以前こんな人にあったことがある。

その時はたまたま歳をとった、いわゆる老人についての話になり、その彼(たしか35歳程度)が、「私は年寄りは社会にいらないと思っている。老害になる人間は積極的に対応(恐らく何かしらの処分)をするべきだ。」というニュアンスの発言をしていました。

私は、絶対にそんなことはない。私は目上の人、年を老した人からこれからも多くの学びや感動を受け、それらは必要なものだと思っています。


人はそれぞれだし、そう思う人間もいる。

老人は不要は極端だけれど、きっと彼が成長していく中で、彼に大きく影響を与えた先輩が少なかったんだろうと思う。

もっと沢山の年配者が彼の先生として存在していたら、その考えは変わっていたのではないだろうか。

自分の親や、自分自身さえも歳をとった時にどう感じるかを現時点で振り返って考えてはみたのだろうか。

確かに年配の方によって産まれる小さなものから大きな問題はあるとは思っていますが、それを極端に厳しい対応をするという思想は少し未熟なのではないかと感じてしまいます。


私は今まで多くの大先輩に可愛がって頂き、教えもたくさん与えられ、本当に感謝と尊敬の気持ちや経験があるので、老害という言葉は私の中には存在しません。


もう一つ気になったのが、若い人に多い発言で仕事格差が思い立ちました。


あの仕事は底辺だから、と肉体労働や風俗営業、もちろんそれらだけではないですが、その業務に対し差別的な発言をしてしまう、または思っている人についてです。

若い人に多いと言ったのは必然だと思っており、これは仕事を長く続けて色々な厳しさを年と共に経験、勉強していくうちに他職種の厳しさや社会に与える影響や貢献を理解していく中で、尊敬や理解の気持ちが育って行くためだと考えています。

苦労もそうですが、経験が少なく、人への理解が乏しいから、そして何より自分の仕事が上手くいっていないとそういう発言になりがちになるのではないでしょうか。

私も色々な仕事を経験しましたが、どれも難しい所があり勉強も多く、そして何よりやり甲斐のある部分がありました。


老人を一言で不要と発言したり、他職種を一括りで下にみたり、そんな人と会う事もたまにありましたので少し触れてみました。


少し問題なのは、思っていてもそれを発言しないというのがひとつの賢さだと感じます。