自分の記事に、お金をつけるほどの価値があるのか。
noteの有料化を考えていると、そんなところで手が止まります。
自分で書いた文章だからこそ、自分で判断しようとしてしまうんですよね。



でも、自分にとっての価値と、誰かにとっての価値は違います。
僕には大したことがない文章でも、誰かには今読みたい言葉かもしれません。
その価値を、書いた本人が先回りして決めなくてもいいと思うんです。

僕のnoteには、1000本を超える記事があります。
昔の記事は少しずつ埋もれていますが、今とまったく違うことを書いているわけではありません。
「この頃から同じことを考えていたんだな」と、自分でも驚くことがあります。

だから、新しい有料記事を無理に量産するのではなく、過去の記事を呼び起こしてみる。
大きくリライトせず、「この頃、こんな記事を書いていました」と一言添える。
そして、時間が経ってから小さく金額をつけてみる方法を考えています。

新しい記事は、まず無料で届けます。
読者に読んでもらい、検索や外部から見つけてもらう時間を作る。
そのあとで、眠っていた過去記事をもう一度、読者の前へ置いてみます。

金額をつけると、離れていく人もいると思います。
無料で読みたい人が離れ、有料でも読みたい人や、応援したい人が残る。
それは不思議なことではなく、それぞれが読み方を選んだだけです。

全部の記事を一気に変える必要もありません。
一日一本と決める必要もなく、まずは過去の記事を一本選ぶだけでいい。
新しく増やすのではなく、すでに積み重ねた文章を見直すための行動です。

まとめ

記事の価値は、書いた本人だけで決めるものではありません。
自分では大したことがないと思う文章も、誰かには必要かもしれない。
眠っている記事を一本だけ、もう一度読者の前へ置いてみてもいいと思います。