2人のコンビネーション…音夜と唯香
     ライバルからそして…⑤

 

 


 2人の話は深刻そうで、周りからは誰も声を掛けないでいた。

 

「今回の2時間SPは刑事としての部分よりも、君達が刑事をする上での迷いなどの人間くさい部分もメインに持っていくからな。君達の恋人としての部分は、視聴者の期待する恋人達になるかどうかは脚本家と練らしてもらうがね」
 監督も懐を見せる事なくドラマの核となる部分の脚色に、蓮の話が琴線に触れたのか、ドラマに生かしたそうだ。
「そういうことですか。ドラマとしてのいい部分は分かりますが、あまりリアル過ぎるのは勘弁願いたいです」
 蓮が話してしまった事は、まだ公にしたくない事もある。それにキョーコに少しだけ話し出した久遠のことは、流石にキョーコも動揺させた。

 

「本物の刑事であれば、人間臭さはもっとリアルでしょうが、『刑事ドラマ』という核は残して頂きたいです」
「何故だ?」
 監督の目が真剣に蓮を見つめた。
「作り物のドラマの中にも、リアルが濃すぎれば演じている役者なのか、本当の自分なのか分からなくなっては役者失格ですから」
「…敦賀蓮がそのセリフを吐くのか?」
 フッと苦笑して…ジョークにして笑い飛ばそうとした監督の目に、蓮は何処か笑い飛ばせない寂しい目をした。

 

「『敦賀蓮』も作り物だからです」
 微かに聞こえたのか…近くで「えっ?」驚いた声がした。
「俺でありながら俺ではない。だからキョーコという恋人は御守りでもあるんです」
 カインを演じた時に、何か時間が巻き戻る気がして下を向いた。
 微かに下を向いた瞬間…蓮の笑みが口角だけを上げて冷たく笑った。

 

 …もうお前の役目は終わっているJ・Bを演じたカイン・ヒール。クオンはお前ではない。眠れ…そして消えろ…。

 

「キミは誰だ?」
 監督が探るような目で訊いた。柔和で優しい笑みを浮かべる蓮とは別人に見えたからだ。
 微かに蘇ったカインの影を、久遠が闇の中へ押さえつけて沈んだ。
「監督の知らない男です。作り物の『敦賀蓮』が一時演じた役で、いずれ消えます。影に引っ張り込まれ、それでもキョーコのお陰で此処にいます。敦賀蓮でいる時の俺には秘密が多い」
「…良かろう。誰でも光が当たれば影も出来る。ネタばらしは本当の自分でする方がいい」
「ありがとうございます」

 

 蓮が監督に頭を下げていると、いつの間にか影のように…斜め後ろにキョーコが居た。同じように頭を下げ、顔を上げると蓮に視線を滑らせた。恋人を心配する目は、普段の敦賀蓮には向けられない視線だ。
 蓮が監督から向きを変え、キョーコを探そうとして直ぐ後ろに居て、切ないような嬉しいような複雑な顔をしていた。
 気付けばキョーコは蓮の為の場所に居た。蓮の視線がキョーコを見つけ、視線が合うとにこやかな笑みを浮かべている。蓮より年下の筈の落ち着いた笑みは、蓮を見守る御守りだと監督も納得出来た。

 

「先輩方。キョーコはまだ小娘ですのでお手柔らかにお願いしますよ。あとで八つ当たりが来るのも怖いですから」
 蓮はキョーコをからかっていた仲間にジョークを洩らした。
「こっ小娘? 小娘って、私そんなにぃ~」
 キョーコはほんの一瞬前に見せた大人の女性が、ぷくっと頬を膨らませて拗ねてしまう。
「ぷっ…。そこでムキになるのが小娘の証拠。上手くあしらって大人の女性って事。でも君の変化は早いけどね。まぁ夜は女性らしくなったし…」
「れ、蓮さん!///」
 言葉ではそう言いながら、キョーコの頭で手を弾ませる男は何なのかと見惚れる程に、蓮の甘い目はキョーコを見つめていた。

 

「それで、その小娘と君の今後の予定を訊いていたんだが、まだハッキリ決めてないんだって?」
「予定というのは、俺達2人の今後ですか?」
 ドラマの部署仲間でも世話焼きな先輩は、リアルにも2人の未来を心配してくれているようだ。
「ドラマ終盤から付き合い始めたのは感じていたが、終わった途端に暴露して週刊誌が俺達の周りにも五月蠅かったからね。ハッキリ訊かせて欲しいが?」
 ニヤニヤと、でも祝福も混じった笑みには、蓮も言葉を選びながらウソを吐く気はない。
「確かに、ドラマが終わってからもお騒がせしまして申し訳ありませんでした。ただ、これからの2人の予定は、最低でも半年は難しいのと、正式に披露宴とかになれば、1年近く予定として入れられないんですよ」
 軽く予定を話せば、さすが芸能界一忙しいと言われる敦賀蓮のスケジュールは隙間がないらしい。勿論、キョーコもだ。
 蓮は苦笑しながら、自分が勇み足でキョーコを抱き締めたのだから仕方がないと思うが、キョーコをもう手放せないと走り出してしまったのは、恋には青二才なのかと開き直るしかない。

 

「仕事で忙しいだけなら、式とかは先にして籍だけ入れるのも、最近のヤツは多いぞ」
「それは俺でもかまわないのですが、その仕事の事情とキョーコの性格を考えると、手順通り進めたいところもありまして…」
「色男も京子ちゃんのウェディングドレス姿は見たいのか? それとも見せびらかしたいか? まだ恋人気分でいたいか?」
「まぁ…それもありますね」
「ほぉ?」
「それに、自分の妻の美しさを見せびらかしたいのは、男の見栄じゃないですか?」
「よっぽど別れる事は考えてないんだな?」
「爪の垢程も」
 しれっと蓮が言うと、周りの男どもは深い溜息を吐いた。

 

「京子さん…」
「はい」
「この似非紳士面した…いい男のフリした奴は、きっちり躾けておいた方がいいぞ。それか、何かあったら逃げて隠れる場所も作っておいた方がいいな。ちょっとばかり離れて休める場所っていうのも、仲良きものにも偶にはいるモノだからな」

 

「は…はい…」
 キョーコは蓮をちろっと見上げると、監督の言葉に思い当たる蓮の…しつこい程の愛情から垣間見える、嬉しいと同時に鬱陶しいといえる執着に近いものを感じた。
 こんなステキな人をと誰もが言う…敦賀蓮という最高の男も、もう一歩近付いて懐に入れば…本当の姿を見れば、似非紳士から仔犬から、完璧に見える普通の男らしい幾つもの貌が見える。
「そうですね。奥に触れてみると完璧では無い…彼らしい貌を持っています。思ったよりも不器用な処もある人ですが、それを含めても共に居たいと思っています。一応、隠れ場所は少し探しておきます」
 キョーコは蓮には訊かれないように監督にだけそっと言った。
 だがその微笑みは、隠れ場所を探す気などなさそうに柔らかだった。
 キョーコも敦賀蓮以外の貌を幾つも知っていて、その上で共に暮らし、結婚へと未来を見ている。互いの心を掴んでいて、監督以上にキョーコがかなりしっかりしていると感じた。
 結婚とはお互いの心をオープンにする必要があるが、相手に心を晒して伴侶となろうとしている。2人で向き合う姿は、若くとも平等に向き合い見つめ合う強さを持っている。

 

「しっかりしているお内儀では、お前が尻に敷かれるな…」
 ククッ…と監督が笑うと、蓮は「お内儀?」と顔をしかめたが、直ぐに蓮は平気な顔で言った。
「そんな事は想定内です。キョーコが傍に居てくれるならかまいません」
「君らの年齢でそのセリフか?」
 キョーコが二十歳を迎え、蓮も二十代半ば。人生を生きてきたというには若すぎる。

 

 

 

≪つづく≫

 

 

 

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