魔人様<リク罠>より~酔った勢いで関係を持った蓮とキョーコ。それ以来蓮からはお酒を理由に誘いながら…さて二人は?
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また…遅まきながら気付いてしまった。
都合のいい女でいいと思ったのに、嘘でもいいと思う言葉を…敦賀さんは言ってくれない。
キョーコとは呼んでくれるけど、くれない言葉…。
その言葉を…嘘でもいいと思う言葉を、私はずっと待ってるんだ。
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甘えたい女~もうひとつのお祝い 9
都合のいい女ならそんな言葉は必要ないのかも知れないけど、躰だけで心はくれなくても、言葉だけでも欲しいと思っていた。
心もくれないから、心にもない言葉は言えませんか?
演技で何度も言うセリフでも、私には貰えないんですか?
……うんん、セリフは演技だもの…。仕事…だもの。
ホントに…ただの都合の良いだけの女…なんですか?
期待しちゃいけないのに、心がぐるぐると空回りしたまま、何処に居るのかわからない…。
消えてしまう言葉もくれないなら、もっと我が儘に甘えて困らせても…敦賀さんを困らせても、少しぐらい…いいですよね?
好き…なのに……。こんなに胸が痛いくらいに好きなのに……。
泣き顔を見られないように、下を向いたキョーコの目から落ちた雫は、コンクリートに黒い色を落としていった。
これ以上……好きになれないぐらいに…好き…なのに…。
* * * * * * *
そして、連絡の無い敦賀さんのスマホに留守電を残した。
我が儘な…でも敦賀さんとの距離が消えないようなお強請りを…してみてもいいですか?
少しだけ我が儘で、今まで私からお強請りしたことの無い…2人だけの一緒の時間を…いて欲しい我が儘を、言ってもいいですか?
『敦賀さん。そろそろお勧めの…『良いお酒』は、ありませんか?』
キョーコにしては細く寂しい声で、蓮がお酒を理由に誘うなら、お酒を理由に留守電に言葉を残した。
蓮からの連絡が、忙しいのだと予想出来ても…1ヶ月無かった。声も聞けない時間は、キョーコには寂しすぎると感じてしまった。
忙しすぎる先輩に、自分だけが甘えられる理由を付けて、返事のない留守電に言葉を残すのが…キョーコにとっては精一杯の甘え…。
忙しいトップスターの先輩なら、それ程頻繁に会えるはずもないのに、会えないなら…せめて声が訊いてみたかった。
声も訊けないなら…返事が訊けるかも知れない伝言を残してみた。
今までなら「忙しい先輩だもの…」と思って切り替えられた気持ちが、少しだけ近付いてしまった距離が、より寂しく感じてしまう。
会いたい。でも会えない。声も聞けない…。
敦賀さんは寂しいなんて…思ってくれないですか?
2人の間だけの小さな約束…。
少しだけ…『良いお酒』という理由をこじつけて、敦賀さんとの近い時間がある事に、内緒の時間があると言う事に、自分は特別なのだと思いたいと同時に…誰にも言えないなら特別じゃないと感じて…締め付けられて痛くなる胸が堪らない。
夜の時間があれば、1ヶ月に何度か声を掛けていたが、撮影の長期ロケに出掛けていて連絡もしていなかった。
仕事で会えないなんて当たり前と思っていた筈なのに、声を聞けば会いたくなるからだという理由だとすれば、不器用すぎる恋も末期か?
そんな蓮に届いたキョーコからの電話は、蓮には堪らなく嬉しかった。
『留守電ありがとう。今ロケ先なんだ。1ヶ月近くてね…。でもあと数日で帰るところだよ。まだ寝てなかった? もう真夜中だよ?』
「用意をしていたところですけど、お酒の催促をしてしまいましたか? ふふ…」
キョーコの声は笑っているのに、目には涙が溜まってきて頬を伝った。
久し振りの声に、涙が出る程に愛おしく感じるなんて……。
キョーコは目を閉じて蓮の声に耳を澄ました。
『いや…。ご指名、ありがとうございます』
蓮はキョーコの声を訊いただけで、少しだけホッとした嬉しさにジョークが口を出た。だが同時に感じた寂しい響きに、キョーコを笑顔にもしたかった。
「ご指名? ふふ、イヤだ…。ご指名だなんて…クスクス…。それでは敦賀さんが、ホストさんみたいですね…」
今までと変わってしまった関係が、何処か2人の会話を変えていた。
キョーコから声をかけたい人は、たった1人なのに…。
『ホスト? ははは…。君にならそれもいいね…。勿論、君専属でね』
君にだけなら、たった1人…俺だけへの指名は嬉しいのに…。
「専属!? もう、相変わらず敦賀さんは、お上手ですね」
『そうでもないよ。それに…丁度ご指名頂いた、君向きの…地酒の良いのが、手に入ったところなんだ』
君に会う為の…『良いお酒』という…君との時間の理由…。
もう…そろそろそんな理由も…俺にも苦しくなってきたけど、君にはどうなんだろう?
「あら、そうなんですか? ふふふ…、嬉しい…」
キョーコはまた2人で会える口実が…約束が出来そうで、嬉しくて笑った。でも頬を伝う涙が止まった訳ではなかった。
嬉しいのに何処か寂しい……。
それは『良いお酒』という理由がなければ会えない距離…。
蓮は電話越しという耳の傍で、キョーコの妖しく笑う声が響いてドキっとした。今更と言っていいキョーコの声が、こんなに悩ましく聞こえるのには、蓮も驚いた。
『もうすぐ帰るから…。帰ったらまた…連絡するね。撮影が順調なら、今週末ぐらいにでも…夜の空いた日を知らせるから』
君に会いたい。君に触れたい。君との時間が…欲しい…。
……今君の笑った声が…寂しそうに聞こえたのは、気のせいじゃないよね?
俺も君に会いたいんだ。君と同じ時間を過ごしたいんだ。
「はい、わかりました。……お待ちしてます。ではおやすみなさい」
キョーコは涙を拭って寂しそうに笑った。
もう直ぐ会えるのに…。
『うん。おやすみ』
キョーコの耳に優しい声が最後に響いて電話を切ると、溜息が漏れた。
会える理由も『良いお酒』も…敦賀さん…探してくれていたの?
わからないけど…また涙が出てきてしまった。
この涙は…嬉しいの? 寂しいの?
敦賀さんとの距離が…わからない……。
《つづく》
小さなすれ違いが、キョコだけでなく蓮の心も揺らしてます。