ちょっぴり特別にしたい、10回目の投稿は言葉のシェアに致しますクローバー

タイトルにも掲げています言葉、みなさんも一度は耳にしたことがあるかもしれません。
私が大好きな、大切にしている言葉です。



神は耐えられない試練を人には与えない」


この言葉と出会った瞬間、
自分の存在の意味を諭されたような
そんな気持ちになりました。



試練は、あなた自身の力になりゆくもの。
神様があなたを信じて与えられた。
だからこそ、耐えて、乗り越えなければならない。
それが試練。

もしあなたが耐えられないのなら、神様は試練を与えないだろう。
諦めることは自由。放棄するのも自由。
でも神様はあなたが耐えられることを与える前から知っている。
無理だ、できない、そう否定的に捉えてしまうのは実に勿体無い。
これは神様から与えられた「試練」なのだ。
まずは試みる、練ってみる、そこから初めたい。
何も初めからできるなら神様は試練なんて与えない。
容易でないからこそ、試練なのだ。

可能性は無限にあること。
それを広げてくれる第一歩が試練。

と。

私はこんな風にこの言葉を大切に想っています。
自分に言い聞かせるように。
自分が存在する意味を確認するかのように。


最近、悩んでいたこと。
何事も真面目に捉えすぎて、柔軟が全く効かない私は昔からいつも遠回りをしてばかりで…本当に無駄な時間ばかり過ごしているのではないかと。
私にとって真面目という言葉は、抜け出せない苦しい言葉になっていきました。
これはもう変えられないもの、これが自分なのだと思っていました。

そう、これこそが試練。
これは自分。ではなくて、自分をさらに磨くための試練。
神様から私自身を変えるチャンスのために与えられたもの。
耐えられるから、通らなければならない遠回り。
いつかできるようになるから、終わりなく続いていく自分との戦い。
そう捉えることで、自分の可能性を広げてあげられたのではないかと思います。

今では一皮剥けたような感覚に。
変われた自分が今はここにいます。

言葉の力とは、人類だけが持っている素敵な力であり、素晴らしいものです。


神様からあなただけに贈られた特別なギフト。

神様は耐えられない試練をあなたには与えません虹




最後まで読んで頂き、ありがとうございました☺︎

それでは…また✴︎


おはようございます☀

先日
久々に電車に乗って、友人に会いに行きました。

出会って7年目。
にして
初めてゆっくり会うことに。

画面越しでしか見れなかった彼女の姿は私が知っている彼女ではなくどこか別人のような感じがしました。少し寂しくもあり、どんどん世界を広げていく彼女に憧れるようになりました。
そして、久々に会った彼女の姿はさらに輝きを増していて。でも、私の大好きな彼女のままで。

可愛い。本当に可愛い。
彼女から溢れる可愛さや魅力というものは、彼女自身が掴み得た自信や強さ、そして幸せから生まれてきているのだと。私は思いました。
目の前に居るだけで、溢れんばかりの幸せをもらいっぱなしに。
あぁ好きだなぁなんて何度も何度も思いました。笑

度重なる偶然がこうして私達を引き合わせてくれたこと、きっとこの出会いには大きな意味があるのだろう…。
会う前からそんな予感がしていたんです。
彼女に今、会いたいと。

意味のない出会いなんてないと私は思っています。
出会いは必ず導いてくれる何かがあるんです。

今回の出会いは予感通り、色んなヒントや答えが見つかっていきました。



「使わない武器など、無いのも同じ」

そう、彼女が私に言葉をくれました。
固まった心に氷の槍が深く突き刺さったように…
それほど心に強く響きました。

武器ばかりを並べて眺めて。
どこかへ踏み出すきっかけも求めずに。
私の好きなこと。
それは武器でもあり、宝物でもあるもの。
私はそれを持つことで安心していた気がします。
それらを魅せて前に進んでいく勇気は持ち合わせていなかったと思います。
それはある意味、前に進むことから逃げてしまっていたのかもしれません。
好きなことを見失っていたかもしれません。

自分の弱さを彼女が気づかせてくれました。
それはきっと私にないものを彼女が持っているからです。

自己肯定感。
彼女はいつもその素晴らしさを私に教えてくれています。
きっと誰もが彼女の自己肯定感の高さに憧れを抱くと思います。そして、魅力を感じると思います。
自己肯定感は持てるようで、持ちたいと思う者にとっては難しいものなのです。

彼女は自身が飛び立つための羽をもう持っています。
あとは飛び立つ瞬間(とき)を待つのみです。
その待つ間で…
私が彼女に出会い、言葉に出会い、道標が見えました。

本当にありがとう。


最後まで読んで頂き、ありがとうございました☺︎

それでは…また✴︎


6月に入り、夜は少しずつ涼しくなり、梅雨の季節を迎えようとしていますあじさい雨

コロナウイルスの感染者数も徐々に減っていき、少しずつ日常を取り戻していけるかと思います。
ただ!まだコロナが終息したわけではないので…常に意識して生活をしていかなければなりませんアセアセ


ひとりがみんなのために、みんながひとりのために。


頑張っていきましょう流れ星




ONE FOR ALL  ALL FOR ONE…


1人の死が世界に大いなる変化を与えました。

世界中の人々がその死を無意味にせず、力に変えていっています。

たくさんの方々の感情や想いがニュースやSNSを通して発信され、伝えられています。

色々な考え方や捉え方があります。

何が正しく何が間違ってるのか…そこは重要ではなく。


息ができないと訴えていた瞬間の写真。

それを見て何を思ったのか。感じたのか。

そこが最も重要なことなんだと考えています。



私はただ苦しく、悲しい気持ちになりました。

怒りではなく痛みが心に残りました。

人種差別をなくそうという言葉を聞きますが、

そもそも人として、というのが前提にあるのではないかと考えています。

ひとり対ひとりの人間として、向き合い、思い合うのが大切なのではないかと思うのです。

それは普通、一般的という言葉で括れません。


自分と相手がいて。

地球に存在する同じ人間という生き物であり、

肌の色・使う言語・生活や文化の違いなどを

尊重し、共有し、学び、分かち合う。

誰がどう、とか他はこう、といって決して比べられるものではない……そう思うのです。



ある経験が私をより深くそう思わさせてくれました。


私はホームステイ先がジャマイカ出身の方でした。

それが初めての海外生活で、初めて人種の違いに触れた瞬間でした。


人種差別はしてはいけない。当時の私は頑なにそればかり考えていました。

心のどこかで固くなって、硬って、恐れていました。


というのは束の間で。


“Welcome‼︎”


初めの一声で一瞬にして心の壁が取っ払われました。


どうしてそう思おうか。

なぜそんな考えばかりにとりつかれていたのか。


温かい笑顔で迎えてくれたホストファミリー。

それから過ごしていくうちに私のホストファミリーだったからこそ、考えること、思うこと、感じること。

たくさんたくさん学びました。

すれ違いから、ケンカもしました。

本当に本当に怖かったです。

でもそれはホストマザーに怒られた。ただそれだけ。


肌の色が違うから暴力的だとか怖ろしいとか。

そんなことは断じてありません。


きちんと仲直りができた後はもっと絆が深まっていきました。

私とホストマザー。私とホストファミリー。

人種差別をしてはいけないではなく、

その考えが過ぎることもありませんでした。


1人の人間ともう1人の人間の上で成り立つもの。

そこで何を思い、何を感じるのか。

それを大切にしたいと思うようになりました。


私は経験を通して、本当の意味での人種の違いというのを実感できたと思っています。

想像以上の経験ができた留学でした。

だからこそ、小さな力ではありますがSNSでシェアやタグ付けポストなどを進んでやりたいと思いました。


何も知らない、分からないから何もしない。

のではなく

知ろうと思うこと。興味を持つこと。


それぞれが、それぞれの場所で、来たる日まで頑張り続けること。


ふと、目を向けた先には

今までよく見えていなかった、たくさんの素晴らしいものが溢れているということにことに気づける幸せを…


今自分の周りで起こっていることに対して感じることを大事に日々を過ごしていきたいです🍀



最後まで読んで頂き、ありがとうございました☺︎

それでは…また✴︎







1日1日大切に過ごそうと思いつつも、あっという間に過ぎ去っていく毎日DASH!

毎日を精一杯生きるって意外と簡単なようで難しいあせるあせる

今日という日も大切に過ごすことができたのかなぁ…



生きる意味ってなんだろう。

死ぬってどういうことなんだろう。


中学生の時、そんな風に生死について深く考えた時期がありました。

将来のビジョンが真っ白だった私にとって、未来がとても恐ろしいものだと捉えてしまっていました。


そして先日

「大切な生き物を亡くしてしまった時、死を受け入れ乗り越えるためにあなたは何をするか」

というような問いかけを考える機会がありました。


お星様になっていったのよ。

と言われて、あーそうなんだ!で済ましてしまえるような年齢ではないので…。


死という言葉に素直に向き合いました。


生死は背中合わせに存在しています。

1秒先のことなんて誰にも分かりません。

いつこの世を去るのかなんて、もちろん誰にも分かりません。

死というものはこの世に生まれた時に定められた決して逃れられない運命なのです。

その死に対してはどんなに裕福な人も、どんなに賢い人も、どんなに有名な人も逆らうことはできないのです。


死を受け止めること。

悲しく辛いことかもしれません。

受け止められないかもしれません。

ですが私は、死を受け止めることで死を迎えた人の生きていた証を認めることになるのではなると考えています。


そして、その死を乗り越えるために何をするか。

未来を考えないことです。

例えば、早くに別れがきてしまったとして、もっと長く生きられれば…そう思うことはしなくても良いんです。

この世に存在して、一緒に人生を歩んだ。

その時間こそが未来であり、夢であり、希望なのです。


その死を糧にして、精一杯生きること。

死を受け入れ、乗り越え、私にできることです。



人間が皆、平等に持っているもの、

それは時間です。

誰も進められないし、戻せません。


時間=死

とも言えるかもしれません。

誰も未来のことはわからないし、死から生に戻ることはできません。


止まることを知らない時間の中で、自分がどう生死と向き合っていくか。

朝目が覚めて、1日を過ごし、夜また眠りにつく。

日々、何かを感じ、思い、考える。

死を恐れるのではなく、死を待たせる気持ちで生きることの幸せを実感します。


生きていくことの意味とは、この世に生まれたという奇跡、生きている奇跡、そんな新しい奇跡をつくりだしていくことだと思っています。


それぞれが思う生や死が持つ本当のメッセージを信じて、前に進むことが今日もあなたの幸せに繋がっていくことでしょう。



最後まで読んで頂き、ありがとうございました☺︎

それでは…また✴︎












気づけば季節も移り変わり、春が香る今日この頃。
日本の四季の美しい始まりを心待ちにする…一方で。

コロナウイルス。
メディアで繰り返される報道…辛い現実です。

さて
どう乗り越える?!
「アルコール消毒、手洗い、うがい」
たくさん予防法などはあると思いますが、私はこれに限るかと思いますルンルン

先日整体師さんに教えて頂いて気づいたことをシェアしますお願いキラキラ
みなさんはどのタイミングで消毒を行いますか?
手を洗ってからアルコール消毒をする方が多いかと思います。私も以前はそうしていました。

でも実は逆の方が効果があるんです!
アルコール消毒右矢印手洗いがOKうずまき

なぜアルコール消毒を先に行うのか??
よくよく考えてみるとアルコール消毒を使う理由は菌を除くため(除菌)だと思います。
もしも手を洗って菌を洗い流した後にアルコール消毒を行うとまた除いた菌を手につけてしまうままに…。
アルコール消毒を先に行うことで、除かれた菌をきちんと洗い流すことができます!
という理由から先にアルコール消毒を行うことを推奨します上差しキラキラ
またうがいはうがい薬を使ってより効果的に!

なるほど目
と思って頂けた方、是非取り入れてみて下さい音符


前回の投稿から何ヶ月も経ってしまっており…時の流れ早し…。
またぼちぼちのんびり綴っていきたいと思い直した今日でした。
コロナに負けないように!免疫力をしっかり高めて過ごしていきたいと思います!!


最後まで読んで頂き、ありがとうございました☺︎

それでは…また✴︎