side N

 

 

彼女はまたあの暗い闇に引き摺り込まれていた。

 

 

恐怖心で震える彼女を見た瞬間、

 

 

今までには感じたことがない、

 

 

きっとこれからの人生で感じることもないような

 

 

それは激しい怒り。

 

 

手錠と足枷。

 

 

目の前には彼女の太ももに手を添える男性。

 

 

真っ暗に染まった彼女の羽に私は瞬間動けなくなる。

 

 

こんなときに限って発動する自分の臆病さに

 

 

眩暈がするほど嫌になって、

 

 

こんな時でも泣きたくなるほどに

 

 

ゆうちゃんに縋りたくなった。

 

 

ゆ「なぁちゃん、、助けて、、、」

 

 

まるで私がいるのを分かっていたかのように

 

 

消え入るような声で言った彼女の羽が

 

 

ほんの一瞬、

 

 

私でなければ到底、気づかなかったであろう

 

 

それは本当に刹那の瞬間、

 

 

彼女の羽が真っ黒から

 

 

眩しくなるような白に変わった。

 

 

あぁ、やっぱりこの人は。

 

 

暗闇の中でも絶対光を失わない人。

 

 

真っ黒に染まった私を白に染めるんじゃなく、

 

 

光で照らしてくれる人。

 

 

ゆ「なぁ!、、うぅ〜なぁちゃん」

 

 

それからの出来事は一瞬で、

 

 

私でさえももう何をしたのか何が起きたのか

 

 

正確に分からないけれど、

 

 

横たわっている無数の死体と

 

 

縋りつき泣く彼女を見ていると

 

 

そんなことはどうでも良くなった。

 

 

な「ごめんなさい、私がもっと注意してれば、、

 

こんな怖い思いさせることなんてなかったのに」

 

 

ゆ「ううん、ありがとう、、、」

 

 

彼女を苦しいくらいに抱きしめながら、

 

 

私は苦しくなるくらい

 

 

彼女の華奢な体の温かさを感じていた。

 

 

な「無事で本当に良かった、、」

 

 

そう安堵する私に後ろの茂木さんも

 

 

気の抜けたため息を吐く。

 

 

ゆ「なぁがいればもう何も怖くないよ

 

底なしの沼だって、宇宙の彼方だって

 

たとえ、、地獄だとしても」

 

 

ゆっくりと私の耳元で囁く彼女と

 

 

このままずっと抱き合っていたい気持ちは

 

 

山々なんだけど、

 

 

も「こりゃ随分大物を敵に回したね、なぁちゃん」

 

 

な「そうですね、、」

 

 

蹴りをつけなきゃ、

 

 

きっとこの悪夢は終わらなくて、、

 

 

だから私は愛おしい彼女と体を離すと、

 

 

真っ直ぐ向き合った。

 

 

まるで彼女の動きひとつも見逃さぬように

 

 

な「ゆうちゃん、、、

 

ここから先はすごく危険になります」

 

 

ゆ「うん」

 

 

な「もしかしたら私じゃ

 

手に負えない強靭な人がいるかもしれない」

 

 

ゆ「うん」

 

 

な「死ぬことだってあるんですよ」

 

 

ゆ「うん」

 

 

な「それでも一緒に来たいですか?」

 

 

答えは正直分かっていた。

 

 

彼女の性格上聞こえてくる返答は一つしかなかった。

 

 

でも確認したくなるのが人間というもので

 

 

もうこの先は引き返せないこと、

 

 

いくら足を洗っても染みついた汚れがとれることはないこと、

 

 

望んだ死を迎えられないかもしれないこと、

 

 

彼女に知っていて欲しかった。

 

 

ゆ「もちろん、行くよ

 

もし命尽きることがあったとしても、、、

 

なぁがいないなら私は死んだほうがマシだもん」

 

 

あぁ、この人を愛してる。

 

 

一生離せないな、と頭の中では分かっていたのに

 

 

それは彼女の言葉で一気に私の中に込み上げてきて、

 

 

もう一度、私たちの間に隙間がなくなるくらい

 

 

彼女を抱き寄せ、抱きしめた。

 

 

な「私もゆうちゃんがいないなら

 

この世に用はありません」

 

 

ゆっくりと体を離すと同時、

 

 

茂木さんの緊張感のない笑い声が私の背中を超え、耳に入る。

 

 

も「ふふっ、似たもの同士っちゅうのは

 

強く惹きつけあうもんだね、、

 

ねぇ、みおんちゃん」

 

 

無線の向こうのおんちゃんに問いかける彼女。

 

 

お{もうヘマしないでよ!

 

、、、あと帰ってくるんだよ、絶対}

 

 

も「もち、ここは私の墓場じゃねぇもんで」

 

 

お{うん、知ってる}

 

 

変わらないなと思う。

 

 

死なないでじゃなくて、

 

 

帰っておいで。

 

 

死なないよじゃなくて

 

 

帰ってくるよって。

 

 

そのやりとり。

 

 

茂木さんの緊張感のなさも

 

 

おんちゃんの信頼度も

 

 

出会ってからずっと変わってない。

 

 

その大きな背中におんちゃんは惹かれ、

 

 

彼女特有の包容力に茂木さんは堕ちた。

 

 

そう思わせる2人の関係は今でもずっと

 

 

私を支える、後ろからそっと。

 

 

な「じゃあ行きましょうか」

 

 

も「おう!」

 

 

そして彼女は言うんだ。

 

 

信じてるって、背中は任せろって

 

 

そういう意味で

 

 

『離すなよ、何があっても』