【読まれる時の諸注意を】

「ディスプレーデザイナー」の撮影シーンがあったり、普段のシーン、蓮キョ、リョウ&香と場面は変わります。今までに書いたドラマ系の話を読まれた方ですと大丈夫だと思いますが念の為。

 

 

 

 

 スキビ&CH   

       【プライベート・アイ】 3

 

 

 

  多くの人の声が錯綜し、キョーコは思わず目を閉じてしまった。
 恐る恐る目を開けると、全身で自分を庇って立つ蓮が居た。
 しかし、自分を庇って広げられた腕に、切れたコートの隙間から血が滲んでいるのが見えた。

 

「敦賀さん!! 腕を!!」

 

 キョーコは自分が切りつけられた訳でもないのに、痛みを感じた。
 蓮の前には尻餅をついた男が居た。
 驚いた顔で蓮を見るが、その後ろから顔を出したキョーコが目にはいると、蓮は見えなくなったかのように再び近付こうとした。

 

「いや    !」

 

 キョーコの拒絶の叫びに男は驚いて止まり、人が集まってくる様子に慌てて逃げて行った。
「敦賀さん! ケガを…腕……血が…」
 キョーコは男を怖いと思いながらも、自分を庇ってケガをした蓮の方が心配だった。慌てて蓮の袖をケガをした場所まで捲り上げ、上着まで滲んだ傷口を探した。

 

「最上さん、大丈夫だから」
「大丈夫じゃないです! 血が出てるじゃないですか!」
「でも上着が厚地だったから、掠っただけですんだ」
「そんなこと、そんなこと……。ケガをしたことに変わりないじゃないですか! ……それも、私のせいで……」
 キョーコが泣きながら蓮のケガを心配していると、周りのスタッフが緒方監督を呼んできた。
「敦賀君! 男に刺されたんですか!? ケガは!?」
「大丈夫です。刺されてはいません。少し切られましたが…」
「切られた!? 大丈夫じゃ無いじゃないですか!! 筋とかは!? 他には切られたりしていませんか!? その犯人は?」

 

 いつもの穏やかさは消え、蓮を心配してキョーコが捲った傷を見て、思ったよりは傷が小さいことにほっとした。
 どうも説明したスタッフが大げさに説明してしまったらしい。
「思ったよりは浅い傷でよかったです。僕は敦賀君が刺されたと訊いたもので、いえ、ケガをしたんですから良い訳ではありませんが……」
 先ほどの慌てきった言葉から、いつもの穏やかな緒方監督らしい言い方になった。
「まずはケガの手当を。救急のスタッフは?」
「ケガ人は? 誰が? どなたがケガを?」
 緒方監督への知らせと共に連絡がいったのだろう。救急箱を持って走ってきた。
「敦賀君です。バスの中がいいですね。そちらで治療をお願いします。僕は周りと、見ていたスタッフに話を訊きます。敦賀君にも後で話を訊きますが、スタッフの話からすると京子さんのファン…のようですね?」
 その言葉に、キョーコがビクッと肩を竦ませた。
「す…すみません!」
「京子さんが謝ることではありません。実力を持って役者として頑張る京子さんに、何も非はありません。ですが、人気が出るという事は、日が当たれば陰も出来ます。やっかみの目や、ファンとして京子さんを応援してくれる人もいますが、間違った形のファンも出てきます」
「間違った形のファン…」
「曲がった感情で応援されることは、時には予想出来ない騒ぎも起こします」
 確かにキョーコに呼びかける男の声には、普通ではない響きがあった。
 それがキョーコにはぞっとする不気味さを感じさせた。
 少しだけ似た経験がキョーコの身体を抱きしめる行動にさせた。
 レイノに軽井沢で追いかけられた時だ。

 

「大丈夫。最上さんは俺が守るから」
「いえ、私じゃなくて敦賀さんがケガをされているんですよ!」
「ケガというレベルなら俺は男だから大丈夫」
「でもまた来たら…」
 蓮がケガをした混乱に紛れて、男はうまく逃げてしまったらしい。
「しかし、キョーコさんの魅力はわかりますが、いつかのように箝口令を敷くには人の目が多すぎます」
 軽井沢でのレイノの時のことだ。

 

「うちのLMEの社長に相談してみてはいかがですが? 顔は広いですし、出来るだけ内密にすむような形でトラブルを解決する人を知っているかもしれません」
 蓮としてはキョーコを守るのは自分でありたかった。然し主役としてそれぞれのシーンもある。
 思うだけでは彼女を守れない。
 それならプロに任せながら自分でも目を配り、キョーコを守り抜く用意を積み立てていこうと思った。

 

 

* * * * *

 

「よう。蓮、最上君」
「ご心配おかけしました」
「傷はどうだ?」
「冬用のコートのおかげで、傷は浅くすみました」

 

 見た目には蓮のコートが切れているぐらいで、ケガをしているかは分からない程度だ。社長も連絡を受けてケガもたいした事がないことを知っているからの反応だろう。
 それでも傷害事件として警察も出てくることになり、蓮達が解放されたのは日付も変わって2時間はたっていた。
 社長からは遅くなってもいいからと、事情聴取が終わったら顔を出すようにとの連絡で、蓮とキョーコは社長宅を訪ねた。
 蓮がその時の状況などを社長と話をしている中、キョーコは小さくなっていた。
 皮の厚めのコート地のお陰で、蓮の傷は思ったより深くはなかった。
 だが自分のファンと思われる男に蓮が切りつけられたことに責任を感じていた。
「申し訳ありません!!」
「最上さん?」
 社長と蓮が話しているところにキョーコが叫んだ。
「私のせいで、敦賀さんにおケガをさせてしまったこと、本当に申し訳ありません!!」
 キョーコは僅かに痛む気持ちを見ない振りをして、蓮との共演に挑んだのに、まさか…あんなファンの人が出てくるなんて……。

 

 敦賀さんにどう謝っても、謝っただけですむ事じゃない!!
 私のせいで切りつけられた。
 それに、モデルさんの身体って、何千万とか下手したら億の保険がかかっているって訊いたことがある……。
 仕事の支障だって出たりしたら……。
 仕事に穴をあける事なんて許さない、仕事に厳しい人なのに……。
 無理してだって、仕事にいく人……。

 

「最上さん。君が責任を感じる事じゃないから」
「でも、でも……敦賀さんが……」
 蓮の優しい声がキョーコの痛む心をいたわるように言った。
 だがキョーコには、先輩として、大切な人として、その身体が傷つけられたことがショックだった。
 たまらなく心配で怖かった。
 自分が傷つけられるよりも痛みを感じた気がした。

 

「ファンも行きすぎると、加減もねぇからなぁ」
「それだけ最上さんの京子が、人気が出てきた事でもあるんですけど、逃げられたのは失敗でした」
 蓮はキョーコが心配で守りたくてそれ以上動けず、キョーコは蓮の傷が心配で男への恐怖よりもその場所を動けなかったのだ。
 それなのに、キョーコには社長と蓮の会話が、自分で思った以上に緊迫感がなく聞こえて気が抜けてしまった。
 蓮はLMEの看板俳優であり、モデルとしてもTVでもCMも多い。
 毎日のスケジュールに社さんが苦労するほどに忙しい。
 俳優としても芸能人としても、芸能界になくてはならない若手のトップだ。
 そして今日は新しいドラマ撮影初日で……。

 

「最上さん…。思い込みすぎたらダメだって。君のせいじゃないから」
「そうだ。最上君のせいじゃない。その男がおかしいだけだ! 君に目を付けるところは誉めてやりたいが、役者と現実の最上君を混同して自分のものだと思うのは、自分の世界だけで周りの見えぬ馬鹿者だ!」
 社長の一喝で、キョーコは少しだけ目が覚めた気がした。
 だからといって、蓮への謝罪の気持ちが消える訳ではない。
「ま、今夜は遅いし疲れただろう。蓮も最上君も家に泊まっていけ。その方が安心だろう。部屋も用意させている」
「ありがとうございます、社長。最上さんもその方が安心だろ?」
「ありがとうございます……」
「明日からの事については、緒方君とも連絡を取って撮影にしろ、周りを固めた方がいいだろう」
「はい」

 

 蓮はキョーコの不安そうな顔を見て、今…キョーコの為に出来ることを思った。
 昔に培った…日本に来る前の力を振るう行動だが、それが今キョーコを守る為に役立つならそれも良い。
 全力でキョーコを守る事を蓮は誓った。そして今夜はひとまず安心できる場所として、社長の屋敷に泊まることで納得した。
 キョーコと蓮は執事に部屋に案内された。
「じゃあおやすみね、最上さん」
「おやすみなさい、敦賀さん」

 

 廊下の突き当たりがキョーコでその隣に蓮が案内された。
 屋敷の規模を考えれば、普通の部屋ではないと予想はついたが、ゲストルームとして使われるだけの部屋にしては大きかった。
 それに大きなベッドにバスルームもついて、ちょっとしたホテル以上だ。コスメキッドも付いて、その隅々まで手入れが行き届いているのも驚きだった。
 キョーコは遅い時間にはなったが冷えた体も温めたくて、お風呂でゆっくり身体を温めた。

 

 そしてベッドに入る前に、念の為にと携帯をチェックした。
「あ、モー子さん。電話もメールもくれたんだ!」
 親友がくれた電話が嬉しくて、電話は繋がらないと分かると切れたらしく着信履歴だけがあった。メールをチェックすると手短に心配する内容だった。
『そちらの撮影、何かあったらしいって連絡が入ったわ。時間が開いたら連絡ちょうだい』
 多分奏江も忙しい中を連絡してきたのだろう。
 そして連絡が直ぐ付かないことで、何かあったと思ったのか、メールも1度しかない。
 親友の心配を嬉しがったら怒られそうだが、奏江の気持ちが嬉しかった。
『ちょっとファンの人が騒ぎを起こしたの。でも大丈夫だから』
 天下の敦賀蓮がケガをさせられた、それもキョーコのファンだと知れたらワイドショーのネタもいいところだ。
「それみたことか。浮かれた新人のファンはどうにもならない」
 自分だけ言われることならどうでもいい。
 でも折角のドラマに泥を塗ることにはしたくなかった。
 それでも水面下で情報は流れてしまうかも知れないけれど、親友には出来るだけ心配をかけたくなかった。

 

「でも、警察まで出てくることになったのに、大丈夫かな……」
 社長さんも何やら連絡をしていたり、出かけていたらしい。
 それでも収録初日から色々あったけど、一人じゃないと感じた。
 キョーコは心配を抱えつつも、自分を思ってくれる人が…遥を支える大樹がいるように、敦賀さんや社長さん、監督やスタッフがいて、親友も心配をしてくれると思うと心が温かくなった。
 私にも沢山支えてくれる人がいるんだから、負けてはいられない。
 怖がっていたら前に進めない。
 折角指名してくれた緒方監督に、私は前よりも成長したことを見せたい。
 遥として、一人の女性が仕事にも、恋にも生き生きとして頑張る姿を演じたい。
 奏江からのメールでだるまや夫妻への連絡をしていないことに気が付いたが、こんな深夜では逆に心配をかけそうで止めた。
 キョーコは明日の為に不安を忘れようと、ベッドに横になった。

 

 

 

≪つづく≫

 

以後は1日おきの連載になります。

途中本誌感想では1日お休み予定です。

 

 

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