Chalk n Duster (チョークと黒板消し) 2016年 130分
主演 シャバーナー・アーズミー & ジュヒー・チャウラー・メヘター & ディヴィヤー・ダッタ
監督 ジャヤント・ギラタール
"今日も、あらゆる困難に立ち向かう教師たちを、我々は支持しよう"
"今、手を差し出すのは我々の番"
私立カンタ・ベン学園(通称K.B.ハイスクール)は、最近この学校に就任してきた新校長カーミニー・グプタによる経営方針の変更によって教師陣との軋轢が生まれ、自由な校風を狭める彼女の手法を指して教師たちは新校長を「ヒットラー」と呼んでいた。
教育ビジネスでの大成を目指す理事長アンモール・パレークと結託して、学園を一流のセレブ校に変えようとするカーミニー新校長の強引な改革は、現場の教師たちを疲弊させるばかりで、そのまま自主退職に追い込めば退職金を払わずに済むと笑う理事長と新校長を止められる者もいないまま。
その槍玉に上がって、授業中にPTAからの苦情申し立てをでっち上げられて解雇を言い渡されたベテラン数学教師のヴィディヤー・サーワントは、ショックから心臓発作を起こして入院してしまった。
教育改革と称した学校ビジネスの加速に憤る同僚の教師ジョティ・タークルは、ついに白昼全教職員を集会場に召集させ、夫を懐柔して昇進させ自分の口を塞ごうとしたカーミニーに対して不信任案を提出しようと皆に呼びかけるが、職を失うことを恐れる教師陣は、そんなジョティの声にただうつむくことしかしない…。
挿入歌 Aye Zindagi (あゝ人生よ)
タイトルは、英語で「チョークと黒板消し」。学校教員の仕事道具であると共に、書いては消し書いては消しの行為が学校教育方針の迷走と、それに翻弄される教員の人生とシンクロしている事を表すタイトル…?(いらん深読み)
インドにおける、私立教育ビジネスの加速をテーマにした社会派ヒンディー語(インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある)映画。
本作は、デリー首都直轄領、ラージャスターン州、ウッタル・プラデーシュ州、ビハール州にて免税公開されているそうな。
自由な校風の私立学校を舞台に、ビジネスライクな新校長による現場無視な経営方針の変更が巻き起こす軋轢を描く映画という事で、予告編から予感はあったけどかなり教条的な映画でありました。ジュヒー&シャバーナー(+1瞬だけのゲスト出演でジャッキー・シュロフ)と言う高名な映画スターを使いつつ、あんまり登場人物たちの背景には注目せず、教育テレビ的な理想的な先生と生徒が悪役側を人情劇で黙らせていく勧善懲悪なお話。その決着にTVのクイズ番組に教員を出演させて雑学勝負させる展開に、同じく学校映画でもあった2021年のタミル語映画「Kamali From Nadukkaveri(ナドゥッカーヴェリー生まれのカマリ)」に通じる「知識人は全知識においてかくあるべし」みたいな知識人像が透けて見える…か?(ホンマか?)
勧善懲悪な話が映画の奥行きを潰してる感も強いけど、注目ポイントとしてはやはり学校経営の迷走が現場教員たちに与える影響をつぶさに描いている点。
日本でも深刻な問題になっている現場教員たちの疲弊がインドでも同じような問題を起こしていて、かつ現場教員たちにそれを解決する方法論が何も持たされていない現実を突きつけてくるのは、「日本でもこう言う映画を作っちゃえよ!」って言いたくなる切実さ(探せばあるかも)。
テーマありきの教条さで押し切ってしまったのが惜しいながら、インド映画界で時々出てくる学校映画が、「教育こそは国の基盤」と言う社会派メッセージを共通して立てながらも様々に教育現場の現実の問題に切り込んでいきつつ、本作においては現場教員たちの苦悩、学校方針に合わせて努力していても上層部や保護者たちから無視され続ける弱い立場である事や、様々な問題に対処しようと認められない教員評価制度における教員たちの疲弊を描いて行って、最終的には教師と生徒の相互的な敬意をこそ解決の道と描いていく映画も貴重ではなかろか。だいたいは主人公格の教師以外はヘイト対象になりがちな教師と言う職業も、1社会人であり1労働者であると言う目線も、学校という現実を観察する1つの指標でありましょか。
主人公ジョティ・タークルを演じたのは、1967年ハリヤーナー州アンバーラー県都アンバーラー生まれのジュヒー・チャウラー・メヘター(メヘターは結婚後の姓)。
父親はIRS(国税庁)職員のパンジャーブ人で、母親はタージ・グループのホスピタリティ部門を率いる(?)グジャラート人。幼少期に一家でボンベイ(現マハーラーシュトラ州都ムンバイ)に移住したのち、1984年度ミス・インディアに輝き、同年のミス・ユニバースではナショナル・コスチューム賞を獲得する。
1986年のヒンディー語映画「Sultanat(帝国)」で映画デビュー。翌1987年のカンナダ語(南インド カルナータカ州の公用語)映画「Premaloka(世界の愛)」と同時製作タミル語(南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある)版「Paruva Ragam(時代のメロディ)」で主演デビューし、カンナダ語版が大ヒット。1988年のヒンディー語映画「Qayamat Se Qayamat Tak(終末から終末へ)」でヒンディー語映画界でも主演デビューし、フィルムフェアに新設されたLuxニューフェイス・オブ・ジ・イヤー賞を獲得。主演女優賞ノミネートもされて、相手役のアーミル・カーン共々一躍トップスターに飛躍。名コンビとしてもてはやされ、新時代ヒロイン像の先駆者として人気を呼んだ。
同年には「Kaliyuga Karnudu」でテルグ語(南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語)映画に、翌1989年には「Amar Prem(不滅の愛)」でベンガル語(北インドの西ベンガル州、トリプラ州、アッサム州、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の公用語。バングラデシュの国語でもある)映画にもデビュー。以降、モデル出身女優に求められがちなグラマー女優路線を拒否し、コメディ演技を得意とする活発なヒロイン像を武器にヒンディー語映画を中心に90年代に大活躍する。
1995年に実業家ジャイ・メヘターと結婚。出産を期にそれまでのコメディエンヌからシリアスな役への転換を図るも、興行的には不発が続き、2001年には一時的に女優業から離れたこともある(ただ、公開作は常に年1本以上維持されていた)。そこから、2002年の「3 Deewarein(3つの壁)」や2005年の「My Brother Nikhil(マイ・ブラザー…ニキル)」から再び俳優としての満足感を得たと本人は語る。
本作悪役の新校長カーミニー・グプタ役には、1977年(1971年とも)パンジャーブ州ルディヤーナー県都ルディヤーナー生まれのディヴィヤー・ダッタ。
7才時に父親を亡くし、公務員で医者の母親ナーリニー・ダッタに女手1つで弟と共に育てられたと言う。母方の叔父に映画監督兼プロデューサーのディーパク・バーフリーがいる。
幼少期にパンジャーブ反乱(1980年代半ば~1990年代半ばに起こったシーク教徒の自治独立を求める武装闘争。当初は平和的であったものが、1984年のインド軍の武力鎮圧によって過激化した紛争)を経験している。
スターダスト・アカデミーにて演技を特訓。アカデミー出身者で作られた未公開映画出演を経て、1994年のヒンディー語映画「Ishq Mein Jeena Ishq Mein Marna(愛による生と死)」で正式に映画&主演デビューを果たし、続く1995年の助演作「Surakshaa(保護)」がノルウェーとスウェーデンで大ヒット。1999年には「Shaheed-e-Mohabbat Boota Singh(殉国と愛 - ボータ・シン)」でパンジャーブ語(北西インド パンジャーブ州の公用語でシーク教の聖典に使用されている言語。別名パンジャービー。パキスタンでも最多言語人口を持つ言語)映画に主演デビューもして、大ヒットさせている。2000年の「Basanti(春の娘)」でネパール語(ネパールと、北インドのシッキム州の公用語)映画デビュー、2002年には「Game(ゲーム)」でタミル語映画デビューもしている。以降、ヒンディー語映画を中心に活躍中。2005年から始まるTVドラマ主演作「Shanno Ki Shaadi(シャンノーの結婚 / ハリウッド映画でのちにTVドラマ化もされた「マイ・ビッグ・ファット・ウェディング(My Big Fat Greek Wedding)」の翻案もの)」以降、TVドラマ界にも活躍の場を広げている。
数々の映画賞にノミネートされる中、2004年の「Veer-Zaara(ヴィールとザーラ)」でZeeシャイン・アワード助演女優賞他多数の映画賞を獲得。2017年の「Irada(意図)」ではナショナル・フィルム・アワード助演女優賞も贈られている。
監督を務めたジャヤント・ギラタールは、本作が5本目の劇場作品監督作。
幼い頃から映画界を志望していて、1度銀行員として働き始めたもののすぐに仕事を辞め、K・ラヴィシャンカール監督のもとで助監督として働き始め頭角を表す。
1994年放送のTVシリーズ「Akbar Birbal」で監督デビューして大ヒットさせ、Zee TVによる67言語もの翻訳版が作られると言う前代未聞の記録を樹立。1998年には、名優ミトゥン・チャクラボルティを主演に迎えた「Himmatwala(勇者)」で劇場公開作の監督デビューを果たしている。以降、ヒンディー語映画・TV界で監督、脚本家、プロデューサーとして活躍中。本作で、アイルランド・インド映画祭の作品賞ノミネートされている。
問題に対処するために最初に立ち上がる、ジュヒー演じるジョティが、幼い頃から文武両道、何事につけても器用にこなす能力を持っていることがアピールされる映画冒頭なんかは、ある意味でマサーラー映画文法と言ってもいいかもだけど(劇中、化学実験を指導してるシーンはあったけど、専門はなんの教師なんだろう…。小学生にも教科別に教員がついてる学校だったけども)、学校経営のスポンサーや保護者からも軽んじられる教員と言う立場から、生徒を一人一人面倒を見つつ、同僚教員たちのサポートも行いつつ、理不尽な改革を強行する校長や理事長と渡り合って行こうとして孤立していく姿も悲哀を醸し出す姿。有象無象のインド映画の中でも悪役やコメディ役で描かれることの多い教員と言う職業に関して、インドにおける教員のイメージが「尊敬すべき仕事」「強権的で胡散臭い存在」「子供の人生を左右する擬似親」「子供の壁となって邪魔する存在」と善悪両極端に描かれがちな状況であることそのものを糾弾しているようでもある。教育の理想や教育ビジネスの加速に翻弄される教員たちが、不当に道化扱いされる現状に一石を投じたいと言う映画が、日本でも増えることを期待したい1本ですわよ。
挿入歌 Jingle Bodmas (数式の優先事項)
(。・ω・)ノ゙ CnD を一言で斬る!
「教師たちが、職員室とは別に集会場ってところで会議(立ちっぱなしで)してたけど、それはこの学校独自のやり方のなのか、インドの学校はそういうものがあるのか?」
↓こちらも参照くださいな。
インド映画夜話