side Y

 

 

も「だめだよ、逃げちゃ」

 

 

この状況に焦り、

 

 

部屋から逃げ出そうとした私の父親の

 

 

足に刃を入れた茂木。

 

 

そこで動けなくなる彼はそれでもどうにか床を這い、

 

 

この状況から抜け出そうとしていた。

 

 

も「ゆいりちゃん、、」

 

 

どうする?

 

 

どうしたい?って

 

 

名前を呼ばれただけなのにそう聞こえるのは

 

 

彼女の心配そうな優しい声のせいで

 

 

もう声色だけで何を聞いているかわかるほどに

 

 

彼女たちを知っていたんだなと

 

 

少し怖いくらいの愛情に

 

 

嬉しくなると同時、残酷なこの状況に

 

 

私は胸が締め付けられるように痛くなった。

 

 

な「ゆうちゃん、

 

あれはただの欲に塗れた怪物だよ、ゲホッ、ゲホッ」

 

 

咳き込みながらも、ゆっくりと言葉紡ぐ。

 

 

私の気持ちを後押しするようなそんな響き。

 

 

声を発したちょっとの振動でさえ、

 

 

傷部分から血が吹き出す原因となって、

 

 

大人しくしててって言いたいのに

 

 

なぁちゃんの優しい声で安心したくて、

 

 

ゆ「なぁ、私っ、、」

 

 

な「でもね、彼は紛れもなく

 

ゆうちゃんのたった1人の父親なんだよ」

 

 

その言葉と同時、

 

 

茂木は振り上げていた手を下ろし、

 

 

ナイフを手放した。

 

 

カランッカランッ。

 

 

無機質に響く金属の音が

 

 

目障りなくらいに耳に飛び込んできて、

 

 

怒り、憎しみから私は漸く目を覚ます。

 

 

な「本当は私、、

 

ゆうちゃんを地獄になんて行かせたくないんです

 

願わくば一緒に天国に行きたい」

 

 

一緒に地獄に行こう。

 

 

そう言った目の前の強がりは

 

 

いつの間にか私の前では強がりではいられなくなって、

 

 

本当は天国に行きたいんだって、

 

 

そんな事を溢してしまうくらいに

 

 

固く閉ざされていた扉は

 

 

光を強く発しながら開いていた。

 

 

あぁ、漸く見つけた。

 

 

ゆ「うん、一緒に天国に行こうね」

 

 

嬉しそうに笑った彼女の本当の姿を。

 

 

夜を駆けた蝶は

 

 

虫籠に入れられていた蝶と

 

 

お互いを照らし合い、

 

 

いつの間にか重なり合っていた。

 

 

私の目から次から次へと流れ落ちる涙が

 

 

床に落ちず、彼女の手に包まれるのが

 

 

こんなにも幸せな事なんだと。

 

 

そして、彼女の目から落ちる雫を拭えることが

 

 

こんなにも胸をいっぱいにする事なんだと

 

 

彼女と出会い初めて知り、

 

 

彼女に初めて知ってもらえた。

 

 

な「これずっとあげようと思ってたんですけど

 

なんだか恥ずかしくて、あげれなくて」

 

 

頬を赤らませながら、

 

 

スーツの内ポケットから、

 

 

彼女は何かを取り出す。

 

 

どうぞって私の目の前で開かれたその手の上には

 

 

綺麗な蝶のネックレス。

 

 

血まみれだよって笑いながら、

 

 

受け取る私に、

 

 

そうだね、でも

 

 

「私たちらしいね」

 

 

って同時にそう言葉にした。

 

 

な「ゆうちゃん、、永遠に愛してます」

 

 

ゆ「うん、私も愛してるよ」

 

 

目を瞑る彼女の唇にそっと自分のそれを重ねる。

 

 

鮮血の匂いと、血の味。

 

 

それでも泣きたくなるくらいに温かい、

 

 

それは甘い私達のキス。