぼアート
2015の田んぼアート
田んぼアートの稲の種別