side Y
彼女の情熱に涙流した昨日の夜。
疲れた私は泥のように眠り、彼女の隣で目を覚ました。
愛おしいその顔を朝から存分に眺めることができて、
ご機嫌の中、私は鼻歌交じりにスーパーへと足を運んだ。
彼女の好きなもの、
二人で好きなもの、
ひとしきりかごの中に放り込んで、
私は足早に寮へと向かう。
ありがとうございます、って普通にそう言うかな?
それとも帰った瞬間優しく抱きしめてくれるのかな?
なんて考えただけで頬がとろけてしまうような妄想をしながら、
少しだけ薄暗い路地に差し掛かる。
ゆ「ちょっと暗いな、、、
不気味、早くなぁちゃんのとこに帰ろっ」
なんて、更に足を早めた時、
私は後ろから、口を抑えられ、
あたりは一瞬で暗闇へと落ちる。
真っ暗な視界、コショコショと小さな話し声。
動かない手足と背中に感じる冷たい温度。
私は一体誰に、どこへ連れて来られたのだろうか。
彼女に引き取られてから、
長らく感じていなかった恐怖心というものが
再び目を覚まし、
あの屋敷での記憶が、
頭をぐるぐると支配する。
いやだ、、、
いやだ、、、
連れ出して、、ここから、、、
”おぉ、今回は上玉だねぇ”
不快に耳に響く低い声。
”殺しちゃってもいいんでしょ?”
”せっかくなら、やっちゃいましょうよ”
下心を隠すことない周りの輩たちの足音が
一歩ずつ私に近づいてきたりなんかして、
なんていうか、言葉では到底表しようもない、
それは腹の底から感じるとてつもない不快感。
太ももに乗ったザラザラとした手が
震える私をなぞる。
正直、殴られるよりも苦痛なそれに、
私は悲鳴を抑えることが出来ない。
もう嫌だ、私はあそこから出たいの。
あの屋敷にずっと置いていかれたくないの。
真っ黒なくせして、暗闇の中でも見える彼女の背中が
恋しくて、触れたくて、
私の前に現れた光のくせに、鈍く光るその瞳が、
綺麗で、妖艶で。
やっとのことで手を握り、あの虫籠から彼女が引き上げてくれたというのに
いとも簡単に私はあの頃に戻ってしまう。
もう私を地獄にでも葬って。
ゆ「、、、、なぁ、助けて、、、」
な「ゆうちゃん、遅くなってごめんなさい」
それは私にとって優しすぎる響き。
私を触っていた気色の悪い手は、
ドンッという鈍い音で離れ、
彼女の温かい手が素早く私の縛りを解いて、
私の手をそっと包む。
な「ゆうちゃんは私が守りますよ」
一生。
どんなに暗闇に落ちようが
どんな海に溺れようが、
彼女はどうしたって変わることのない、
暗闇の中をさまよう私の手を引く
夜の蝶々なのだった。