2人のコンビネーション…音夜と唯香
     ライバルからそして…⑮

 

 

 

 私にとって親しい人との付き合いは、親友のモー子さん。最高の友達でライバルでもある。仕事の共演者は、仲間だけど友人とは少し違う。モー子さんにならどんなことも相談出来るけど、友人と言える相談出来る親友は一生に何人もいない大切な人。
 そうなったのも…半分以上はアイツのせいね。京都にも東京に出てきても近しい人は出来なかった。それでもアイツが私を大切にしてくれたなら、心が近くにいたのなら充分なことだったのに、「家政婦」と言われて「私の恋」を失った時に生きる目標が復讐に変わった。
 その時から、蓮の怒りを買いながらも芸能界に足を踏み入れた。欠点など無いと思ったモー子さんと一緒に『ラブミー部』で演ずること、恋する事、愛する事を学んだ。蓮に出会えて、恋して愛して愛されることも教えてもらった。愛し合う幸せも…愛する深さも教えてもらった。

 

 そして下宿させてもらったおかみさんや大将からは…親の愛も教えてもらった。見返りのない愛を、バイトの私に注いでくれた。
 やっと母ともぎこちなくても、心を通わせることが出来るようになった。色々あったけど、今の私は今までの周りが育ててくれたと思うと、不思議な繋がりが私を導いてくれたと思える。
 本当に不思議。そしてその一番大切な命が此処にいるなんて…。
 キョーコはそっとお腹に触れた。

 

 その中での一番の不思議は、蓮と…久遠との京都での出会いが、今の私達を引き寄せるように続いていたこと。大先輩にケンカを売るような再会があったのに、コーンの石を蓮が見付けてくれたから、蓮は私を見つめ続けてくれた。出会えるとは思わない御守りが2人を結び付けてくれた。
 小さなコーンの石が、一番の布石だったのだと今は思える。それともバイキング達の羅針盤の指標かな?

 髪色も瞳の色も変わっても、何も変わらないでいたコーンが赤い糸だったのかな?

 

 キョーコは蓮が持ってきてくれた鞄から、コーンを取り出すと囁いてみた。
「小さな石の姿で、私達を見守ってくれていてありがとう。これからは、生まれてきてくれる子供もお願いね。図々しいかな?あなたのお陰で、一番欲しかった大切なモノを貰ったわ。愛する人と子供に囲まれた生活が宝物でなくて何かしらね。幻のように消えてしまった…父と呼べなかった人を、今は恨むことも出来ないけれど、私という命を知らずに母に託したのだと思いたい。本当は心を残して母の元を去ったのだと思いたい。でも出来るなら母を抱き締めてあげて欲しかった。心ごと抱き締めて…思いがあるなら少しでも…」
 出来るなら私も…抱き締めて欲しかった。おとうさん…

 

 仕事と割り切りながら、でも良心の呵責でいたたまれなかったのなら、時間が経ってからでも、あぁ…無理ね。私のこと、先生も事務所が替わったりして転居して、糸も切れてしまったのね。
 母も移り住めば、2人を繋ぐものも無くて伸ばした手も空を切った。母の恋はそこで切れてしまったのね。
 そう思えば、やっぱりあなたがいてくれたことが私の心の支えになり、蓮が私を見付ける切っ掛けになった。石のコーンも私達を結んでくれていた。

 

 あとね、少しずつ作ってきた自分は、何処まで成長しているか知りたいなって思うの。仕事はそれなりに貰えるようになってきた。でも少しお休み頂かなければいけないから、またお仕事頂けるようになるかしら? あれこれ贅沢かな? でも女優としての仕事は自分を大きく育ててくれるから、またやっていきたい。次の子供が出来ても、多分同じ事を思うかな…。
 旦那様は…元のあなたの持ち主の蓮は、凄い役者で素晴らしさを教えてくれた。その隣で…背伸びじゃなくて一緒にいたいの。対等になんておこがましいけど、一緒に生きていける役者でもありたい。
 蓮の傍を歩きたい。子育てしながらなんて大変だって分かっていても、その隣をいつまでも歩きたい。
 勿論アメリカに行きたい時は、私が頑張るわ。
 それは…蓮が行く時の事として、私が決めたこと。蓮の足を引っ張ることだけはしたくないから、蓮が力を出せないような邪魔はしたくない。…少しは寂しいけれど蓮から聞いた時に決めたこと。
 その時にまた考えるべき事は、対等に考えたいの。強がってるかな?
 私はね、母が1人で必死に生きてきた人だから、蓮がいるだけで心強いの。だって蓮は気持ちを思い切り開いて抱き締めてくれる人だから、母を思えば凄く幸せ。気持ちも素直に言葉にもしてくれる。不安にもさせてくれないぐらいに愛してくれる。
 だから私自身も、自分の足でいつでも立って歩ける強さを持っていたい。
 蓮は素晴らしい役者だから、その足で動けるのなら何でもやって欲しい。私達を振り返って足枷になんかさせない。

 

 …だから、少しだけあなたの事を、ベビー迷ったの。ゴメンね。「まだ早いの!」って、愛しい気持ちが大きいのに、蓮の事を考えてしまったの。
 誰が大事か、どの存在が大切かの一瞬…ベビーと蓮を比べたの。比べる事なんか出来る訳ないのに、あなたも蓮の一部なのに、ごめんなさいね。
 だから蓮に話をした途端、苦しいくらいに抱き締めてくれて、迷った私が愚かだって思い知らされたの。蓮にとって私と蓮を繋ぐ物は全て宝物だって…。蓮の叶えたい夢はあっても、目の前の幸せはもっと大切だって教えてもらったら、私も目が覚めたの。
 役者としての仕事は私にも夢をくれたから大切にする。
 だからといって蓮との幸せを忘れたらバチが当たるわ。
 蓮が私を包んでくれる愛をいつも忘れない。
 お互いの愛をいつも確認するの。すれ違わないように。

 

 母達はすれ違ったまま、離れてしまった。仕事を挟んで敵味方のまま、女性として夢を見て儚い恋は消えて、相手も消えてしまった。 だからね、まるで幻のように髪の毛も残さないプロが、私という消せないモノを残していったのが不思議すぎる。
 そんなプロなら私という存在からDNAで辿られるとは、頭に無かったとは思えない。私というたった一つの確実な繋がりは、事実として突きつけられたら逃げられない。一つも残されなかった筈なのに、残された私という証はもしかして、気持ちがあったから油断したの? もしかして…思いが先走って、母とひとつになりたいと思ったとしたら? 
 幾度も愛し合った訳で無いなら、本当に偶然が重なって…私という2人の繋がりを残したのかも知れない。
 母には辛くて堪らない事だったとしても、恋した人の証として残された。命としての重さを本当に感じない母なら、切って捨てる事も出来たはず。いっそ養子に出す事も出来たはず。でもプライドも許さなかった。恩人へのすまない気持ちは逃げる事は出来るはずも無い人だ。
 ……2人には心の逃げ場も無かったの?

 その人は振り返れなかったの?
 『ゴメン』という粛罪を含む迷いは、逃げる事だけを考えていたの?
 母への思いは…直ぐに過去にしてしまえるほど何も無いなら、母の家から出る時に振り返る事も、言葉もいらなかったはずじゃ無いの?
 母が冷静に話そうとしていたからだけじゃ無く、2人の心は本当は近かった気がして怒りがわかない。
 私に気付かなかったのは仕方が無い事だとしても、仕事の優秀さとは違う初めての恋の母を、包むように安心させて…そこまで盲目にさせるとは思えない。
 それに…私が生まれたと言う事は、隔てるものもなく母と愛し合い、まさかの事を考える事も無く結ばれたのなら、……信じたい。仕事ではあったとしても、思いは本物であったと…。
 その人も優秀であったからこそ、データーを確かめて母の元から持ち去ったほどの人なのだ。ただ持って帰るだけじゃ無い。母に『自分を疑ってみろ』と合図までして、だから指紋から髪の毛までも残さなかったのに、母に触れた時には仕事とは関係なかった?それなら溶け合いたくて、ただ触れたかったなら…母の中に残していったとしたら?
 ……私は父の忘れ形見になるの?

 

 キョーコは寂しい笑みを浮かべた。
 父と呼びたかった人は、その大きな仕事をした後、何処に行ったのか不意に心配になった。
 大きな裁判をひっくり返し、企業に損害を与えるほどの仕事の見返りは大きいはず。スパイとしての実力は、逆にみれば裏切り者で、母の心を大きく裏切り消えてしまった。
 プロであったなら、それこそ日本には居場所が無くて海外に行ったとしても不思議は無い。母への思いを切り捨てて、名も変えて行ったとしたら、素人にも探しようが無い。
 父と…呼ぶ事も出来ずに消えた人に、私という存在を伝えてみたい。愛して欲しいとかは関係なく、あなたの愛した女性に、私という存在が居たという事実だけでも知って欲しい。あなたの血を引く子供がいたのだと、知るだけでいいから…。
 そしてもしかして…母を心に残しているのなら、その心を伝えて欲しい。『愛していた』という一言でかまわないから、母の中の恋を投げ返して欲しい。解放してあげて欲しい。
 母を苦しめた人でも、母が本当に恋した人だから…。
 そして私という命を吹き込んでくれた人だから…。
 時間はもう戻らないけど、その時に母を思う気持ちだけでも、終わらせてあげて、終わりにしてあげてくれませんか?
 一度終わることが出来たら、少し風変わりで母と時間を過ごしてくれそうな人がいるんです。今度こそ…母に女性としての時間を感じて生きて欲しい。父と呼べなかった貴方への…一つだけのお願いです。

 

 私には蓮がいて、今ここに貴方の孫がいるんですよ。まだ小さくて小さくて、でも私と蓮の子供で、貴方の孫です。
 思っていたより少し早かったから、貴方に伝わったら驚くでしょうか?
 貴方達の分まで幸せになりますから、この思いだけは伝わって欲しい…。出来るなら、他人のフリですれ違えるのもいいのに。
 もし孤独な思いでいたら、子供と孫が少し遠くに住んでると思い出して下さい。何故か貴方が1人でいる気がします。でも1人じゃ無いって、覚えていて下さい。

 

「キョーコ、どうしたの?」
 蓮が、思いに浸っているキョーコを心配して声を掛けた。
「私の…父と名乗れなかった人が、何故か悪い人だとは思えなくて、母が話してくれた時のことを思いだしてしまって…」
 少し寂しげなキョーコの笑みと声の響きに、蓮はそっと抱き締めて耳元で囁いた。
「君がそう感じたのならそうだろうね。君は言葉にしなかった2人の声を聞いたんだろう。心の中の言葉だから、お互いに聞こえなくて、でも君という人間をこの世に生み出してくれた。俺に言えることは、君をこの世に生み出してくれた事に感謝する」
 キョーコが抱き締めてくれた蓮の目を見つめながら、問い掛けてみた。
「…どんな人でも?」
「俺にはキョーコという存在を生み出してくれた…偶然に近い君のお母さんと出会った人で、キョーコをこの世に生み出してくれた存在としては感謝もする。ただ、男らしくないね。最後には仕事と恋を天秤に掛けて、逃げたような気がする」
「天秤に?」
「そう。どちらが大切か、どちらを取るか分からなくて、本物の恋ならプロとしては失格で、余計怖くて逃げたのなら、仕事にだって戻れたか分からない気がするよ」
「何故?」
「仕事は種類にもよるけど、代わりはある。でも恋はその人だけだ。別の誰かがいるかもしれないけど、本当に大切な人は…俺にはキョーコだけだし、代わりはない。シンプルな答えだろ?」
 蓮が愛おしそうにキョーコに言うと、キョーコの笑みはまだ寂しそうなままだった。
「そうね…。2人共そのシンプルな答えが出せなくて、恋の方が大切だって気が付かなかったのね」
 そして離れてしまった2人は、出会う事がないのかな…。

 

 

≪つづく≫

 

 

このページもいろいろ混じってる気がする…

 

 

 

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