西遊記でお馴染みの「三蔵法師」は実在の人物ですね!?苦労に苦労を重ね、天竺から経典を持ち帰った彼のおしえをご存知でしょうか?
「今を生きる」が、それだと高崎大覚寺の住職は教えてくださいました。
「今を生きる」とは、今の自分に出来る精一杯を、全力でやる事!全力で生きる事!だと言います。出来ない事は仕方ないが、出来るのにやらないのは罪だと…そして、少し前に中国で体験した話をしてくれました。
住職達が街を歩いていると、道端にうずくまるように座っている男性がいました。見るとその男性は、手足も頭も顔も焼けただれ、それは悲惨な姿でした。いったいどうしたのかと問い掛ける住職に男性は言いました。「勤めていた工場の爆発事故で、私はこのような姿になってしまいました。その為、私はここで物乞いをしています。私には家族がいます。こういう体になった私に、今出来る事はこれなのです。この体で家族の為に出来る精一杯をしたいと、私はこうして座り頭を下げ続けています。」
そんな体を引きづりながら、生きる為家族を生かす為に彼は仕事をしてると思い、住職は心を動かされたそうです。
我々は、仕事も出来る体を授かり、この男性より恵まれた環境にある…「そんな中、みっこちゃんは出来る事を精一杯、全力でやってるかい?今を生きてるかい?」と住職に問われ、私は答えることが出来ませんでした。
「今を生きる」当たり前の事のようで、実は難しい事である気がします。
それでも私は、今の私でいられる事に感謝して…
「今を生きる」ことを頑張ってみます。
いつか…この身もそちらへ参ります。それまで「今を生きる」私を見守っていて下さい。
「今を生きる」が、それだと高崎大覚寺の住職は教えてくださいました。
「今を生きる」とは、今の自分に出来る精一杯を、全力でやる事!全力で生きる事!だと言います。出来ない事は仕方ないが、出来るのにやらないのは罪だと…そして、少し前に中国で体験した話をしてくれました。
住職達が街を歩いていると、道端にうずくまるように座っている男性がいました。見るとその男性は、手足も頭も顔も焼けただれ、それは悲惨な姿でした。いったいどうしたのかと問い掛ける住職に男性は言いました。「勤めていた工場の爆発事故で、私はこのような姿になってしまいました。その為、私はここで物乞いをしています。私には家族がいます。こういう体になった私に、今出来る事はこれなのです。この体で家族の為に出来る精一杯をしたいと、私はこうして座り頭を下げ続けています。」
そんな体を引きづりながら、生きる為家族を生かす為に彼は仕事をしてると思い、住職は心を動かされたそうです。
我々は、仕事も出来る体を授かり、この男性より恵まれた環境にある…「そんな中、みっこちゃんは出来る事を精一杯、全力でやってるかい?今を生きてるかい?」と住職に問われ、私は答えることが出来ませんでした。
「今を生きる」当たり前の事のようで、実は難しい事である気がします。
それでも私は、今の私でいられる事に感謝して…
「今を生きる」ことを頑張ってみます。
いつか…この身もそちらへ参ります。それまで「今を生きる」私を見守っていて下さい。