スキビ&CH   

       【プライベート・アイ】 12

 

 

*  *  *

 

 

「カット! リハ、OKです! 京子さんの遥は初々しいですね。敦賀君の大樹の笑みは、始めてみましたよ。貴島君はそんな二人に当てられるポジションですが、本当に呆れていましたね」
「呆れますよ……。二人が普段から仲が良いことは知ってますけど、どこまで本気かと思いますからね」
「成る程。お二人はいかがですか?」
 緒方監督が二人に話を振ってくると、一瞬表情が固まった。
 蓮は優しい笑みを浮かべながら、キョーコを見て更に笑みを深めた。

 

「と、言われているけど最上さんはどう?」
「ど、どうって…?」
「交際宣言でもしてみる?」
「つ、敦賀さんとなんて、私がファンの人に殺されます! それに釣り合いがとれていません!」
「そこまで俺のファンの人は凶暴じゃないと思うけどなぁ……」
「少なくとも外をまともに歩けません!」
「俺の彼女だというレッテルを貼られると、そこまで危険? 寂しいなぁ……」
「……敦賀さんの人気は普通じゃありませんから! もう、私で遊ばないでください!」
「そうだよ蓮。キョーコちゃんで遊ぶのは程々にしないと、嫌われちゃうぞ~~」

 

 蓮のマネージャーである社が、とどめの一言を口にした。
 社は蓮自身が気づくよりも早くキョーコへの気持ちに気付いて見守ってきた一人だ。蓮が一番恐れるであろう言葉を知っている。
 蓮としては何処までをジョークで誤魔化すかと言うところを、社の言葉で引くことが出来た。
「遊んではいないですよ。でも嫌われたら困ることも多いし、最上さんも機嫌直してくれない?」
「そこまで怒っている訳ではありませんが、敦賀さんは自分のことを何処まで分かっているかわからない発言が多いです! まだ私はその辺りを分かってお話していますから勘違いもしませんけど、気を付けてくださいね」
 ジョーク混じりで告白しても、キョーコには全く通じていない。
 蓮は小さく諦めの溜息を吐けば、その後ろで社も溜息を吐いていた。
 キョーコの周りでは分かっている蓮の漏れる気持ちを、キョーコは全て否定してしまっているのが香とリョウにも感じた。
 リョウが動かした視線の先で、緒方監督が柔らかに笑みを浮かべた。
「何故か彼女は逃げているんです。彼からか自分自身からか分かりませんが……」

 

 緒方監督にそう言われても、リョウは人の恋路に頭を突っ込む気はなかった。
「何か引きずっているものが一つでも二つでもあれば、前に進もうとしても足に絡んだり重りになったりするもんだろ? 京子ちゃんにしても、年齢よりも傷を持っていれば前を向けない重りになってることもあるだろう?」
「そうですね。彼女は役者の卵としても、まだまだ成長してくれる存在です。監督業をする人間には、どんな成長をしてくれるか楽しみなんです。次はどんな顔を見せてくれるか、どんな変身をしてくれるかワクワクさせてくれる女優として、今はまだ躓いて欲しくないんです。邪魔をする存在からは、守って欲しいんです」
「……その為に俺は雇われている」
「そうですね。でもできるなら……彼女の成長の手助けにもなって欲しいというのは欲張りですかね?」

 

 緒方監督の言葉に、耳を傾けていた香が見つめていた。
「私は京子さんの素直なところが好きですから、力になれるところはなってあげたいと思います。でもデリケートな心のことは、簡単に打ち明けてくれるとも思えませんが…」
 香の言葉に緒方監督は頷いて見せた。
「ですが…わかりません。普段一緒にいる人ではないから話せることもあります。お二人は事が納まれば、また違う場所で生きていく人です。そんなお二人ならこぼせる心というものもあります」
「……成る程…ね……」
「あなた方の仕事と出会いは特殊です。僕達の芸能界という世界も普通とはいえませんが、出会いが違えば人を見る目も育ちます」
「私達に、京子さんの何が見えると?」
「僕に見えないものがあれば、彼女を助けてあげてください。それだけです」
「依頼以外のことは、多くを望まれても困るけどな…」
 リョウが言うと、緒方監督はその言葉を拒否とは受け取らずに笑みを浮かべた。

 

「では、本番いきます! 3人の用意はいいですか?」
「はい!」
「いけます」
「大丈夫です」
「ではスタート!」

 


* * * * *

 

 

 遥と大樹の会話を中心に、大樹が遥へと心を寄せながら夢に向けて応援する言葉は、キョーコにも前向きに役者としても応援されているように感じた。
 それなのに遥はやんわりと避けてしまい、それも自分と同じようで、蓮にかけられる言葉に自分自身が言われている気がして切なさと嬉しさを感じた。

 


 まだまだ駆け出しの私がこんな風にご一緒できるのも、そう簡単にはないだろう。
 それならこんな時しか学べないことを、敦賀さんから学べることは精一杯吸収しよう。
 何処まで学べるかなんて、分からないけれど……。

 

 

 スタジオでの収録は、心配を余所に順調に進んでいった。
 何かあるとすればデパート周りでのロケの可能性が高い。
 そんな中でも馴染んでいく4人はマンションでもそれなりに快適な時間を過ごしていった。

 

 

        ******

 

 

 

 ある朝、香はキョーコが朝食をすでに作りに行ったと知ってキッチンに行ったが、直ぐにリビングで新聞を読んでいたリョウの所に戻ってきてしまった。
「京子ちゃんの手伝いをするんじゃなかったのか?」
「新婚さんの邪魔をするほど野暮じゃないわよ」
「新婚?」
 香がキッチンの方を親指で指した。
「ああ、成る程な…」

 

 微かに聞こえてくる声は、キョーコの作った料理に合わせてお皿を出したりして楽しそうだ。
「どう訊いても恋人同士のじゃれ合いにしか聞こえないのに、当人達には自覚無いからこちらが恥ずかしくなる位なのにね。敦賀さんは自覚ありなんだけど、京子さんは頑なで自分で認めないと言うか、認めないようにしているって言うか……」
「相手が芸能界1の男だから一歩引いているって言うのも違う感じだしな」
「人気がありすぎる人でも好きな気持ちぐらい持ってもいいし、敦賀さんも京子さんは他の人と違う気持ちでみているのはバレバレなのにね。何か理由があるのかな…?」
「……アイツは訳ありのものを持っているのかもしれないな……」
「それって…リョウの昔みたいな?」
 それはリョウにも、香には簡単には言えないでいた事だ。大切だから知られたくない…リョウにとっての過去の闇と言える部分だった。

 

「心なんていうのは見せ合おうと思えば見せ合える。だがどちらかでも頑なになっていれば、本当の気持ちは伝えられない。隠したい何か、信じたくない何かかもしれんが、向き合うつもりのない心が本心を伝えられる訳がない」
「……二人の場合、両方のようね…」
「特に京子ちゃんの方の隠し事がな……。素直そうで引っかかるものを抱えてる。アイツも過去が足に絡んでる」
「……あんなにいい笑顔でいるのに、素直になれないかな……」
 昔の自分をキョーコに重ねると、香は自分とは違う理由でキョーコ自身から向き合えないでいる心が寂しかった。
 向き合おうとすればその笑顔は誰よりも輝くのに、その届けることの出来る心は横を向いて幸せになろうとしていない。
 仕事中以外での話の端々から、身内の幸せには縁が遠い処も香には境遇が似ている気がして、幸せになって欲しいと思える要因だった。

 

「京子ちゃん……女の子としての幸せは、欲しくないのかな……。遥を演じているときの京子ちゃんは、大樹に近づく喜びが京子ちゃんの本心に見えるのに…。お互いに少しだけ手を伸ばせば掴めるようにしか見えないのにね…」
「この前、監督が言ってたやつだろ。頑なになってる気持ちは、何かきっかけが必要だって。アイツの方が何かきっかけを作れば、うまくいくと思うが……」
 人の思いは絡んだままでは素顔を見せることは出来やしない。頑なな思いならゆっくりでも解いて安心出来ることを知らせることが大切だ。
 キョーコが蓮に心を開いていない訳ではないのなら、蓮の行動や大切に思う気持ちさえ失わなければ、キョーコの心は蓮を見つめることが出来るはずだ。

 

「京子さんの心の奥にある重い蓋のような過去の重石は、年齢とは関係なく心の自由を奪ってるようなものね」
 香は京子が遥のように自由に飛べる翼を持てる女の子として、少女らしい自由な気持ちで恋もして欲しいと思った。
 まだこれからの生きる喜びを、過去に邪魔されて寂しい人生を送るには、キョーコはまだまだ若いのだから…。

 

 

「さあ朝食の用意が出来ました。あとお弁当はここで冷ましておいた方がいいですからね」
「じゃあ朝食の分は持っていこうか」
「はい」
 テーブルに乗せられたお弁当は5個。食事をする間に熱を飛ばす為に、キッチンのテーブルに残されたままだ。
 蓮とキョーコ、そして社に加えてリョウと香の分までキョーコは二人分増えたぐらいは同じだと、余程撮影が早い時以外は作るようにしていた。蓮から見ればそれだけ手間がかかると思うのだが、作る料理の量を少し増やすだけで大丈夫だと、料理上手のキョーコには苦にならないようだった。
 トレイに乗せて運んでいく用意をしながら、キョーコの視線が少しだけ曇った。
「あの……敦賀さん」
「なに?」
「……私なんかのために無茶しないでくださいね。ケガをしたりするようなことは、もうしないでくださいね」
「また言ったね。『なんか』って……。君なんかの為じゃなく、君の為に君を守りたいんだ」
 蓮はキョーコを大切に思う気持ちを、真っ直ぐな気持ちで口にした。
「そんなこと! 敦賀さんがケガをしてまで、敦賀さんにこんな迷惑をかけてまで守ってもらうほどの人間じゃありません! もっと私なんかより守ってあげたい人がいるんじゃないですか?」
「誰がそんな人がいると言うんだ?」
「………」
 下を向いてトレイを握る手がぎゅっと白くなるほど強く掴んでいた。蓮は思わず右腕でキョーコを強く抱きしめた。
「つ、敦賀さん?」
「俺は……俺は君が好きだよ。君を守れなかったらどうしたらいいか分からないほどに大切なんだ!」
「うそ……。敦賀さんの中には、私よりも大切な人が、『キョーコちゃん』っていう人がいるじゃないですか!?」
「……その名前……何処で聞いたの?」
 言うつもりのなかった名前を出してしまったことで、キョーコが黙ってしまうと蓮は次ぐ言葉に迷った。
 蓮は上を見上げて溜息を小さく吐いた。
「それについては一言では言えない説明が必要なんだ。でも今言えることは、君を本当に好きで、守りたいという事は本当だ。だから君を守る為のことなら、迷惑じゃない。喜んで協力する。君に何かあった方が後悔でいっぱいになるよ」
「そんなこと……」
「ごめん。仕事の時間もあるから、食事にしよう……」
 蓮が説明したくともまだ説明できる時ではないと、その話だけはそっと流して朝食を運んだ。

 


「お待たせした。冴羽さんの分はいつも通り多めにしてありますから」
「で、お前さんの分は少な目か?」
「俺は少食なので大丈夫ですから、ご心配なく」
「その体格で、トレーニングもやって、エネルギーもたくわえとかないと、仕事のスケジュールだって体力を使うだろ?」
「最上さんに食事が作ってもらえますから、バランスがとれているので助かります」
「私達の分まで作ってくれるんですもの。本当にありがとう。偶には私にも手伝わせてね」
「はい」

 

 笑顔で答えたキョーコだったが、香が見た先程の笑顔が姿を消した。
 蓮の笑顔も消えるとリビングに静寂が訪れた。蓮も笑みを浮かべていないわけではないが、飾り付けた笑顔だとわかる。
 蓮とキョーコに僅かな時間で何かあったとわかったところで、仕事でボディーガードをしている蚊帳の外の人間が、あれこれと詮索する訳にはいかない。
 リョウと香は顔を合わせるとアイコンタクトを取るだけで必要以上の会話をすることは控えた。
 二人の空気からデリケートなことであることを感じたからだ。表面上は仲がいい先輩と後輩とは言っても、それだけではない繋がりが二人にはあることは、それだけ無闇に他人が踏み込めない場所もある。

 

 今日の仕事が終われば、蓮のマンションで顔を合わす事はあっても、暫くは別行動の撮影や仕事が少しの間続くことになっていた。
 ドラマの為のインタビューやポスター撮り等を除いては、蓮にはCMやモデルとしての仕事も入っていた。
 キョーコはバラエティーも仕事も合間に入り、それぞれのドラマ撮影のスケジュールも少しだけすれ違う形になっていた。
 香はマネージャー見習いとしてキョーコと行動を共にすると、京子には裏表のない素直な性格で、スタッフ達までにも人気のある気遣いのある芸能人だとよく分かった。

 

 

≪つづく≫

 

 

 

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