犯罪の低年齢化には恐ろしいものを感じる。
少年法の撤廃を検討しても良い時期なのではないかと思う。
あまりにも酷い、凄惨な事件が横行し過ぎている。
以前から少年、少女が犯罪を犯すと議論されてきたはずだが一向に撤廃或いは年齢を下げる(例えば15歳から適応しない)といった措置が取られていないことは残念に思うと同時に憤慨すら覚える。
犯罪を犯したものには何らかの社会的制裁が加えられて然るべきだと私は常々思っているし、名前(犯罪者の通名報道にも納得がいかない)と顔の公表は必須事項であろう。
少年法の早期見直しを熱望する。
18歳選挙権何かより先にやることがあるだろう…。
本、雑誌、DVD、CD等々物量が結構な数あるので書架或は書棚が欲しいと思う今日この頃です。
金銭的に厳しいですが。
上手く収納して現在何を所持しているのかきちんと把握しておきたい。
何が何やら…。
日本語は世界的にも類稀な言語であると私は思っている。
近年その壮麗且つ豪奢な言語が益々崩れてきていることは残念でならない。
華飾された表現というのは鳴りを潜め、醜悪な言葉が使用されていて辟易する。
いつからこのようになってしまったのか。
読書記①に書いたが、ここ半年前から松本清張の著作を全て読んでやろうと思って取り組んでいる。
どのくらい時間がかかるか見当もつかないが…。

ところで私の松本清張作品との出会いは記憶がやや曖昧になっているが、『点と線』であったであろう。
彼の作品は何度も映画やドラマ化されているし、当然当時の私も名は知っていたがまだ手付かずであった。
いつ頃読んだかに関しては、恐らく大学に入ってからだったと思う。
彼及び彼の作品には何だか高尚なイメージあって手を付けづらかった。
それまでもミステリー小説は読んでいた(綾辻行人や宮部みゆきなど現代作家ばかりだった)が、当時の私は松本清張は疎か横溝正史も読んだことがなかった(江戸川乱歩は少年探偵団シリーズを小学校の時に学校の図書館で読んだ記憶があるが)。
大学に入ってからであろうから5年程前だろうか。
正直『点と線』を読んでも「うん?」と思って読み終えていた。
最後まで解決されていない問題があったように回想する。
具体的なことを思い出したいので一通り彼の作品を読み終えたらまた今作を読んでみたいと思う。
どうも疑問点が拭えていない。

『点と線』を読んで文章は好きでトリックもなかなか興味深かったがただ疑問点が拭えなかった。
私には合わないのだろうかと思いながら、短編ならどうだろうと考えた。
そこで短編集『張り込み』と『共犯者』を読んだ。
これらが非常に面白い。
もっと読みたいと当時は思っていたであろう。
だがしかしそこから私は数年間松本清張の作品とは離れることとなる。
私はここ3年程、長編小説2作品(この約半年間は2作品のうち1作品は松本清張の著書の場合が多い)を柱にして、その長編の息抜き或いは箸休め的な感覚で短編小説、エッセイ集、新書、ムックなどの中から1~2作品と洋書1作品を併用して読むというスタイルで読書活動を行っている。
その他にもほぼ毎日のように日本経済新聞にも目を通すことにしているため日々活字には何かしら触れていると思う。

先日、有吉佐和子『出雲の阿国(上巻)』、松本清張『ゼロの焦点』を読み終えたため現在柱となりうる長編小説がないため今晩本屋に行って『出雲の阿国(下巻)』と松本清張の『彩り河(上下巻)』を購入しようか検討している。



今読んでいるもの

・丸谷才一『星のあひびき』
・『柴田錬三郎全集16 中期短編集』
・Isaac Asimov『Isaac Asimov's Guide to Earth and Space』
最近家にいるときは読書ばかりしていたので映画鑑賞から遠ざかってしまっていましたが今日約1ヶ月ぶりに映画を見ました。



『ストレイト・ストーリー』(The Straight Story) 1999年作

監督のデヴィッド・リンチは私が好きな監督の一人だが、これは彼の作品には珍しくハードな描写や性描写が一切出てこない万人の鑑賞に堪えうるものとなっている。

ロードムービーというのも彼の他作品と比べると意外だ。

リチャード・ファンズワースの老いた演技が見るものを引きつけている。
彼の役者としての歴は長くデビュー当初からしばらくは西部劇でスタントマンとして活動していたそうだ。
また彼は今作での演技によりアカデミー賞主演男優賞にノミネートされている。

そのアカデミー賞の常連であり1度主演賞を受賞しているシシー・スペイセクもさすがの演技を見せている。

私の好きな『ブルーベルベット』よりも物足りなさを感じたので★★★とさせて頂く。

毛色の違う『ブルーベルベット』と比較するのもどうかとは思うが。
日本(人間社会とでもいおうか)では共同体というものが生まれながらにして存在する。その共同体からあぶれてしまったものはさも落伍者であるかのように扱われ生きて行かねばならない。学校に始まり、会社という名の組織、共同体である。学校では退学、会社では退社、退職、リストラなどが起こる或いは行うと忽ち落伍者の烙印を押されてしまう。高校若しくは大学を卒業してそのまま就職するというのが定められたレールなのである。そのレールから脱線してしまうと苦しい立場に追い込まれる。そういった意味では私は脱線し、地表が割れ、奈落の底に落ちる寸前のところで木にしがみついて辛うじて助かっているといえるのかも知れない。これからの人生これくらいの困難では済まないのであろうと考えると恐ろしくなる。
近年益々学校での英語学習開始年齢が引き下げられてきている。日本語、英語共に現在自習している者(私)にとっては複雑だ。半ば強制的にそんなに早くから英語を学ばせる必要があるのだろうか。日本人であるのだからもっと日本語教育に時間を割く方が良いと思うのだが。果たして正しい日本語を良識を持って教えることが出来る教師が各々の学校にどれだけいることやら。
仕事をする上で定時という所謂決まりがある。私はそれについて以前から疑問に思っている。
そこでまず定時の意味について調べてみた。

1 一定の時刻。定刻。
2 一定の時期。定期。

とある。

なるほど文字どおりの意味だな。
それはわかった。まあよかろう。

よく就職や転職サイトで見かける『残業月20~30時間程度』という謳い文句。
うん?どういうことだ?
最初から残業が月にこれだけあるということがわかっているということか?
それだったら定時というのを設ける必要がないように思う。

如何にも矛盾しているように感じるのは私だけだろうか。
数節ぶりにイングリッシュプレミアリーグの試合を見ました。

プレミアリーグのチームではリヴァプールが好きですが最近はリヴァプールの試合よりもトッテナムの試合をよく見ている気がします。



試合結果ですが、2対1でトッテナムの勝利に終わりました。短絡的な感想にはなりますが、スピーディーな展開もあったりで見ていてなかなか面白かったです。



トッテナムに現れたハリー・ケイン。今シーズンFAカップを除くコンペティションでゴールを量産するこの新星が次代のイングランド代表を牽引する存在になるか注目したいですね。

ちなみにこの試合でも同点弾と逆転勝ち越し弾の2得点をあげました。