インド映画噺

インド映画噺

主に映画の、主にインド映画の、あとその他の小咄を一席。
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インド映画夜話
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聖者 (Mahapurush) 1965年 67分(65分とも)
主演 チャルプロカシュ・ゴーシュ & ロビ・ゴーシュ他
監督/脚本/音楽 サタジット・レイ
"本物なんて、そうそういない"

 

 

 その日、聖人ビリンチ・ババは大量の信者に見送られながら列車の旅に出た。
 寝台車両にて同室となった弁護士グルパダ・ミトラと娘ブチキ(本名ニリマ)は、遥か古代のカシ(現バラナシ)建設当時の話を昨日のことのように語るババに圧倒されながら「人々の平安のため」太陽を操るババの姿を見る。
 その奇跡を見たグルパダは、昨年の妻の死以来取り戻せなかった心の平安をババに求めるため入信を決意するが、ブチキは不審そうにババを見ているだけ…。

 ミトラ父娘の帰宅を知ったサティヤ(別名ショット)は、恋人ブチキに会いに行こうとするものの、ミトラ邸はその時ババのディクシャ(入門儀式)の真っ最中。ブチキを呼び出しても「あんな手紙なんかよこして。私、ババに入門するの。邪魔しないで」とにべもない。
 サティヤに泣きつかれてミトラ邸の様子を聞いた叔父ニバロンは、早速ババの講話に参加したと言うブチキの姉夫婦ニルパマとノニに話を聞きに行くが、プラトンやダ・ヴィンチ、アリストテレスと語り合ったと主張するババの荒唐無稽な話を、集まった実業家や科学者たちも信じていたと聞いて呆れ顔に。ついにサティヤを連れてババの講話に乗り込むニバロンだったが……。

 

 

 


 

 


ニコニコ ベンガル人化学者兼辞書編集者兼作家ラジシェコル・ボシュ(ペンネーム ポロシュラムとして知られる)原作の短編小説「Birinchibaba(ビリンチ・ババ)」の、ベンガル語(北インドの西ベンガル州、トリプル州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある)映画化作品。
 英題「The Holy Man(聖者)」としても知られ、2005年には米国アカデミー・フィルム・アーカイブが本作の保管を発表している。

 日本では、2025年の「サタジット・レイ レトロスペクティブ」にてデジタルリマスター版が上映。

 人口密度の圧倒的に高い、人のひしめき合うインド社会において「聖者」であることをアピールしまくる話芸1つで大金をせしめる詐欺師(最初っからメチャ怪しい!)と、そんな詐欺師の話芸を楽しんでいるうちに信者になっていってしまうインテリ層の軽薄さを笑い飛ばすような滑稽劇な1本。
 聖者ビリンチ・ババの詐欺テクニックとか物語的どんでん返しとかは薄いながら、パフォーマンスだけで寝食昼寝付きを手にして優雅に過ごすビリンチ・ババの、肝の座ったと言うか、慣れきった富裕層への寄生っぷりも、あるいは社会の不安定さが見せる象徴的な姿でもありましょうか。昼日中から部屋に集まってダベっているニバロンたち「正常な人」側の仕事がないからと無意味な会話を続けていく姿も、ビリンチ・ババの姿との鏡面対比的でもある? ニバロンに、ビリンチ・ババの荒唐無稽な話を笑い飛ばしながら伝えるノニ教授が、それでもそれが楽しいが故にビリンチ・ババのもとに通い、自分の(エセ科学的な)研究共々荒唐無稽な話を「信じてみたほうが楽しい」と娯楽的にババを受け入れていく姿も、「インテリってやーね」って諧謔に詰まっていてステキ。
 ビリンチ・ババに心酔する父親をよそに、うさんくさい目でババを見ていながら、恋人だからと迫るショットを袖にするが故に「ババに入信するの」と言ってつまんなそうな顔でババの講話を聞いてるブチキの不満もまた、ババに居場所を与えてしまうスキとなってしまう展開も、感情やその時の情動によって知性が敗北させられる姿を描いていく滑稽譚としての完成度を高めていく。そこに「ブチキを取り戻す」と息巻いていながら、ニバロンに頼りきりになる弱気なショットの情けない姿が重なっていくのも、人情コメディ的で飽きさせない構成。

 映画の顔であるビリンチ・ババを演じたのは、1912年英領インドのベンガル管区カルカッタ(現西ベンガル州都コルカタ)に生まれたチャルプロカシュ・ゴーシュ(別名チャル・プロカシュ・ゴーシュ)。
 詳細情報があんまり出てこないけど、本作と同じサタジット・レイ監督作となる1956年のベンガル語映画「大河のうた(Aparajito)」で映画デビュー。その後も、主に60年代にベンガル語映画界で活躍していたよう。

 中盤以降主人公格になるニバロン役を演じるソメン・ボースも出演している、本作翌年に公開されたサタジット・レイ監督作「主人公 (Nayak)」にも、似たような新興宗教の教祖が出てきてたので「ひょっとして、同一人物キャラか!」とか期待したけど、特にそんなことはなかったようで(教祖役を演じてたサティヤ・バナルジーは、本作でニバロンの仲間の1人ニタイ叔父を演じていたりする!)。こういう教祖ビジネスは、インドの至る所でそれなりに大衆に受け入れられながら存在しているってことでもあるのか、あるいはインテリ層が娯楽として消費している姿に「宗教」というより「娯楽」としての要素を見出すべきか。あそこに集まってババの講話を聞きにきているインテリ層って、あるいは「会いに行けるアイドル」見たさに来てるという可能性も……あるのかなあどうかなあ。

 

 


受賞歴
1966 BFJA(Bengal Film Journalists’ Awards) インド映画作品賞

 

 

(。・ω・)ノ゙ 聖者 を一言で斬る!
「ベッドの壁からマジックハンド的なもので枕側に伸びてる電話台は、当時普通にあったもの? ズボラー量産機みたいでちょっと欲しい。でも頭ぶつけそうで怖い!」


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インド映画夜話

 

Chokher Bali (眼の中の砂) 2003年 149分(143分、167分とも)
主演 ポションジート・チャタージー & トータ・ローイチョウドリー & アイシュワリヤー・ラーイ & ライマー・セーン
監督/脚本 リトパルノ・ゴーシュ
"貴方は行ってしまった"
"貴方が行ってしまったら、誰が貴方を愛してくれるというの"

ファンメイド予告編?

 

 

"親愛なる兄へー
 貴方からおあずかりしたビノーディニーの結婚は滞りなく済みました。私なりに精一杯の式になったと思います。ただ、私の息子のせいで彼女に十分な教育を施せなかったのが気がかりであり…こちらの誤りであると後悔の炎が私をさいなみます。私の息子マヘンドラも、親戚のビハーリーも彼女との見合いを拒否したため、彼女は病弱なビピンとの結婚式の後すぐに……若くして未亡人となったのですから。 ーラージラクシュミー"

 両親も夫もいない身となって親戚の家に戻ってきたビノーディニーは、しかし寡婦であるからと、一家から老女扱いされる日々を過ごしていた。そんな彼女を救いたいと思う義母ラージラクシュミーだったが、人々は寡婦である彼女への支援に反対。再婚相手を捜そうと言うラージラクシュミーの言葉の相手をする者もいない。
 ラージラクシュミーの家のある北カルカッタの屋敷にビノーディニーが引き取られていったある日、英語を習っている彼女の英語力を見たマヘンドラの妻アーシャラータ(通称アーシャ)は、無学な女でも努力次第で知識を身につけられることを諭され、英語の手紙を読み聞かせようとする夫を前に「秘密の友達から、英語を習い始めたの」と切り返す。
「秘密のって、だれのことだい?」
「さあ? …貴方が呼びたいように呼べばいいわ」
「そうだな…じゃあ、"チョーケール・バリ(眼の中の砂=目障りな奴)”と言うのはどうだろう?」
 その日から、ビノーディニーとアーシャはマヘンドラの名付けた名前を面白がって、お互いを"バリ"と呼び合うことを楽しみながら親密な仲になっていくが、それを見ていたマヘンドラは…。

 

 

プロモ映像 REra Shukher Lagi

 


ニコニコ タイトルは、ベンガル語(北インドの西ベンガル州とトリプラ州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデュの国語でもある)で「目の中の砂」。別意で「絶え間ない刺激」「目障りな奴」の意の例えになるそう。
 いくつか英題がつけられて公開されているようだけど、国際版の英語タイトルでは「Choker Bali: A Passion Play」。インド国内の英題では「Sand in the Eye」だったそう。

 ラビンドラナート・タゴールが1903年に発表した同名小説を原作とする、ベンガル語映画界の名匠リトパルノ・ゴーシュ11作目(TV映画、TVドラマシリーズの監督作も含む)の監督作。
 この原作は、1904年に舞台化され1938年に同名映画が公開されてから、何度となく舞台、映画、TVシリーズで製作されてきたものである。本作は、その代表作と称される1本。

 20世紀初頭のベンガルの、大家族が住む大地主の屋敷を舞台に、新婦でありながら寡婦として使用人同然に迎え入れた美しいビノーディニーの周辺で巻き起こる、それぞれの人々の感情のどうしようもない相克を描いていく1本。
 冒頭に原作者タゴールの言葉として「発表以来、この物語の結末を変えるべきだったと後悔している」と出てくるんだけど、この映画では変えていないままなのか…あるいは脚色しているのか?

 家族の行く末を心配する寡婦ラージラクシュミーが、同じように将来に希望を持てないビノーディニーを義母・義娘関係ではあるものの自分の屋敷に引き取った善意が、徐々に息子マヘンドラ、その嫁アーシャ、義息(? 親戚かも? 言語が理解できないと、イマイチ家族関係の詳細がわからぬぅ)ビハーリーそれぞれの価値観に変化を与えていき、教養あって機知に富むビノーディニーと言う異物による人生観の変容そのものが家族の断絶を招いてしまう悲劇を止められない不条理へと流れ着いて行ってしまう。全てがそれぞれの善意から発しているが故に、より人と人の間に流れる不条理の哀しさが強調されていく物悲しさが、詩情豊かな語り口の中でより強調されていく姿がやるせない。

 なにはなくとも、静謐な画面を彩る当時のベンガル富裕層の暮らしの絢爛たる風土と衣装風俗の豪華の再現度が、イギリスのジェームズ・アイボリー映画やイタリアのルキノ・ヴィスコンティ映画、フランコ・ゼフィレッリ映画と比較したくなる美しさ。常に動物の鳴き声や植物のざわめき、祭礼の歌が背後で奏でられる生命力の騒がしさ、黄土色の光線による黄色い画面に照らされた登場人物たちのセピア色の影が、理想的な古き良き昔のベンガル図像を浮かび上げさせる効果にもなっているよう。
 その中で、本作がベンガル語映画デビューとなる、主人公ビノーディニー演じるアイシュワリヤー・ラーイ(声は、ベンガル人女優スリーラー・モジュムダールの吹替)の神々しいまでの美貌が、これでもかと画面の中心で存在感をアピールする画角の美しさも見もの。本作の前年の主演作「デーヴダース(Devdas)」でもベンガルを代表する文芸映画の主演を務め、本作の後の2006年にはウルドゥー語(アーンドラ・プラデーシュ州、ジャンムー・カシミール連邦直轄領、ラダック連邦直轄領、ビハール州、デリー首都圏の公用語の1つ。パキスタンの国語でもある)文学の代表作「Umrao Jaan(ウムラーオ・ジャーン)」の主演も務めるアイシュワリヤーの、インド東西の言語共通の文芸映画に見える本音を隠した会話劇にくすぶる隠れた感情の渦が、その麗しい笑顔の奥でいろいろに表現されていく姿こそが、この映画の大きな武器にもなっている。
 ベンガル語台詞が不安定ながら、リトパルノ・ゴーシュ監督のために無償参加したと言うネット情報がどこまで本当なのかわからないけど(アーシャ役のベンガル人女優ライマー・セーンの声も別人の吹替なので、ベンガル語発音の問題とは違う演出意図があっただろう感じもある)、劇中の大家族の集まる屋敷内での異物的存在としての孤独感、疎外感、それらを含めた仮の家族の一体感の幸福が、彼女の異様な美貌そのもので表現されているかのようでもある、その妖しい魅力はアイシュ出演作の中でも随一かもしれない。マヘンドラとの不倫関係、そのために自分を気にかけてくれた恩人ラージラクシュミー、姉妹同然の仲のアーシャとの悲しい別れを経験し、3度目の家族の喪失を経験する事になるビノーディニーの失踪は、マヘンドラ邸での家族の触れ合いが幸せであればあるほどに残酷な人生そのものを突きつける。西洋絵画の裸婦像がそこかしこに飾られたマヘンドラ邸を彩るインドとイギリスの融合した爛熟した文化が示す、芸術的生活の退廃を体現するかのような人生の明暗の差が大きければ大きいほど、その落差は救われない人の行き場を失った感情の虚しさを見せつけるが如くに…。

 

 


受賞歴
2003 West Bengal Film Journalists’ Association 助演男優賞(トータ・ローイ・チョウドリー)
2003 National Film Awards ベンガル語映画注目作品賞・衣裳デザイン賞(ビビ・ローイ & スシャント・パル)・美術監督賞(インドラニル・ゴーシュ / 【Meenaxi: A Tale of Three Cities】のシャルミシュタ・ローイと共に)
2004 BFJA( Bengal Film Journalists’ Award) 主演男優賞(プラセンジト・チャタルジー)

 

 

(。・ω・)ノ゙ CB を一言で斬る!
「寡婦用の簡素な服の、そこにアクセサリーってしまえるんですか!(しまうというか、畳んで結びつけたというか…)」


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インド映画夜話

 

音楽サロン (Jalsaghar) 1958年 100分(95分とも)
主演 チョビ・ビッシャシュ
監督/製作/脚本 サタジット・レイ
"貴族の衰退と、芸術への執着"

 

 

 20世紀初頭のベンガル地方。
 かつての栄光の残滓だけが残る、空虚な宮殿に住まうジョミンダル(荘園主)のビッションボル・ラエは、隣の資産家モヒム・ガングリ家から聞こえる音楽が気になっていた。
 「あれは、ガングリ家の息子の入門式を祝う音でありますよ。旦那様…」
 執事に説明されてからビッションボルは、かつて一人息子コカのために催した入門式のことを思い出す……

***************
 その昔、ビッションボルは息子コカのための入門式を盛大に開催しようと、資金の足りない家計のために妻マハマヤの衣服を売って高名な音楽家たちのコンサートを催していた。返せるあてもないままに「隣家への対面のためだ」と断言して…。
 その後も、義父の容体を見に帰省したいと言う妻と息子を送るまま、宮殿に残るビッションボルは現代的な屋敷を落成するガングリ家に対抗して、無理を重ねて自宅宮殿に高名な古典音楽家たちを迎えるための音楽サロンを構えていく。その祝宴に妻と息子を呼び戻すビッションボルだったが、祝宴開催日当日になっても2人は戻ってこない。
 ガングリ家を始め、近所の名士達と共に古典音楽に耽溺するビッションボルも流石に気になって、途中退席して2人の消息を訪ねにいくと……

 

 

 


 

 


ニコニコ ベンガル人作家タラションコル・ボンドバッダエ原作の同名短編小説の、ベンガル語(北インドの西ベンガル州、トリプル州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある)映画化作品。英題「The Music Room(音楽室)」としても知られ、映画史上初のインド古典音楽と古典舞踏をメインに取り上げた作品としても知られている(ホンマ?)。

 公開当初は、批評家からの評価は芳しくなかったというものの、ナショナル・フィルム・アワードで賞に輝いてから注目が集まり、サタジット・レイの名前を世界的に確立させた1本となった。
 1981年にフランス公開された時には17万枚以上もの入場券が売り上げられ、1988年の「サラーム・ボンベイ!(Salaam Bombay! )」に抜かれるまでフランスにおけるインド映画公開史上最多興行記録を保持。1996年に米国アカデミー映画アーカイブにフィルム保存されている。
 日本では、1988年の大インド映画祭にて「音楽ホール (Jalsaghar / The Music Room)」の邦題で初上映。2025年の「サタジット・レイ レトロスペクティブ」にてデジタルリマスター版が「音楽サロン」の邦題で上映され、BDも発売された。

 ほぼほぼ廃墟同然ながら、なお数人の使用人と共に村一番のお屋敷に住み続け、芸術に耽溺する衰退必至のジョミンダル(大地主。いわゆる"ザミンダール"のベンガル語発音)の当主の、過去の栄光への執着、伝統を受け継ぐべき我が身の矜持、それでも有閑階級であるからこそその深化を見せる芸術への執着とその真眼を、「亡び去るもの」として描いていく哀しさを見せつける1本。
 やや方向性が違うながら、「老醜を晒す地方権力者」の哀しさを描くという点では、本作の後に発表されたサタジット・レイ監督作「女神(Devi)」のジョミンダルのあり方と明暗対比的な構造を持つ映画、としても見れなくもなくもないかも。うん(弱気)。

 芸術の関わる人々の姿を描くいわゆる"芸道もの映画"とは違うものの、古典音楽に耽溺し、自身のお屋敷に専用のホールを作り、その芸術性を120%体感しようとする、地方を支配するほどの権力と資金力を持つが故に可能な「芸術を楽しみ、支援し、深化させる」芸術の観客側の矜持、権力も資金も投げ打って分不相応な芸術への耽溺を止められない古典音楽への心酔ぶりは、こののちの映画群を見てていつも感じることですが、やはりこう言う余暇を持て余す有閑階級あってこそ芸術の発展が促される面は大きいよなあ…と考え込んでしまうと共に、そう言った特権階級が芸術に耽溺できない社会もまた恐ろしいよなあ、とも思えてしまう自分もいる。生活の中の余暇にこそ芸術を求める人の心が本能的なものかどうか、余暇を持つ者たちによって発展する芸術だからこそ人の心が惹きつけられてしまうのか、芸術なる技と人の生活の関係ってなんなんだろうねえ……とかメンドくさいことをつらつら考えてしまいますわ。

 本作のビッションボル・ラエが、もはや新興の実業家に資金力も人脈も最新技術の扱いも敵わなくなりながら、それに抵抗するように(あるいは逃避するように?)古典音楽とその開催場所としてのサロンの復活になんらかの希望を見つけて行くその姿が、虚しい姿なのか悲しい姿なのか、あるいは亡び去る前の抵抗の姿なのか…見る人によってその印象は変わるかもしれないけれど、家の伝統にのみ自身の価値を見出すビッションボルが考える音楽サロンの存在意義は、ビッションボル自身の価値観を表すと共に、古典音楽そのものの存在意義がその環境(開催場、観客も含めて)にも依存している事をも露わにする。
 お屋敷内音楽サロンの復活を祝う何十年ぶりかの音楽会開催の中、モヒム・ガングリが踊り子におひねりを投げようとした手を沈黙のまま止めるビッションボルの、芸術の支援者としての真眼、矜持、その伝統に裏打ちされた芸術への憧憬は、まさに芸術と人との関わりを露わにする1つの象徴…人生という浮世を無効化する悲しき象徴…でもありましょうか。

 実際に古典音楽家たち(女優兼カタックダンサーのローシャン・クマーリー。ガザル、ダドラ、トゥムリ歌謡歌手兼女優のベーガム・アクタル、シタール奏者ワヒード・カーンなどなど)を出演させて撮影されたインド古典音楽と舞踊の美しさは言わずもがな。映画内にその技術と美しさを刻みつけようとでもするその熱意が濃厚に映されいるよう。特にラストのビッションボル念願の(そして、恐らくはビッションボル最後の)音楽会を彩る古典音楽と古典舞踊の長尺の映像と、その後のお屋敷の沈黙との対比は、インド芸術の水準をカメラに焼き付けようとでもする画面のパワフルさに圧倒されてもしまう。それこそ、主人ビッションボルを無視して騒ぎ立てよとするモヒム・ガングリと同じように興奮してしまう自分が、画面に圧倒されて出てこようとするのを必死で抑えなければならないほどに。ああ、私なんぞ芸術への耽溺の入口にも入れない、真眼を鍛えられぬ身の上でありますわあ。

 

 


受賞歴
1959 露 Moscow International Film Festival 音楽コンポーズ銀賞
1959 National Film Awards ベンガル語映画次点注目作品功労賞・主演男優大統領金メダル賞(チョビ・ビッシャシュ)

 

 

(。・ω・)ノ゙ 音楽サロン を一言で斬る!
「ベンガルの肖像画家は、荘園主の絵を描く時はスーツで描くのですか!(マグリットみたいネ!!)」


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