インド映画噺

インド映画噺

主に映画の、主にインド映画の、あとその他の小咄を一席。
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インド映画夜話
http://yuurismo.iza-yoi.net/hobby/bolly/bolly.html

Angalo Yo Maya Ko (愛と許しを胸に)  2011年 143分
主演 プラシャント・タマン(歌も兼任) & ハルシュカー・シュレスタ
監督/脚本 ヴィノード・セレン
"神様も、私のことなど忘れてしまったのよ"

 

 

 ある男が、警察と共に墓参りに現れた。
 警察官が「なぜ毎年、このお墓に花を供えにくるのですか?」と男に聞くと、男は個人的な事と断ってから語り出す…「このお墓には、私の目を開かせて真実を見せてくれた人物が眠っているのです…」
***************

 インドのシッキム州都ガントクに住むシュラッダーは、高校を首席卒業して地元のシッキム・マニパル工科大学に入学する。
 その大学には、乱暴者として有名なアカーシュが通っていて、シュラッダーの入学直後もいきなり暴力事件を起こしてくるのだった。
「やめなさい! 貴方は喧嘩するために大学に来たの? 貴方のご両親が、どれほどの期待を込めて大学に貴方を通わせているか、考えたことがないの!?」
 シュラッダーに制止されたアカーシュには、自分の生い立ちを振り返らされる彼女の言葉が突き刺さり、何も言い返さぬままにその場を去ってからは、親友であるジャスミンの言葉すら届かなくなっていく…。

 そんなある日、いつも同級生たちの溜まり場になっている大学構内の軽食堂の店長との世間話で、店長の娘が事故で視覚障害者になっていて、その手術代も捻出できないと嘆いていることを知ったシュラッダーは、大学内でのチャリティコンサートを企画してその手術代を集めようとする。
 そのイベント当日。真っ先に多額の募金をしようとした実業家スーリヤ・プラタープを前に、突如アカーシュが出て来て「慈善家気取り」だとスーリヤを罵り始めてしまい、教授やシュラッダーが割って入る事態に。
「貴方のご両親に同情してしまうわ。…こんなくだらない品性の持ち主を息子と呼ばなければならないんだから。なんて可哀想」
「その通りだ。俺の両親は不幸な奴らだ。その不幸な父親が……ここにいるスーリヤ・プラタープなんだからな!」


主な登場人物 ()内は役者名
ラン・バドゥール (プレーム・スッバ) シュラッダーの父親。本編の語り手。
警察官 ラン・バドゥールの墓参りに付き従って来た警官。

ダネイ シュラッダーの家の使用人。音的には「ダーニー」とも聞こえる。家畜や畑仕事ばかりの人生に飽き飽きしている。シュラッダーの兄貴分でありまた弟分的な存在。
シュラッダー (ハルシュカー・シュレスタ) 本作主人公。高校主席で大学入学。子供達への教育の大事さに注目して、近所の子供達のための簡易的な塾を自宅で開いている。夢はキャビンアテンダントになる事。
シャシー シュラッダーの母親。
サニー 大学の軽食堂の小間使い。
軽食堂の親父 大学構内の軽食堂の店主。成長した息子に軽食堂店主である事を軽んじられ、娘は事故で視覚障害者になってしまって手術代を欲している。
ハリ 大学のシュラッダーの友達。
アカーシュ (プラシャント・タマン) 富裕層の家で育った大学生。本作のもう1人の主人公。乱暴者として有名で、何度も大学構内で暴力事件を起こしている。名前は「アカース」とも聞こえる。
ウッジャル 大学の新入生。入学したその日にアカーシュに目をつけられ喧嘩になる。夢は世界を飛び回る歌手になる事。
ジャスミン (ビジャヤター・バライリー?) アカーシュの友達の大学生。アカーシュと共に麻薬常習者。
アディティ シュラッダーが放課後に面倒を見ている生徒の1人。成績優秀ながら片足が不自由なため、安価なシュラッダーの教室以外に学校に通えていない。
キリスト教徒の女性 シュラッダーの家にキリスト教への改宗を進めに来た女性たち。
アカーシュの養育係 アカーシュの父親に雇われて、亡くなった彼の母に代わり彼の身の回りの世話をしている。その過保護ぶりと父親の不干渉ぶりに嫌気がさしているアカーシュからぞんざいに扱われている。
スーリヤ・プラタープ アカーシュの父親。富裕層で、何不自由ない暮らしをアカーシュにも与えているが、自分で子育てしたことなく、親子関係は冷え切っている。
シュリスティ 大学のシュラッダーの友達。
ナーヴィン 大学のシュラッダーの友達。
ジャスミンの叔父
レーカー 大学の軽食堂店主の娘。事故で視力を失っている。
医者 交通事故で搬送されたアカーシュの治療担当。
アカーシュを搬送した男 アカーシュの交通事故を見て、大怪我したアカーシュを病院まで搬送し、輸血まで願い出た男。キリスト教徒で、アカーシュの様子を見て改宗を提案する。
パンパ シュラッダーの姉。
パンパの夫 酒乱で暴力的。赤ん坊の子供の病気に、占星術師を呼んで祈祷させようと放置していた。
ティカ・プラサード シュラッダーの叔父。シュラッダーを狙う甥っ子の手伝いのため、彼女の父親に色々と吹き込み、シュラッダーの改宗を邪魔しようとする。

 

挿入歌 Fariya Ra Choli

 


ニコニコ タイトルは、ネパール語で「(無条件の)愛を抱きしめて」の意?
 当初、2011年(ビクラム暦2068年)にインドのシッキム州で公開されたネパール映画。その後(2017年?)にネパール国内でも公開されているよう。

 シッキム州都ガントクを舞台に、牧歌的な大学生の悲喜交々を描く青春映画ながら、前半は親子関係の断絶に荒れるアカーシュの悲哀をヒロイン シュラッダー視点で、後半はそんなアカーシュを叱責していたシュラッダーに降りかかる絶望をも並列的に描きながら、人生の浮き沈みのままならなさへの救済としてのキリスト教への献身を直接的に描くところなんかは、インド映画でもあんま見ないお話の展開具合で「へえ」って感じ。

 歴史的にネパール人移民が多く居住し、州の多数派になっているシッキム州は、ネパール語、タマン語、ネワール語などのネパール国内の言語が多数公用語認定されている地域でもある。
 ネパール人にとっても外国に感じない外国みたいな土地ってことなのか、映画は特別にシッキムらしさをアピールすることなく、自然にネパール人たちが生活していろいろに活動している様を見せてくる。ネパール本国と共通する劇中の高山地域の絶景が、実際にシッキムで撮影されたものなのかは分からないけど、前に見たシッキムロケ映画「Kathaa(カーンチャとクマリの物語)」とも共鳴するような美しい風景の数々は、大画面で見ると格別だろうなあ…とは思えてくる。

 やや音がぶつ切りの上にラストが切れているものを見ていたので、詳しく映画の内容をつかんでいる自身はないけれど、まあお話は青春劇の悲喜交々の中で感情をダイレクトに説明してくれるので、分かりやすいとともに説教くささも感じてしまうものにはなっている。
 前半のアカーシュのグレ具合なんか、親に構ってくれサインを出してる甘えん坊にしか見えないので、主人公シュラッダーと同じく「なにをそんな、ふさぎこんでんのか」と言いたくなるのは、家庭崩壊を経験していない「恵まれた側」の意見だろか。
 それを救済してくれるのが聖書との出会いであり、キリスト教の「赦し」によって精神的に安定するアカーシュに促されて、周りの人間もすぐ聖書の影響を受けて真面目君に変化していく正直さがなんとも。シュラッダーたちがネパール社会において、どの辺のどんな少数部族社会と関わりがあるのかいまいち分からない身ながら、特に宗教的・伝統的しがらみを見せない大学生たちの「善良であろう」と言う素朴な姿勢が、シッキムののんびりした牧歌性を見せてくれていて、大学生活では色々と後輩いじめがあるらしいインドの大学より、ネパール人たちの大学の方が過ごしやすそうには見えて来ますわ。そんな中で暴れん坊学生やってるアカーシュの不良っぷりは、素直と言うか朴訥なグレ具合なので、反抗期の中学生っぽいのが可愛らしいと言うか、グレ具合が足りないというか…(いやまあ、同級生としてあんなのがいたら、近づかないで周りと同じく他人のふりしときますけど)。

 そんなアカーシュを演じているのは、1983年インドの西ベンガル州ダージリン県都ダージリンのグルカ系家庭に生まれた、プラシャント・タマン。
 学生時代に警官だった父が事故死してしまい、学校を辞めて父の後を継ぐ形で警察隊に入団して警察楽団で活躍する。特別な音楽教育を受けたわけではないにも関わらず、上司の勧めで2007年のタレント発掘TV番組「Indian Idol 3 (インディアン・アイドル3)」のオーディションに参加(TVショー参加のための休暇申請も問題なく通ったんだとか)すると、そのまま歌手部門で勝ち上がり、一躍世界中のネパール系の人たちの中での有名人になる。その後援を受けて堂々優勝し、ネパール~西ベンガル州…いわゆるグルカランド(ネパールの山岳民族が多く住む地域で、インド独立後に自治州を目指した分離独立運動が盛んだった)…などで多くのファン、支援者、後援者を生み出した(一部で、ラジオDJのグルカ人揶揄発言を巡っての熱狂的ファンによる暴動まで起きている)。
 「Indian Idol 3」優勝後、ファーストアルバム「Dhanyavad(ありがとう)」を発売してワールドツアーを敢行。歌手として映画挿入歌を担当するようになり、歌も担当した2010年のネパール映画「Gorkha Paltan」で主演デビュー。映画の大ヒットによって、映画俳優としても活躍して行くことになる。本作は、その次になる2本目の主演作。
 2026年、ニューデリーの自宅にて心臓麻痺により搬送され、そのまま物故される。享年43歳。

 聖書による救いによって、麻薬ジャンキーだったアカーシュとジャスミンもすぐ品行方正な青年になるし、アカーシュの家庭崩壊も解決して父親と和解しあうのが早すぎだろ、ってツッコミも、ヒロイン シュラッダーの改心による奇跡と頑固な父親との宗教的対立の氷解が一瞬で描かれているタメなし脚本の素直さに無効化されてしまう感じ。最大の障壁となる父親の頑固さを受けた親戚のおじさん連の喧嘩っ早さが、無理やりな悲劇をへとお話を引っ張って行くのも「ネパール映画は、やっぱ悲恋が好きなのねえ」って感じではあるけれど、そもそもお話そのものが冒頭に墓参りに来ている父親が語ることとして描かれてる時点で、結末は自明の理ってやつだったんデスヨネ。ソウデスヨネ。
 プラシャント・タマン主演作としては、デビュー作の前作「Gorkha Paltan」ほどの人気作にはならなかったと言うけれど、シッキム人的にはどんな感じで受け止められたのやら。そっちの反響も気になります!。

 


挿入歌 Mero Jeewan

 


 

 

 

(。・ω・)ノ゙ AYMK を一言で斬る!
「アカーシュの腕に掘られた漢字タトゥー『力』に放射状のフレーム、『概率风◯汉特』はなんの文言なのー!!??(◯部分は、こざと偏に、上にひとがしら、下に豆の口部分がないやつみたいな簡体字)」


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インド映画夜話

 

Najma (ナジマーの宣誓) 1943年 120分(121分とも。カラー修正版は115分)
主演 アショク・クマール & シーターラー(・デヴィ) & ヴィーナ
監督/製作 マハブーブ(・カーン)
"誰にこの、惨めな話を伝えればいいの"
"……誰一人、私の苦痛を分かち合えないと言うのに"

挿入歌 Dua Ya Ghafoor Rahim (主よ、御身は最高の権威なり)

 

 

 今日も、モスクでは老若男女、富める者も病める者も平等に神への救いを祈る。
 孤児院の子供達の祈る姿を見て、その出資者とかかりつけの医者は、お互いにその献身をありがたがるのだが…。

 その医者の息子であるラクノウの医学生ユースフ・カーンは、隣の豪邸に住む美女ナジマーに恋していたが、歌でアプローチする彼をナジマーは適当に無視している。
 20年前、ラクノウに移住してきたカーン家はずっと隣に住むナワーブ(太守。ムガル時代の地方長官の称号。のちに藩王や富豪と同義で使われる呼称)の庇護のもとにあって大事にされて来た。そのナワーブ・ナッバンクの娘ナジマーはユースフに言い寄られてまんざらでもない様子だったが、素直に受け入れることをせず、彼女の恋心は使用人ティラクが知るのみ。
 それでも2人は幸せな交流を続けていたのだが、ある日、ユースフの父親が病気で寝込んでしまい、その原因が「10年前に取り決めた許嫁ラズィヤーとの結婚を、今更ユースフが拒否してきた」からだと知ったナワーブは怒り出し、「親が選んだ相手、同じ血族との結婚を拒否するなんて、なんて恥知らずなんだ」と家の中でもユースフの態度を批難し始める。それを影で聞いていたナジマーは……

 

 

挿入歌 Fasle Bahar Gaaye Jaa (春です。歌い続けましょう)

*お互いの父親のため、2人の恋は終わりにしようとユースフに許嫁との結婚を進めたナジマーは、彼の結婚式の日、歌い踊って式を祝福する踊り子と晴れ渡る春の空を前に、自身の押し殺した嘆きを歌に託して吐露していく…。
 歌詞にある「春」「歌」という歓喜を伴う単語が、全くの対極の意味で響く皮肉的な挿入歌。

 


ニコニコ タイトルはヒロインの名前。アラビア語(またはスワヒリ語起源とも)で「星」を意味する女性名。

 名匠マハブーブ・カーン監督の、自身のプロダクション第1号作品となった英領インド時代のウルドゥー語(ジャンムー・カシミール連邦直轄領、ラダック連邦直轄領、アーンドラ・プラデーシュ州、ビハール州、デリー首都圏の公用語。主にイスラーム教徒の間で使われる言語。パキスタンの国語でもある)映画。
 その大ヒットによって、以後のイスラーム社会を描く劇映画の定型を作ったと言われる1作。

 古式ゆかしいイスラームの伝統が息づくラクノウを舞台に、若い男女の淡く暴走する恋心と、お互いの家の伝統的価値観の衝突を描く直球恋愛映画。
 根本的には悲恋劇ではあるものの、「若者の自由恋愛」と「各家庭の伝統的価値観」との対立において「伝統的価値観」の方に同情を寄せる映画で、その方が最終的には幸福であると断じているところなんかは、イスラーム映画ではないけれどのちの「ミモラ(Hum Dil De Chuke Sanam)」にも通じるインド式恋愛劇構造なお話。その意味では、イスラーム社会を描く映画だけでなく、のちのインド映画における恋愛劇全般への影響も色濃い映画になってる…んじゃないかなあ…どうかなあ。

 当時最高出演料契約だったと言う主人公ユースフ役のアショク・クマールの、恋に取り憑かれる青年像も「デーヴダース(Devdas)」的なインド的恋愛劇における美学が素直に反映されている感じだけど、そんな主人公を映画冒頭では本心を隠してわざと袖にしてからかい、中盤以降は両家の父親の顔と伝統を立てるためにやはり本心を隠して別人と結婚するヒロイン ナジマーの常に「感情を隠す」事を美徳とする奥ゆかしさの美学もいじらしい。

 そのタイトルロール ナジマーを演じたのは、1926年英領インドのバローチスターン州クエッタ(現パキスタンのバローチスターン州都)生まれのヴィーナ(生誕名タジョール・スルターナー)。
 家族でラホール(現パキスタンのパンジャーブ州都)に移住後、1939年のヒンディー語(インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある)映画「Swastik」に端役出演後、1941年の「Kasauti」に"マンジューラー"名義で出演。翌42年のウルドゥー語映画「Garib」、パンジャーブ語(日本語表記ではパンジャービー語とも。北西インド パンジャーブ州の公用語。パキスタンでも最大の言語人口を持つ言語で、シーク教聖典で使われている言語)映画「Gawandhi」で"ヴィーナ・クマーリー"名義で主役級デビューする。以降、ウルドゥー語、ヒンディー語映画界で活躍。1947年の印パ分離独立後もインドにとどまって80年代初頭まで70本以上の映画に出演していく(分離独立の年に男優アル・ナーシルと結婚したのち2人の子供を出産しているけれど、1957年に離婚)。
 1988年のウルドゥー語映画「Razia Sultan(女帝ラズィーヤ・スルターン)」をもって女優引退。引退後に公開の遅れた出演作が数本公開されている。
 長い闘病生活の中、2004年にムンバイにて病没。享年78歳。

 セカンドヒロイン的な出番ながらクレジットはヒロイン ヴィーナよりも前に置かれているのが、ユースフの妻ラズィヤー役のシーターラー・デヴィ(生誕名ダーンラクシュミー。高校の文化イベントでダンサー兼振付師をまかされた時に、シーターラーと言う芸名を使い出したとか)。
 1920年英領インドの首府ベンガル州カルカッタ(現西ベンガル州都コルカタ)生まれで、父親はベナレス出身のヴィシュヌ派サンスクリット学者兼古典舞踊家のスクデーヴ・マハラージ。母マツヤ・クマーリーの一族は芸能家系の出身で、自身とその姉弟(そのうちの1人である姉タラは、著名なカタックダンサー ゴーピ・クリシュナンの母親になる)も両親設立の舞踏学校で、様々な古典舞踊を叩き込まれたと言う。
 慣習通り8才で見合い結婚させられるところを頑なに拒否して進学。10才頃から父親の友人経営の映画館にて、幕間の15分間を埋めるソロダンサーとして舞台に立っていて、学業よりもダンス特訓を優先するようになる。11才時に家族でボンベイ(現マハーラーシュトラ州都ムンバイ)に移住。アティヤ・ベーガム宮殿にて詩聖タゴールや詩人兼独立運動家サロージニー・ナイドゥーなどの著名人を前にカタック公演を行い、タゴールに賞賛されてタタ宮殿での特別公演も開催している。
 12才頃、映画監督兼振付師のニーランジャン・シャルマーからのオファーを受けて映画のダンサー出演を始め、1934年のヒンディー語映画「Shaher Ka Jadoo」などに出演。30年代中頃から50年代にかけてダンサー兼女優として活躍するも、女優業がダンス特訓の妨げになるとして、57年の「Mother India」「Arpan」「Anjali」をもって女優業を辞めてしまう(その後、69年の「Paisa Ya Pyar」にノンクレジット出演。74年の「Badi Maa」に出演しているらしい?)。
 1969年にサンギート・ナタック・アカデミー賞を授与された他、数々の芸術賞を贈られているものの、1973年に国からパドマ・シュリー(インドの一般国民に与えられる第4等国家栄典)を贈られた時には「名誉ではなく侮辱である」と拒否して、「バーラト・ラトナ(インドの一般国民に与えられる最高位国家栄典。2010年まで、芸術、文学、科学、社会奉仕の成果を評する栄典であった)より劣る栄典は受け取りたくない」と公言していた。
 後年、父親と共にカタカリをはじめとした伝統舞踊研究書を編纂。カタック指導者として、数々の映画スターの特訓も勤めていた。
 2014年、長年の闘病生活の末ムンバイにて病没。享年94歳。

 やはり印象的なのは、前半の2人の恋物語が終止符を打たれて望まない結婚を強いられる中盤以降の物語。
 医者の子供は医者の子供と、ナワーブの子供はナワーブの子供と結婚することで家督が守られる(社会保障制度が機能していない状態では、同程度の経済規模と同じ生活慣習を守る家同士で結びつかないと、すぐに生活基盤が崩壊しかねないと言う防衛のための自衛意識?)とする両家の父親たちの意を汲んで、ユースフを振るヒロイン ナジマーの悲しみもそこそこに、2人それぞれに愛情のない夫婦生活を強要されながら、「ナジマーと違って学のない女性なんか」と言われていたユースフの妻ラズィヤーが彼の悲しみの歌をついで「愛情のない夫婦生活」を当てこする自分の心情を見事に詩に託して歌う類い稀な詩才を発揮して妻としての自分の存在感をアピールしてくるし、賭博師として遊んでばかりの親戚と結婚したナジマーは、明らかに将来性のない夫ナワーブ・ムッカラムの流儀に合わせて盤上ゲームを挑んで更生させる良妻になろうと、自分の知識全てを使って夫に勝負を仕掛けていく。
 ずっとユースフとナジマーの中にくすぶるお互いへの恋心が、それぞれの夫婦生活を破綻させていくのを止められない状況でありながら、父親の希望通りの家族を作り上げようと奔走するナジマーの涙ぐましい努力は、ユースフの愛情を得られないままのラズィヤーの悲しさとシンクロしていくし、そのラズィヤーの嫉妬に駆られたナジマー見舞いの顛末で、ナジマーの愛情が自分に向いているわけではないと始めて気づく夫ムッカラムの嫉妬に火をつけてしまう片思いの連鎖によって、大人になりきれてないムッカラムが始めて恋心を意識する姿も(今となっては恋愛劇の定型ながら)麗しい。そのオチとなるラズィヤーの立ち位置の変化なんかは、小気味好く洒脱。ただの恋の鞘当て役にならないキャラクターとしての強さもさることながら、「伝統的価値観」が「自由恋愛」より上に置かれるが故のキャラクター配置であり人物描写だよなあ…と、本作で生まれたと言うイスラーム的感情表現がインドの話芸劇と出会うことで生まれてくる物語構造に感心してしまいますわ。

 それにしても、白黒でありながら絢爛なるナワーブ家の暮らしの優美さはセット撮影丸わかりのちゃちさもないではないけれど、衣食住のそれぞれが豪華豪華。使用人に囲まれて目が覚めるムッカラムが、朝の支度を呼びつければすぐ女性たちがそれをもってやって来る寝室なんて、庶民のワタスでは落ち着いて眠れないの確実ですわー(「水」と言って瓶から床に手洗い用の水を垂らしてたけど、あとで掃除するのも込みなんだろうか…使用人かわいそ。その揺りかご的な寝室そのものが、ムッカラムの幼さの象徴かもしれないけど)。

 


挿入歌 Aaja Dil Ko Nahin Hai Karar (さあやって来た。私の心に平安はなし)

 


 

 

 

(。・ω・)ノ゙ Najma を一言で斬る!
「劇中、ユースフが将来の希望を聞かれて『医大を卒業後2ヶ月は総合病院で働いて、そのあと独立する』と言ってたけど、医者ってそんなんで独立できるもんなの?」


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インド映画夜話

 

Boat (ボート:漂流舟上の10人 / 2024年タミル語版) 2024年 125分
主演 ヨーギ・バーブ他
監督/製作/脚本 シンブデーヴァン
“緊急時に最悪な生物は……人間"

 

 

 第二次世界大戦中の1943年。連合国イギリスが統治するインドへの、枢軸国日本の爆撃が始まっていた。
 6ヶ月間に渡る空襲で、コロンボ、ヴァイザーグ(ヴィシャーカパトナムの略称)、カッキナンディヤヴァダなどの人々は街を追われ政府機関は停止する…。

第1章 バッキンガムの兵士と宿無しの孫
 マドラス爆撃の翌日。ベンガル湾の大海原の真ん中にて、ボートに同船するクマランとトーマスは殴り合いを始め、相手を屈服させようとしていた。ついに、トーマスの持つ銃が火を吹いて……

第2章 のろまな奴隷と日本の爆撃
 その1日前。
 カシメドゥ(現チェンナイにある魚市場地区)の漁師クマランと彼の祖母ムットゥマーリは、結婚式を明後日に控えるクマランの妹アラムに「必ず、弟チョック(本名チョッカリンガム)を連れて結婚式に参列するから」と約束して別れていく。アラムには、チョックが抵抗派として逮捕され勾留中なのを秘密にしながら…。

 そのままクマランは、祖母と共に弟が拘留されているサントメ海岸の医療キャンプに赴き弟の保釈を願い出るが、潜伏中のテロリストを探す英国人警官は彼の話を信用しないで平手打ちしてくる。
 ちょうどその時、日本軍の戦闘機8機による空襲が始まったとの避難勧告が入り、キャンプの人々はパニックに! インド人警官から、このスキに弟を連れ出せるぞと助言されたクマランは、そのまま祖母と足を怪我している弟を連れてボートでの海上脱出を図るが、この様子を見ていた難民の何人か……ケーララ人作家ラージャ、歯痛に悩むラージャスターン人の金貸しラル、バラモン階級のナラヤナンとラクシュミー父娘、テルグ人妊婦ヴィジャヤーと難病を患う息子マゲーシュ母子、引退した司書ムッタイヤ……もまた、クマランの船で避難しようと集まってきた。だが、クマランが助けたいチョックは足の怪我と警察使用人の妨害によって船に乗ることが叶わないまま、クマランのボートは沖へと進んで行ってしまう…。

第3章 2本のオールの旅と無数の論争

 

 

挿入歌 Soka Naanum Nikkiren (私はここに、気取って座る [あなたはずっと ぼんやり見てる])

 


ニコニコ 第2次世界大戦中の1943年を舞台に、日本軍によるマドラス爆撃を逃れる様々な背景を持つ避難民たちを乗せたボートの行く末を描く、タミル語(南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある)映画。
 インドと同日公開で、フランス、アイルランドでも公開されたよう。

 予告編に「実話を基にしている」と出てくるけど、映画冒頭に「小説『老人と海(THE OLD MAN AND THE SEA)』、映画『十二人の怒れる男 (12 ANGRY MEN)』からインスパイアされた物語」と表記され、実話云々のクレジットは出てこない。
 2007年のデイヴィッド・リンチ監督による短編映画「Boat」など、同名映画や似た名前の映画がいくつかあるものの、全て別物。

 劇中で10章に分かれたサブタイトルが出てくる映画構成で、そのサブタイトルで状況を逐一説明する漂流もの映画。漫画家出身のシンブデーヴァンらしい演出と言っていいのかわからないけど(監督作は、これの前に「Puli(プリ)」見ただけだしぃ)、海上のボートの上でのみ展開する台詞劇、という構造は映画としては野心的だなあ…とは思う(舞台演劇的、とも言える)。

 そもそも「日本軍のマドラス爆撃を背景にした映画がある」と言う興味で見始めた映画で、チャンドラ・ボースのインパール作戦以前にスリランカ~南インド~東インドへの日本軍の攻撃が、インド人に落とした影は如何ばかりか…と言う目線にどうしてもなってしまう時代背景の映画でもある。
 まあ、インドの戦争映画の中には、日本人俳優が演じる日本兵キャラクターが出てくる「ラングーン(Rangoon)」、日本軍のマレー半島侵攻に伴う(日本進軍地域から遠い場所に影響を及ぼした)ベンガル大飢饉の実態を描く「遠い雷鳴(Ashani Sanket)」、日本が占領したこともあるアンダマン諸島の収容所の(日本占領以前の)恐怖を描く「Kala Pani(カーラーパーニー)」などなどの直接・間接に日本軍と関わりのある映画は他にもあるけれど、本作のマドラス爆撃の避難民を主要登場人物にした場合、現代タミル人は戦争をどう描くのだろう…と興味津々になってしまいますわ。

 結論から言うと、劇中には戦争シーンはほぼなく、洋上のボートに集まった避難民達達のインド社会の縮図な関係性に注目する映画で、大規模予算がかかりそうな爆撃シーンとかは登場しない。その意味では、戦争がテーマではなく、植民地時代であっても団結できないインドのネガティブな多様性を風刺する物語の側面は強い。
 1つの舟の上で、カーストの高低、宗教の違い、インテリ層と労働者層などの境界意識を抱えつつ「生き残るためには、舟の重荷を軽くしないといけない」と言う選択が時間経過とともに残酷に、シャレにならない状況を作り出していく風刺色の強い物語であり、そのお話の展開は漂流サバイバルものの定型をなぞる感じで進行しつつも会話劇中心のため、サバイバル知識とかが活躍することもなく社会風刺が先に立つ教訓的なお話になっているあたりが、映画としての評価が低い原因か。

 どこまでもポジティブな主人公クマランを演じたのは、1985年タミル・ナードゥ州ノース・アールカードゥ県(現ティルヴァンナーマライ県)アーラニ生まれのヨーギ・バーブ。
 幼少期から、ハヴィダール(インド軍、パキスタン軍で使われるペルシャ語由来の階級名。軍曹に相当)の父親についてインド各地を転居し、ジャンムー・カシミール州の冬の州都ジャンムー(現ジャンムー・カシミール連邦直轄領の冬季の主都)の学校で学ぶ。
 卒業後、TVのタミル語コメディドラマシリーズ「Lollu Sabha」の助監督として2004年から働き出し、脚本制作を担当。俳優志望として売り込みも開始して、2009年のタミル語映画「Sirithal Rasipen(笑えばいいよ)」「Yogi(ヨーギ)」の端役で映画デビュー。後者で"バーブ"名義でクレジットデビューできたことから、以降その映画タイトルにあやかって"ヨーギ・バーブ"を芸名として採用していく。
 タミル語映画界で悪役俳優として活躍する中、2013年の「Pattathu Yaanai(王家の象)」でコメディアンを演じて人気を獲得。以降コメディアンを中心に性格俳優として出演作を大幅に増やしていく。
 同年の「チェンナイ・エクスプレス(Chennai Express)」でヒンディー語(インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある)映画デビュー。翌2014年の3言語同時公開作「Jai Hind 2 / カンナダ語タイトル Abhimanyu」でテルグ語(南インド アーンドラ・プラデーシュ州、テランガーナー州の公用語)、カンナダ語(南インド カルナータカ州の公用語)映画界にもデビューする。2016年の出演作「Aandavan Kattalai(神様の言う通り)」でSIIMA国際南インド映画賞のコメディ演技賞などの映画賞を獲得。日本上映・DVD発売・配信もされている2018年の「僕の名はパリエルム・ペルマール(Pariyerum Perumal)」の演技も大絶賛されて、映画雑誌ヴィカタン・アワードのコメディ演技男優賞を受賞している。
 2019年の「Dharmaprabhu(尊きダルマ神)」で主演デビューとなって、以降もコメディアンを中心に予算規模の大小を問わず人気俳優としてタミル語映画界で活躍中。

 湧きあがる雲と降り注ぐ太陽光を背景にした洋上の舟、と言う絵面は終始美しく、登場人物達の苦境との反比例具合が皮肉めいてもいて効果的な画面構成。
 その中で、舟の中の対立や喧騒、突如同船してくるイギリス人将校との軋轢、食料や老朽化している舟の安全性への危惧などなどが、先の見えない不安として人生訓のように登場人物達を苦しめるとは言え、各登場人物の背景説明が薄いためにその対立具合はそこまで後を引かないものになっている(登場人物的には色々深刻な事態だけど…)。
 その中で、イギリス人将校トーマスの支配者としての傲慢さに見える植民地化されたインド社会の縮図、その支配者に抵抗するテロリストの潜伏が巻き起こす相互不信が、どんでん返し的なお話の起伏をもたらす中、それでもポジティブに物事に対処しようとしていく主人公クマランの善性によって物語が推進されていく所にインド的精神のあり方を見るべきか。
 ま、日本軍の爆撃と英国人警察の追跡を逃れるために漕ぎ出したボートなのに、結局は巡視船のこない12マイル沖を2日漂流しているだけで戻ってくるとか、マドラス爆撃の噂は噂だけだったとか、都合よく出てくるサメや巡視船のエンジン音の恐怖とか、日本軍の巡視船に対して手旗信号と旭日旗見せておけば臨検もされないとか、色々と物語的な「?」部分はてんこ盛り。狭い木製舟に乗る登場人物達の不安が見せる象徴と思っておくしかないエピソードもちらほらと…。やはり、注目しているところはサバイバル映画とか戦争映画とかでなく、印パ闘争以前のインドの多種多様な分裂具合への風刺と、その団結への夢(が砕かれる様)を描きたい映画なんでしょう。その構図に何を見出すかは、観客それぞれの価値観によって色々なんだよ、と言いたげなところも含めて…。

 そういや、一瞬出てくるテロリスト所有の「同志達との写真」に写ってる独立闘士が、「インドの仕置人(Indian)」の主人公セーナパティ(演じるは名優カマル・ハーサン!)って所のサービス精神もビックリ。もう1人のシヴァージー・ガネーシャン演じるラージャンってキャラクターのことも分かってれば二重に「よ! 待ってました!」って合いの手が入れられたのにぃ(1954年のシヴァージー・ガネーシャン主演作「Andha Naal(あの日)」の主人公だそうだけど)。

 


プロモ映像 Vaada Vaa

 


 

 

 

(。・ω・)ノ゙ Boat を一言で斬る!
「ベンガル湾に進軍する日本軍は、Uボート持ってた…のか…?(単に『潜水艦』の別称として言ってるだけだろうけど)」


↓こちらも参照くださいな。
インド映画夜話