2人のコンビネーション…音夜と唯香
     ライバルからそして…⑭

 

 

 共演者達は2人の姿が消え、何処に行ったのか心配する者もいた。暫くして、蓮がキョーコを抱えるようにして戻って来てイスに座らせる姿に、監督達の言葉が聞こえていれば気になって見ていた。

 

「すみません、監督。実は…」
 蓮は言いそびれていた事を、監督が話しかけてきたのに何故走って行ってしまったかを、少し気まずそうに口にした。
「もうひとつのめでたい事も重なったのか?」
 監督が笑みを浮かべながら察していた事を口にした。
「はい。すみません」
 蓮は申し訳なさそうに頭を下げた。
「謝ることはない。この収録は無事終わっている。しかし知らせては欲しかったがね。京子さんの身体の事もあるが、無理になっていなかったかね?」
 蓮は謝罪のつもりが、逆にキョーコの身体を心配されてしまうと恐縮した。
「はい。アクションシーンも少し走るぐらいでしたし、まだその時は気付いていない頃で大丈夫でした。身体の負担はない感じです。個人差はあっても、この収録が終われば疲れが出るかも知れないと、今アドバイスも貰いました…」
「そうか。こればかりは授かり物だ。君らにとっては宝物になるのだろ?」
 蓮とキョーコは顔を見合わせて笑顔を見せると、監督にも笑顔で「はい」と頷いた。

 

「わかった。君ら2人と、ベビーの祝福をさせてくれないか。ただ京子さんは無理をしないで、イスに腰掛けたままで此処でだ」
 監督と、その近くにいたドラマのメンバーには今の会話が聞こえ、「おめでとう」と祝福が行き交う中を、監督の声が響いた。
「敦賀君と京子さんに、ベビーというお祝いが増えたぞ」
 監督の言葉に驚きの声をあげる者と、キョーコの様子に気付いていた者もいた。
「こちらのドラマにご迷惑が掛からなくて良かったのですが…」
 キョーコが監督を含め、ドラマのメンバーに呟いた。
「何を言ってるのよ。ベビーの方が大切よ。身体は大丈夫なの?」
「少しつわりはありますが、なんとか」
「おめでとう京子さん。ステキなパパとママで、良かったわね」

 

「君達のベビーなら私達の仲間になるのかな? 楽しみだな。両親の希望はどうだ?」
 監督がキョーコの中でやっと芽吹いてきた命を、そこまで楽しみにしていて蓮は驚いた。
「そんな先の事はわかりません。まだ小さな命です。それにどんな仕事でも当人の自由に任せます」
「2人の子供なら女の子でも男の子でも見てみたいわ。絶対可愛いわよ」
 女性達は2人の子供というだけで既に盛り上がっている。監督もキョーコの中で成長している小さなベビーに祝福の気持ちを向けてくれるのが、キョーコには涙が溢れるほど嬉しかった。

 

 愛され望まれる子供に、キョーコは胸がいっぱいになった。
 自分は母の思いがあっても…去ってしまった父親となる筈だった人と仕事に追われて、憎しみしかぶつけてこなかった。かろうじて私を愛していたのかと思わせるのは、完璧を求めることで、自分と同じ轍を踏ませないようにと思うぐらいしか思いつけない。そんな話を聞いてから感じた…母なりの思いは、寂しくもあった。
 誰も頼ることなく女の身で生き抜く為には、賢くなければいけないという…自らの自戒を込めた誰も頼らない気持ちだと思った。

 

 それでも職場のアノ人の気持ちを気付かないほど鈍感ではないと思うのに…。2人共自分から折れるタイプじゃなさそうだものね。どうなるのかしら…?

 少しだけ余計なことと思いながら、母の今の幸せを思ってみた。

 

「ドラマを作るにしても幾つもの役があります。それと同じように自分が望む道を進んでくれればいいと思います。好きな道を努力しながら歩めれば…それが幸せですから」
 蓮の、久遠…の中にある、父というヒーローを目指したように、両親に憧れてもいい。だが、周りで型にはめ込むのだけはしたくない。自分は父という上を目指したが、心を何度も闇に染め、手を血に染め、友人も亡くした。
「俺達にとっては天使であれば、他は望みません」
「生み出す母親の心境はどうだね、京子さん」
「私は…何より初めてのことなのと、その…思ったより早くに授かったので、戸惑いが大きくて。でも、今はつわりが辛いですが一番実感出来るところです。『此処に居るよ』と言ってくれているのなら、まず私が母親にならなければいけませんから」

 

 不安そうな言葉もあるが、既にキョーコの中には母としての強さも育ち始めている。
「男には経験出来ない神秘だな」
 監督が呟けば、蓮も頷いた。
「俺もまだ嬉しいですがよくわかってません。でも大切に一緒に親になっていきます。ただあたふたしてしまうと、マネージャーに情けない視線で見られますが」
 蓮が苦笑すると、壁際に居た社がさり気なく視線を反らしていた。
「初めはそうじゃないのか? そうやって幸せに大切に出来れば、子供も同じように優しく良い子供に育つさ。『子育ては親育て』始めから出来た親はそうはいない。親も育てば良いんだ。わからなければ先輩に聞けばいい」

 

 苦笑しつつ笑みを浮かべる蓮だが、どうにもタイミングのバツの悪さを感じてしまう。付き合っているとはいえ結婚前だ。最近では授かり婚、デキ婚と言って「結婚するつもりでいましたから」と言えばそれ程のことはない。だがそれも主役の仕事にギリギリ掛かってしまうようでは、役者としてはその辺りも考えて、キョーコの仕事へと迷惑をかけないのもプロとも言える。
 芸能人でも全て計算出来る機械ではないが、迷惑が多くの人に及ばないようにするのもプロとして大切な事だ。

 

 そして、そんな人生の先輩としての監督の言葉『子育ては親育て』に、キョーコは「あっ」と小さな声を出した。
「なに? なんかあった?」
「あ、いえ…何も無いけど…」

 

 蓮に首を振りながら、キョーコにはあの母には親育てをする時間が無かったのだと気が付いた。
 仕事は優秀でも恋には臆病で、初めての恋でときめきが手一杯な時に、恋人だと思っていた人は姿を消し、その理由が唯一誇れる仕事絡みに利用され、ショックを感じる間もなく大恩ある先生に迷惑をかけてしまった。そのストレスで倒れたと思えば、父親を誰とも分からぬ私を身籠もってしまっていた。ストレスと半狂乱の中では、とても子供を育てられないと松太郎の母の旅館に預けられた。
 女性としての幸せを知ることに恵まれなくて不器用な人なのだ。
 それは私も蓮と手を携えなければ、同じ道を歩んだかも知れない。 恋をして人を愛することを知っても、頭の良い人であればこそ自分を責めた。片恋の子供ならば愛することも難しい。愛されたと思った全ての行動が、憎しみに変わってもおかしくはない。
 『親育て』をするのにも、蓮が今付き添ってくれるように、子供への愛情を教えてくれる人が誰も居なかったら?
 子供を愛する気持ちを育てることが分からなかったら?
 ほんの少し…愛する気持ちを当たり前に感じて生きてこれたなら、私はあの人に抱き締めて貰えていた気がする。
 「お母さん」と、素直な気持ちで呼べたと思う。
 あれ?…そう言えば、私の祖父母って…訊いた事が無い? だから自然と両親の愛情を感じられて、教えて貰えなかったのかな?

 

「ねえ、蓮。後で聞いてくれる?」
「ん、何を?後でいいの?」
「うん。違うかも知れないけれど、私も同じ事をしないように見守っていて欲しいから。母が思っていた以上に不器用な人だって気付いたから」
「キョーコが同じ事を?」
 蓮はそれこそキョーコが不器用とは思えないでいたが、その比較対象がキョーコにとって…やっと手を伸ばせるようになった母であり、幼いキョーコの心に傷を作り、1人に慣れたと寂しい言葉を呟かせた人だ。
 キョーコが心から零したいことがあれば、蓮はいつでも聞いて、その傷を癒やしたいと思っている。こじ開けることなく…キョーコの気持ちが自分で話せることが大切なのだ。

 

「キョーコの何処が不器用なのか俺には分からないけど、人は全てに万能でもないからね。だからこそ…共に歩くパートナーには、何でも言って。俺も全て話し切れていないこともあるから、聞いて欲しい。一緒に生きて行くには必要なことだ」
「はい。一緒にずっといたいですから、聞いて下さい。話して下さい。生まれてきてくれるこの子とも、遊んであげて下さい。それが凄く幸せな気がします」

 

 幸せ…と一言で言っても、人の数だけ同じ幸せはないと思うから。この子が自分の幸せを捕まえられますように…。

 

 

 

≪つづく≫

 

 

はっきり言って、私の趣味、好みで走ってます(^▽^;)

今は大〇先生路線か?

 

 

 

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