「そこから一歩でも出たら、終わりだから」

 

 

点滴が落ちる音が響くほどに

 

 

静かなこの病室に、震える彼女の声。

 

 

私達の終わりを示唆するその言葉に

 

 

ドアから一歩手前、

 

 

踏みとどまってしまうのは

 

 

紛れもなく共に過ごした3年という時間のせいで、

 

 

振り向いたら、きっと動けなくなるだろうから、

 

 

決して振り返らず、

 

 

涙が溢れ出すその頬を彼女に拭ってもらうは愚か

 

 

誰にも掬い取られることはなく、

 

 

床をこれでもかというほどに踏みしめる。

 

 

後ろ髪を引かれる、愛する彼女を背に

 

 

私は病室を後にした。

 

 

私達の未来か、彼女の今か。

 

 

天秤にかけられて、両方選べないのなら、

 

 

私はただ彼女に生きていて欲しかった。

 

 

あなたの生きる未来に”私達”がいないのなら、

 

 

それでも私はいいから、

 

 

だから、お願い。

 

 

もう、平気なフリはしないで。

 

 

 

 

 

 

「そこから一歩でも出たら、終わりだから」

 

 

病室の中、疲れ切った体とは裏腹に

 

 

まだ走り続けたいと願う心。

 

 

まだ止まっちゃいけないって。

 

 

こんなんじゃ、幸せに出来ないって。

 

 

息が詰まるほどの

 

 

それは疾走感。

 

 

私達の将来と、彼女の決意。

 

 

天秤にかけて、勝てると思っていた私は

 

 

どうやら思っていた以上に

 

 

彼女を知らなかったらしい。

 

 

今思えば、昔から頑固な彼女の事、

 

 

そんな生ぬるい方法で止めれるはずもなく、

 

 

ごめん、嘘だよって、

 

 

言いかけた言葉が喉に突っかかった。

 

 

彼女の泣きじゃくる声が遠ざかっていくたび、

 

 

まるで光が私の前から消えていくように、

 

 

もう泣く気力も、体力も残っていない私は、

 

 

自然と意識を手放した。

 

 

3年という長い年月を共にした、

 

 

私達という日常は、

 

 

想像以上に、あっけなく、

 

 

私の元から姿を消した。

 

 

それは世界で一番愛する人に

 

 

背を向けさせた日。

 

 

JOKER

_どんな薬より効く魔法_