健康とは、どうしても健康体のときは意識が向きづらいものである。


最近季節の変わり目で、天候も不安定で体調を崩している人も多いだろう。


病気になったときこそ、はやく治ればいい、健康にいち早く身体を整えたくなるのは言うまでもない。



体が傷んだり、病に蝕まれて初めて、体の劣化、または衰弱を感じ、普段の健康を望むのは誰とて同じである。


病気にかかる前になるべく病気にかからないようにしていければ、健康の維持になると思う。


それを予防と言うが、それがまた難しい。


いや、正確に言うと難しい問題である。


親からもらった身体に先天的な個体差があるものの、全くそれと別に、外的要因からのダメージをなるべく軽減することが大切だと思う。


それはだれでも容易にできることではないので、難しい問題である。



私の考えでは要するに、健康の意識=外的要因からのダメージ軽減


ということになる。



ストレスを感じ、細胞、身体機能が劣化し、免疫力低下し、病気になる、これも外的要因からのダメージの一例である。


現状私達が一番にしないといけないことは


『知る』


ということである。


様々な風邪など、病の経験豊かな私達であるが、なぜ風邪をひくのか、なぜ熱がでるのか、なぜ鼻血がでるのか、あまり気にもとめないだろう。


簡潔に言うと、


必要であるから。


よく風邪をひく人は、身体の機能が低下し、免疫力も低下し、空気中などにあった風邪の菌を体内で撃滅できないからであり、それはある意味風邪をひくことが必要であるからである。


なぜかと言うと、


ストレス、身体の疲労、など健康の時にはない状況下でそのひとはそのときを過ごしている時は、当然身体の免疫力、抗菌力も当然衰えていて、風邪などの病気の状態に陥ってしまう。

すなわち病気は身体への危険信号でもあることを物語っている。


危険信号を認知し、しっかり休養することで免疫力、体力の回復を図り、また健康体へのリセットをする。


つまり、休養をとれる状況になることでしっかり病気もろとも、身体の回復をするということ。


風邪の熱も滅菌作用、血圧を上げるなど、鼻血も滞った汚い血の除去など必要な出来事である。


よく風邪をひく人はなぜそうなのか、わけがある。


普段の生活のくせだったり、睡眠のリズム、食べ物など要因はさまざま。


まず身体に良いことを知る必要がある。


まちがったものが溢れてるこの時代だからこそ。


本物を追い求めることが必要である。


知った後は、探すことになるでしょう。


この世には普通を越えたあっと驚くものも数多くある。


それは物だったり、ものでなかったり。


そんなものを捜し求めて活きていくと楽しい!


それは常識という田舎から出ることが大切であると思う。







ただ、つぶやくだけのぶろぐ。



みんな、個性があるが、せっかくの個性、特性をなるべく他人に近づけようと必死なところがあると思う。


まあそれはそれで、コミュニケーションのとりやすさや、協調性を促すものではあるが、面白みに欠けるかな。。










-歴史がとどこおった時、個性豊な人物が必ず革命をおこす-



そう考えると、必ずしも多数派が正しいとも限らない。


表があれば裏があるようにどちらの側面も存在価値があると思う。



実際いろんな歴史の中で、常に極悪独裁者の対としてすばらしい英雄がいて、この世の均衡がたもたれている。


彼らは両者とも、ある意味ずば抜けて変人であり、また信念を貫き通す強靭な心がある。


その思いが強いほうが歴史となり、いいも悪いも英雄となる。


しかし、少数派の方は多くの体制から煙たがられて、彼らからしたら理不尽なダメージを負わなければならない。


人間は、必要欲以上の悪欲が芽生えると周りの均衡は崩れさり、それは次第に広がり、瞬く間に広がっていく。


何かを得るには何かを犠牲にしなければならない、自分を犠牲にするのが努力や、無償愛なら、他人を犠牲にすることが


独裁だったりと思う。


他人を犠牲にしている人がトップに立つとそれがそこの常識となり、もう弱いものは従わなければならない。


この地球上で自分の居場所を確保するために各国の存在は必要だと思う。


それは、人間は他人の力を借りないと生きていけないから。。。


もっとも自分の国、人間自体が他人、他の何かを犠牲にせずに生活は不可能である。


それは人間の歴史自体、奪い合って築かれたものなのだから。


だが、国規模、地球規模で今人間は何かを変えようとしてる時期なのかもしれない。


ある国はたった一人の人間が未だに多くを奪って成り立っている。


ある国はずっと昔から文明に乗っからず、なるべく地球にやさしくしている。


なにをしたらいいか答えは解ってる。


食べたりする必要欲以上の悪欲を絶ち、他人、他の存在を犠牲にするのをやめればいい。


それは断言できる。


地球上のある数が60億だとしたら、1人が1億も欲して人から奪ったら、その数だけ足りなくなるのは解りきった事である。



なるべく、奪わない生活を心がけているが、うまく行かない時もある。


そんな時は普段から楽しくしていれば、あまりひどい事態に派陥らない気がする。


楽しくってことすらもネガティブにとらえられてしまう人もいるが、その人は楽しみ方を知らないので、教えてあげれば言いと思う。直ぐ怒る人も同じ。


楽しむために、仕事をする、音楽を聴く、ゲームをする、映画を観る、旅をする、漫画を見る、本をみる、買い物をする、恋


愛をする。などなど、好きなことをすればいいと思う。


まず、個人の趣味など大抵が他人に理解などされないのだから。それも個性かな。


まあでも、趣味を楽しく続けてればフィーリングの合う人との出会いがある。


自分を見失ってしまう人が大勢いるこの時代で、


楽しむことが出来ることに感謝。