先日、母のお墓参りをして来ました


母が死んだのは、ちょうど20年前の明日


振り返ると、あっという間でした



私は幼少期から母の慰め役でした


母は中学校を卒業してから、奉公に出されたりして寂しかったり、苦労してきたからです


そして夫婦仲も悪かったので、毎晩両親は喧嘩していました



私が学校から帰宅すると、母は父の会社に電話しようとしていたことが何度もあります


なだめて止めたり、それでもかけた時には、近くで聞いていたりしました


父は鉄工所で働いていたので、事務所にかけて呼び出ししてもらって、出たら母の愚痴を聞かされる父


なんてことをするんだと思っていましたが、母の気が収まらなかったんでしょうね



またある時は、読書家の父の本をビリビリに破って、庭に投げている母がいました


それを止めて、拾い集めるのが私の役目でした



学校でもいじめにあったり、上級生から目をつけられたりして脅しの電話がかかってきたりしている中、両親は何も知りません


というか、興味がなかったのです


私が中2になると、姉達に子どもができて、父は孫に夢中



そんな中で育ったので、いつしか自己犠牲が当たり前になったまま大人になりました



母が死ぬ前、自律神経失調症はピークでした


1週間寝れずに、歩くこともできなくなってしたところから、母亡き後は少しずつ、仕事に慣らしていきました



数年後、書道の門を叩きました


母の遺品整理をした時に、書道の通信教育の道具などが出てきた時に決めたのです


子どもの頃、母が10年習わせてくれた書道を極めよう


師範を取って教室を開こう、と



母の7回忌までに漢字と硬筆の師範を取り、翌年には教室を開きました


同時に産経に作品を出すようになりました



教室もこの春で15年目になりました


そして、最近やっと今までの自分は自分を大切にできていなかったことに気がつきました


どうしても子どもの頃染みついた人を優先させるところとか、自分が我慢して相手に合わせたり、自分の意見を飲み込んだりしていました


息を止めてしまう癖や肩に力が入ったりしていました


それを今、整体に通いながら、治そうと決めています



ずっと父を許せなかったですが、今は父も母も、苦しみながら精一杯育ててくれたんだなと感謝しています



そして、これからの人生は自分をまず大事にします


嫌なことは嫌と言うし、無理なスケジュールは断ります


自分で自分を守ります


ちゃんと自分の意見を言います



よく52年も耐えたな


20年、よくここまで来れたな



身体の力が少しずつ抜けて、昨日物凄い久しぶりに座って半紙の楷書が書けました


初めは震えていた手も、次第にスムーズに動くようになりました



私みたいなのをアダルトチルドレンと言うそうですが、父も母もアダルトチルドレンだったんだろうな


ずっと負の連鎖を繰り返してきたのを、私の代で終わらせます


と言っても、私の子どもはわんこですが 




ぱんぱんの顔の私に、怒り気味💢のハナ 笑



とにかく生き延びたぞ〜‼️



残りの人生は自分と家族と生徒さん達のために使います


長生きしなくちゃね