あなたの傍で…

 


 キョーコは仕事場での休憩中、点滅するスマホの着信履歴を見付けてしまった。いつもなら電源も落とすのに、サイレンサーにしていたのだ。それも社からの電話。キョーコの仕事は知っている筈のマネージャーが、急ぎの電話を入れてくる事に、イヤな予感を感じて折り返しの電話をしてみた。

 

「敦賀さんが!?」
 キョーコは思わず声を出してしまった。
『ゴメン。その様子だと、内容はメールで送るから』
 「何故?」と思う間もなく切れた電話。届いたメールに、その意味が分かった。

 

 蓮が仕事場の外通路に積み上げられた沢山の段ボールが崩れ、下敷きになったというものだった。また声を上げてはいけないと言う為の、落ち着いて読んで欲しい為のメールだった。
 段ボールは半分が中身も詰まっていなかった為に軽く、運良く命には別状がないものの、目がはっきりとは見えないらしいということだった。それだけのケガともなれば、大物俳優の蓮にとっては根も葉もない噂もでるからと、出来る範囲で内密にしたい。ケガの部分についてはメールにしたようだ。

 

『仕事中、親の死に目にも会えると思うな』
 ずっと前に蓮にも言われた事だ。
 厳しいと思える言葉は、それだけ仕事の穴を開ければ次があると思うなという、蓮なりの芸能界の厳しい教えだ。

 

 先ずキョーコは、目の前の仕事をこなして…蓮への心配を隠し、その日の仕事を終わらせた。
 仕事が終われば、キョーコは挨拶もそこそこに現場を飛び出して蓮の元へ向かった。

 

「あら京子さん、どうしたの? いつもなら丁寧に挨拶して回るのに」
 キョーコを知る仲間なら、仕事終わりも丁寧な筈が飛び出していく姿に驚いていた。
「知り合いがケガしたって、さっき顔色が真っ青だった。大ケガではなかったみたいだけど、あの顔色じゃあ大切な人なんじゃないのか?」
「えっ? 恋人とか?」
「いても不思議じゃないけどね。磨かれてキレイになってきたし」
「近くの異性っていったら、今は敦賀先輩ぐらいかしら?」

 

 まさかね…と思いながら噂される事はあった。キョーコは芸能人としての成長と共に、天然な部分と少女から大人の女性としての華も開きながら…美しさも増していったが当人は未だに気付かない。

 

 仕事場から駆け出せば、キョーコは心配を隠す事なく社に連絡を取り、蓮の元へと急いだ。タクシーの中でも落ち着かない手は震えていた。息せき切って駆け付けたキョーコに、LME専属の病院の廊下で社は嬉しいと同時に複雑な笑顔を見せた。

 

「社さん…敦賀さんは…」
「身体は大丈夫…と、言っていいのかな…」
「あの…」
「うん、さっきのメール通りで、はっきり見えてないらしいんだ…」

 

 社の言葉にキョーコは言葉を失った。こんな時は、不安要素しか頭に浮かばなくて真っ青になってしまった。

 

「ただ医者が言うには、CT、MRIもやってもらったけど、全く見えない訳じゃないなら一過性の…ショックのような可能性も大きいってことらしい」
「一過性? 一時的…ですか? またちゃんと見えるようになるんですか? 明日ですか? それとももっと?」
 キョーコの心配が逸る気持ちで社に矢継ぎ早に言葉にした。
「う~~ん、それが曖昧でね。頭や首に近い処を強く打ったことで、神経がショックを受けている状態、血が微量出て目の奥…水晶体とか奥の方だね、濁らせてる可能性もあるらしい」
「検査しても分からないのですか?」
 今の検査器具は高度に出来ている。血管から骨のヒビから、細かく見える筈なのに?
 キョーコが不安故に焦れったそうに…彼女にしては珍しく社ににじり寄った。
「それが…『眼球の裏などの神経は細かくて映りにくい』って俺も言われたよ。出血もほんの数ミリでは分かりにくくて、でも上手くすれば数日で身体に吸収されるらしい」
「身体に…吸収? ホントですか? そうすると見えるように?」
 そうであって欲しい願いも込めて、キョーコの声は大きくなりそうだった。
「キョーコちゃん、落ち着いて」
「あ、すみません…」
 つい大きくなる元は、蓮への心配だ。
「うん。わかってる。医師に寄れば、そこら辺が人間の身体の不思議らしいけど、自分の身体のモノだからね。出血なら自分の身体に戻るらしい。まだ角材みたいに鋭い物じゃ無くてよかったけど、段ボールでも角が当たるとね…」
 2人の溜息が重なり、キョーコは涙が滲んでいた。

 

「そうなんですか…。そうですよね。社さんの方が心配ですよね」
「いやいや、キョーコちゃんも仕事終わらせて走って来たんだもんね。心配だよね。蓮も嬉しがるよ」
 社からの電話は、余程の事でしか仕事中にかかってくる事はなく、伝えるだけならメールですむ。それが電話となれば、その分キョーコには何があったのか怖かったせいで、自分を抱き締めて震えていた。
 そして社は小さな声で「恋人のケガだもんね。心配だよね」と囁いた。

 

「や、社さん!!///」
 誰にも聞かれないように小さく囁かれた言葉に、キョーコは顔を染めた。
「蓮から報告はもらってるよ。アメリカから帰ってきて、付き合い始めたって。順調だと思ったけどアクシデントだね。今のアイツなら気力でキョーコちゃんの顔が見たいって治しそうだけど、無理は禁物だからね」
「…そうですね。出来そうな仕事なら、やってしまいそうですね、敦賀さんなら…」
 蓮の性格を知る2人だけに、どうにも心配になる。
 それでなくても蓮はスケジュール帳が黒いほどに詰まっている。だが流石に今日の仕事だけは社も全てストップした。そして扉の向こうの病室に蓮がひとりで横になっていた。

 

 

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 コンコン…。キョーコが蓮の病室をノックした。社はそっと廊下で待った。流石に恋人達のお邪魔虫にはなるつもりはない。
「敦賀さん。キョーコです。あの…お加減はいかがですか?」
「最上さん? キョーコ? 来てくれたの?」
 ベッドの上で上体を起こし、いつもと変わらぬ笑顔が…キョーコの方を向いたつもりでも、少しズレた場所を見ていることで目の状態が分かった。
「だって、心配ですから…。社さんから連絡を貰って…。気持ち悪いとか、痛いところとかは無いですか?」
「若干身体は打ったけど、段ボールだったからまだマシだったね。
俺は背が高いからか、頭や首に近いとこに幾つか当たったんだ」
「今は痛くないんですか?」
 心配の目でキョーコが蓮の手が届く場所まで近付いた。
「少し痛みはあるけど大丈夫。ただ目が…明るさは分かるけど人の顔までは分からない。ぼやけてる。これでは仕事にならないな…。それにキョーコの顔が見えないのもイヤだね」
「な、何を言ってるんですか!」
 腕を伸ばして手繰り寄せた恋人の頬が、ほんのり染まっているのが見えなくても、その温もりに唇を重ねた。
「やっぱりキョーコの唇が一番気持ちいい」
「今はそんな事を…」
 言葉にすればキョーコの声が震えているのが蓮にもわかる。
「明日の仕事…出来ないだろうか?」
「…もう…やっぱり……」
 キョーコが心配の声で呟いた。
「何が?」
 わかっているのにキョーコは溜息を吐いた。
「その状態でも、お仕事をするつもりだったんですね?」
「出来ればね…。身体は動くんだから、アクションシーンは無理でも何かやれるだろ? それに…」
「それに?」
「俺に降ってきた段ボールに責任を感じて、さっきひたすら謝りに来た男性がいたんだ。彼のせいだけでも無い筈なのに…」
「……敦賀さん、その男性が責任を感じることは無いようにしたいのですか?」
 キョーコは多分外れてはいないだろうことを口にした。
「どうしてそう思う?」

 

「今まで敦賀さんの背中を、ずっと追い掛けてきた後輩ですよ? 一生懸命な人には、敦賀さんは優しいです。多少失敗しても『次に頑張ればいい』というのが、敦賀さんらしい気がします。違いますか?」

 

 キョーコの言葉に蓮は苦笑した。
「……よく見てる後輩だね…」
「でも…それよりも……、まずご自分の身体を大切にして下さい! お医者様が…一時的だとおっしゃっても、身体の奥の事はわからないじゃないですか!? 無理をしたら…治るものも治らないかもしれないのに…、無茶をしないで…下さい……」
 目が見えない蓮にも、キョーコが泣きながら言葉にする声は震え、心配してくれているのが伝わってくる。それに腕も震えていた。
「…ゴメン。ゴメンね…。君に心配をかけるつもりはなかったけど」

 蓮がもう一度キョーコへと伸ばした腕で身体を抱き締め、愛しい気持ちを伝えてくる。キョーコも心配する気持ちで抱き締めた。

 

「わかってます…。でも本当に…敦賀さんを心配する人がいっぱいいます。だから無茶はしないで下さい!」
「これぐらいは無茶じゃない」
「周りから見たら無茶なんです! 忙しすぎる敦賀さんだから、こういう時ぐらい身体を休めて下さい!」
 キョーコは蓮を心配して大きな声を出した。
「でも、明日のCMは撮影したいんだ…」
「明日のCM? どうしてですか?」
 キョーコがここまで言っても聞かない蓮に、ただの我が儘とも思えなくなった。

 

「俺も好きな監督さんでね、いい絵を撮る人なんだ…」
「監督さんが? でも少し予定をずらせて貰えないんですか?」
「それがね…明日の予定をこなして仕上げたら、暫く海外に撮影に行ってしまうらしいんだ…。明日のは、今回のCMシリーズの最後という事で、残念だけど暫くお会い出来ないからね」
「そこまで…でも、でも無理をしたら敦賀さんの目だって、もし悪くなったら…」
 蓮を心配するきょーこは、「もしも…」を考えてずっと震えていた。
「その時はその時だ。それだけの俺の器だってことだよ」
 キョーコよりも遠くを見つめる蓮に、何処までも遠くに行ってしまう人だと、溜息を吐きながら…その背中を追い続ける自分に苦笑
した。

 

 

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 何処までも前を向いて、そしてその力を発揮して、アメリカでの大きな成功も果たして、また私の横に帰ってきてくれた人。

 

 

『最上さん。いや、キョーコ。帰ってきたら正式にプロポーズするから、待ってて欲しい。君と共にいる幸せが欲しいから、共に生きていく時間が俺にとっての最高の人生だってわかったから、キョーコとのこれからの時間を…俺の為にキープしておいて欲しい』

 

 出立前のロビーでの告白に、私は信じられないのに涙だけが流れて、心は歓びを感じているのに驚きすぎて言葉にならなかった。
 それでもそっと近付き…互いの指を絡めながら、蓮はキョーコの額にそっとキスを落とした。
 そしてアメリカでの成功の証は、2人の薬指に煌めくリング。
 共に歩く為にやり遂げた夢の一つを、蓮はリングの形でキョーコにも渡して、プロポーズから交際を始めた。勿論いつも付けていられる訳ではないが、ネックレスに通したり、デートの時だけ二つのリングを重ねたりした。 

 

 

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「どうしても…明日のその仕事だけは譲れないんですか?」
 蓮にしては我が儘にも聞こえるやりたい仕事だと、キョーコにも蓮の声でその気持ちが伝わってきた。
「やりたい。確か俺のスケジュールとしても明日しかない筈なんだ。この目だと数日のスケジュールはわからないけどね…」

 

 頭を打ったとなれば、直ぐにはわからないとしても何か後遺症が出るかも知れない。検査は十分にしたとしても、目の神経、そこに通じる何処かに負荷が掛かるようでは、包帯を巻いて2,3日は安静にした方がいいと、素人判断でも思うことだ。人の身体は繊細且つ予想出来ない…一つのパーツとして人間には作り出せない芸術品でもある。
 それでも……

 

「わかりました。その代わり、その撮影には私も付き添わせて頂きます」
「キョーコが?」
「出来る範囲でですが、敦賀さんの目の変わりをさせて下さい」
「でも、それだと君の仕事は?」
 瞳にキョーコを映さなくとも、先輩の顔になってキョーコを見た。「重なっていたら、私1人の時間でお願いが出来るようでしたら、ずらして貰います」
「無理だったら?」溜息を吐きながらも、蓮もキョーコの話し方で譲らないだろうとわかって聞いた。
「少しだけ仮病をさせて頂きます。目の前の無謀な行動をする方よりはマシかと思いますが?」

 

 蓮は苦笑して、キョーコに負けたと両手を挙げた。
「君には負けるよ」
「敦賀さんに言われたくはありません!」
「わかった。でも君に仮病を使わせる訳にはいかないから、俺も無理はしない方がいいなら、君の空いた時間にスライドさせての仕事にしてもらえないか頼んでみよう」
「出来るんですか?」
「俺の明日の仕事をその1本だけにしてもらう。ケガで無理が出来ないと理由にしてね。俺の我が儘を通させて貰って、その監督も明日1日で俺が最後という話だったから、少しなら時間の融通がきくはずだ。確か15時だったはずだから、どうかな? キョーコがノーミスで来れたらどうだろう?」

 

 キョーコは自分のスケジュール表を見て、蓮の仕事の時間を社に確認してみた。翌日のキョーコの仕事は、予定通りなら4時近くで終わりになっていた。
「1時間だけずらせて貰えるように、社さん…頼んでもらえますか?」
「どうしたのキョーコちゃん?」
「我が儘ですみませんが、明日の敦賀さんの撮影に同行させて下さい」
 社はいつものキョーコと違う、お願いではなく強い意志を持つ目に押された。
「キョーコちゃんのスケジュールは?」
「PM16時、夕方4時までの仕事です。明日の敦賀さんの仕事を、15時からのCMのお仕事を、監督さんに16時からにしていただけないかお願いして頂けませんか? 敦賀さんがどうしてもその監督さんとのお仕事を、日本での最後のお仕事だそうです。明日はケガを理由にこの1本に絞ってお仕事をしたいと…。このアクシデントを理由に…出来ませんか?」
「…ふ~ん。アイツが仕事で我が儘ね。わかった。連絡取ってくるよ。ついでにキョーコちゃんの仕事も、時間の念押ししておくね」
 病院内では携帯も掛け辛いと、社は病院の外に出て行った。

 

 

 

 翌日の撮影時刻、長針が上を指し示し、短針が4時までもう少しの時間に監督が現れた。

 

「監督、お邪魔しております」
 監督がスタジオに入ると、一見部外者のキョーコが挨拶した。
 キョーコが綺麗なお辞儀を見せたが、直ぐに蓮を見つめるものにふっと笑みを浮かべた。蓮は衣装に着替えて目を閉じていた。男性用の軽いメイクをされるが、今の蓮には監督が到着した事は目を開けてもわからない。それが周りにはバレないように、極力目を閉じていた。それでも聞き慣れたキョーコの挨拶で、監督が来てくれた事は伝わった。

 

 監督はキョーコの立ち姿、そして内から光る女優としての自信を眩しい程に感じた。
「君は…京子さんだね。何故此処に?」
 少し考えてみれば、今日の仕事は彼女の先輩だ。用があって着いて来たと言えばそれも筋が通る。
「ご存じ頂けて光栄です」
 再びお辞儀をすると、監督の目を真っ直ぐに見た。
「知っているよ。活躍めざましい女優の1人だ」
「ありがとうございます」
「で、どうしてだ?」
 初対面という事も合わせて、キョーコの堅めの挨拶でお茶を濁そうとしたが、簡単にはさせて貰えないのが監督だろう。
「少しばかり我が儘な先輩のお手伝いに参りました。よろしくお願いします」

「我が儘? 敦賀君は昨日のアクシデントでケガでもしたのか? 無理を押してこの仕事で悪化するようなら中止にするが?」

 

 流石に蓮にトラブルがあったのは、翌日に仕事を控えていた監督には情報が入っていた。
「少しだけ…視野がぼやけています。人の顔が判別できないレベルです」
「では、今日の撮影は…」
「いえ、私が敦賀さんの目になりますので、お願いできませんか?」
「……君が? それが彼の我が儘か?」
「監督の撮られる絵が好きで、このCMのシリーズのラストを、絶対やりたいと…」 
「彼が?」
 監督は少しだけ笑みを浮かべた。嬉しい言葉ではあるが、蓮のケガもある。
「敦賀さんにとっては…仕事のえり好みは珍しいです。頂いた仕事はやりきる人ですが、自分が好きな監督だから…だから無理をしてもやりたいというのは、初めて訊きました」
「君が眼になるというのは?」
「それは私の我が儘です」
「君の?」
「無理をして…私の目標である目の前を走る姿から、消えたりして欲しくないと、お節介をしにお手伝いに参りました」
「どんな風にだい?」
 監督はキョーコとの言葉の遣り取りに、不思議と微笑ましい2人の関係を感じた。ただの先輩後輩ではない、かと言って頼り切るような甘い関係でもないプロの本気。
 監督は、キョーコの伸びた背筋や僅かな緊張の顔に、自分が敦賀蓮の為には苦労は厭わない存在であると、堂々とした風格さえ感じさせる…強くありながらも瞳の奥には蓮を心配する揺らぎがあった。
「カメラの方向、角度、動く距離などを伝える黒子です」
 キョーコには蓮の骨格から、歩幅、腕の長さも頭に入っている。それをフルに使えば蓮の動きは滑らかになり、まさか視野が不自由には見えないはずだ。フレームインするのは蓮だけなら、顔の向きなどで相手に合わせる心配はない。それにキョーコの指示を、蓮の頭の良さなら全て覚えて動けるはずだ。ピンマイクも必要のない…阿吽の呼吸で撮影が出来る。

 

 監督は、黒子をやるという真っ直ぐな眼のキョーコの強さに惹かれた。ただの女優ではない芯の強さを感じさせた。
 若手とは言え女優の端くれ。顔も見えない黒子を好き好んでやる女優は、支えたいものが無ければ出来はしない。
「………」
 監督は今日のプロットを手に取り確認すると、最後のシーンで手が止まった。
「京子さん。ラスト数秒のワンシーンだけ、京子さんにも黒子で出てくれないか?」
「えっ?」
 黒子とは、本来顔から全てを隠して動く裏方の事だ。それを黒子で出るとはどういう事かと、キョーコは驚いた。
 自分はタダの手伝いで、蓮のCMなのに…。
「逆光だから顔も何も見えない。でも君のシルエットは全身が映る。ただし…君は何も身に纏わない姿だが…出来るか?」
「…身に纏わない…と…///」言葉にしながら真っ赤になるキョーコは、何故そんな展開になるかと頭の中はパニック状態になった。
 蓮が監督に近付いてきていた為、その会話は蓮にも聞こえていた。

 

「監督! それは!」
「しかし、敦賀君が君にそっとシーツを掛けるまでの一瞬だけだ。勿論誰なのかは秘密としておく。君がオープンにしていい時にすればいい。そして男のスタッフは外に出て行かせる。最後のそのシーンは私がカメラを握って最高に美しいシーンに仕上げて見せよう。どうかな? 敦賀君」
「あ…はぁ…。…俺はわかりましたが…君は?」
 蓮が呆れた溜息と苦笑しながら、監督の方を見た。
「君ほどの男も…骨抜きか?」
 監督も楽しそうで何処か嬉しそうな笑みが、蓮には目で見えなくとも声の響きで感じられた。

 

 そしてキョーコには僅かな不安はあるモノの、蓮が傍にいる事や、男性スタッフはいない事など、どうにか気持ちを落ち着かせた。
 そして「はい」とだけ答えた。
 カメラは蓮の尊敬する監督であり、そんな人物になら任せられると、先ずはメインの蓮の撮影に黒子として的確な細かい指示を出す事で、撮影は順調に進んでいった。
 そしてラストではスタジオのカーテンを払えば夕焼けが鮮やかだった。

 

「よし、調度いいな。いい夕焼けに美しいシルエットだ。男のスタッフは全員退室! そっち、用意してくれ」
 監督はわざと名前を呼ばずにキョーコに用意するように言った。
 そこに女性スタッフが袋を抱えて走り込んできた。
「監督!間に合いましたでしょうか!?」
「間に合ったな。ありがとう」
 女性は柔らかな服を袋から出してキョーコに渡してへたり込んだ。
「彼女をステキに撮って上げて下さいよ、監督。ぴったりのステキなのを探してきたんですから、時間が無くて流石に疲れました」
 女性スタッフは、監督の伝えたイメージに合う衣装を、大急ぎで探してきたのだ。

 

「こちらに着替えてきてくれ。そして風に吹かれるように脱ぎ去られる処を、敦賀君のシーツが君を包む。心ごと、身体ごとだ…」
「心ごと、身体ごと…?」
「言葉のない、ラブシーンだな。…君を逃がさないぞ…という…」
 スタッフの女性が持ってきた服は、薄い透けるようなナイトウェアだった。光にかざせばキョーコのシルエットがくっきりと見えてしまう生地だ。

 

 恥ずかしいという思いと、蓮が憧れる監督ならどんな絵が…?
 キョーコは監督と、蓮を信じようと思った。
 蓮は目は見えなくとも、キョーコならその存在を感じ取ってくれると。その蓮の尊敬する監督なら、蓮とキョーコを裏切る事はないと…。
 かろうじて服の形のある透明なガウンのようだが、キョーコには恥ずかしさよりも…蓮に身も心も包まれるシーンを感じられる事が幸せに感じた。

 

 蓮にはその全てをさらけ出した事はある。
 しかしそれよりも、この美しい夕焼けのシルエットの中を、蓮に心と身体と…それ以外には何も無い自分を抱き締めて貰える優しさは、キョーコには2人だけで感じる愛に思えた。

 

 

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 そしてカメラは回り始めた。

 

 何も身に纏わぬような薄い生地が、キョーコの身から離されていくのを手が追い掛けた。

 

『待って……』

 

 その後ろから、ふわりと蓮がシーツを掛けてキョーコを包み込んだ。キョーコはその手に自分の手を重ねた。
 そして自分を包み込む温もりに身体ごと身を寄せた。
 僅かに夕日に見えるキョーコの笑みは、愛しい人への安らぎ…。

 

 

 

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 監督の「カット!」という声が響き、

 

「今のキョーコがどれだけ綺麗か、ぼんやりとしか見えないのが残念だよ」
「あの…ですね、恥ずかしいので余り言わないで下さい!」
「あれ? 戻って来ちゃったのかな。恥ずかしがり屋のキョーコ」
「……はい…///」

 

 

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 そのシーンは近付いてくる恋人に手を伸ばしながら、見えないニンフが女性のナイトウェアごと、女性を浚っていくように後ろに流れていった。

 

『君の主に彼女は渡せないよ。代わりに彼女の温もりを持つ服を持ってお行き。そうすれば君の主も…叱る事はないだろう』

 

 彼女の清らかな美しさに恋した…妖精王に浚わせない変わり身で、許しを申し出ればいいと…

 

 女性は恋人の腕の中で、闇の中に浚われる事のない温もりに、纏わせたシーツごと恋人の胸に凭れた。

 

 

”たったひとつの安らげるこの場所で、ただ貴方とだけの時間”

 

 

 

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 男性用のナイトウェア、そしてキョーコが加わり恋人達のナイトウェアのCMとなった。

 

 

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚゚

 

 

「ねえあのCM、見た!?」
「見た、見た!」
「ねえ。あのシルエットの女性って誰なんだろ? 気になる!」
「スラッとしてて、立ってるだけで綺麗よね。伸ばした手が浚われそうなのか、誘っているのか、なんかキレイ~」
「そうそう。敦賀さんと一緒にいると妬けちゃう事あるけど、すっごくお似合いで見取れちゃうのよ~」
「シルエットが一瞬オールヌードになるけど、直ぐにシーツが掛けられて敦賀さんが守って見えるのよね」
「それも妖精王からなんて、ロマンチックな可愛さもあって、少しだけ笑みが見えるけど、ハッキリ見えない顔が幸せそう…」

 


 監督の置き土産となったラストのCMは、夕焼けとロマンチックなナレーション、そして女性のシルエットの美しさに「誰だ?」と噂になった。

 


 その正体がわかるのは、蓮の状態が良くなるまで付き添いながら絆を深めた2人。その婚約発表の席での事だった。

 

 

♡FIN♡

 

 


何かに似てるよね~と思われそう(^_^;)
白状しますと、某様リクで書きました「カイン&セツ」っぽいのアレに似ております。更に遡ればCHもね~でもこちらは蓮キョ!(^^;) それでも途中までは気付かずに書いていたんです。(いつもの書いたら忘れるっていうのですが(^^;)) でも書いていたら何故かナイトウェアだ、キョコがキャン!///な姿になったり、何やってますかね、私(*´艸`)
2人がお互いに助け合う姿って、偶には蓮にウィークポイントが出来て我が儘言ったり、キョコがそっと助けるのもいいと思いませんか?(*´艸`)

 

 

 

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