魔人様<リク罠>より~酔った勢いで関係を持った蓮とキョーコ。それ以来蓮からはお酒を理由に誘いながら…さて二人は?
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ガヤガヤと人の声の絶えない事務所の中を、キョーコの目が止まり何も音が聞こえなかったのは一瞬……。
甘えたい女~もうひとつのお祝い 8
キョーコは頭ひとつ背の高い人を…いつもなら余り見かけない事務所で見付けてしまった。
誰よりも背が高くて、飛び切りの格好いい先輩。
でも誰も知らないけれど…時には夜を共にする人……。
少しだけ引き攣った笑顔になっている気がしたけど、少し早足で近付くと笑みを浮かべて先輩への挨拶をしてみた。
「敦賀さん。社さん。お久しぶりです」
キョーコはいつも通りの綺麗なお辞儀をしながら言った。
「……ん、久し振り」
蓮の間は少し困ったような笑顔にも出ていた。
だって…私達は昨夜から…今朝までベッドを共にしていたのに、それを忘れたフリで挨拶を交わしてる。
女優だもの。それぐらい出来るから、笑顔だってニッコリ出来ますよ、先輩。
「…あの…敦賀さん、私の顔に何か付いてますか?」
微かな戸惑いの顔に、おどけて後輩の顔をしてみた。
「うん、付いてるね。大きめな目と、少し生意気そうな鼻と…」
「それは私の顔です! 付いてるんじゃなくて、あるんです!」
少しふてくされてみれば、敦賀さんのいつもの顔に戻った。
「……うん、そうだね…」
あ…でもまた…変に優しいような、戸惑った顔の敦賀さんは…私も笑みが少しだけ固まってしまった。
社さんも少し首を捻った顔で…気付かれたかな?
でもそこで、「あっ!」と言って社さんがカバンから紙の束を取り出して、仕事モードに切り替えてくれてホッとした。
「これなんだけど、キョーコちゃんに渡したい仕事の資料があったんだ。この3つとも依頼のあった仕事のだから、目を通しておいて」
社さんの出した束は、それぞれクリアファイルに入れられていた。
「えっ? 3つもですか? あれ…でも…」
表紙に書いてある期間が被ってるのが、キョーコにも一目で分かった。
「そうなんだ。時期が被るのもあるから、選ばないといけないのもあるんだ。勿体ないけど絞らなきゃいけない。そういう意味でも、しっかり目を通して考えてみて」
「…はい、わかりました」
「今のキョーコちゃんだったら、自分で選べると思うから」
「はい…」
「迷ったら相談に乗るからね。暫くはコイツが忙しいから、キョーコちゃんに付いてられなくて悪いけど…」
「ふふ…はい。敦賀さんはお食事をしっかりとって下さいね。忙しいなら尚のことですよ」
「……わかりました」
敦賀さんも少しだけおどけて答えてくれた。
「この後の敦賀さん達のご予定は?」
「今、向こうで打ち合わせが終わったんだ。これから事務所を出るところ。最上さんは?」
「丁度こちらの部署に用がありまして…」
キョーコが蓮達と立ち止まった、デスクの切れ目で部署名の看板を指さした。
「そうなんだ」
「はい。では失礼します」
そう言われて、蓮達は「またね」と声を掛けて去って行った。
いつも通りにさり気なく頭を下げて…先輩への礼をして、でもそのお辞儀は少し長めで、蓮達が去って行くまで下げられたままで、ゆっくりと顔を上げた。
「まったく……。先輩が先に顔に出したら、ダメですよ…」
キョーコが小さく蓮への恨み節を呟いた。
先輩の筈の蓮が自分よりも気まずさを顔に出してしまい、キョーコの方が必死に表情を立て直していた。
そしてそんな蓮達を見送って、用事のある本当の部署にキョーコは早足で歩いて行った。
そんなキョーコの顔が少し寂しそうだったのは、去って行った2人には見えなかった。
* * * * * *
キョーコと別れた蓮と社は、エレベーター前で下りてくる箱を待った。珍しく他に人影がなかった。
「次の仕事場は…」
蓮は地下駐車場へと下りるなら、次の仕事へと頭を切り換えようとして、声に出していた。
「……あのさ、蓮」
「はい。何ですか、社さん?」
何も無かったかのように、マネージャーとのいつもの会話だと思って蓮は聞き返した。
「キョーコちゃんの引き攣った笑顔、作り笑い、固まってたり…お前が気付かない訳は無いと思うんだが?」
社の視線は、蓮を探るようにキョーコの話題を振った。
流石…社倖一という優秀な2人のマネージャーだと蓮は思いながら、キョーコの微妙な変化の原因まで探られたくなくて、気付かなかったかのような素振りを口にしていた。
「……そうでしたか? 疲れていたのでは?」
「お前…キョーコちゃんが疲れていても先輩のお前に対しての挨拶、それに……笑顔が固まったのは…記憶にないぞ…。会って直ぐの頃には、お前の怒りをかってもめてたけど、アレとは違う。お前が気付いてないとは思わなかったが? …素直なキョーコちゃんの笑顔じゃなかった」
蓮は小さく溜息を吐いて、社の言葉を簡単にかわせないと思った。
「……そうですね。最上さんは…素直ですね。良くも悪くも…」
「それも…お前もだよ! …自分の顔を見てみるか? 情けない面しやがって!」
もはやマネージャーとも違う…問い詰めるようでキョーコと蓮を心配する、自らを「お兄ちゃん」と名告る…2人にとってはマネージャー以上に心配してくれる存在だ。
隠すなら…2人とも役者なら仮面を被るようにして見えなくすればいいのに、お互いの顔を見ればたった1人の相手だからこそ零れ出てしまう本当の心に、少しだけタイミングを逃して気付いていないのか?…と社は心の中で溜息を吐いた。
蓮は何度目かの小さな溜息を吐きながら社に尋ねた。
「俺も…ですか?」
「お前もだ! それも…男の面じゃない、思春期の男の子か? 好きな女の子が引っ越しして残されちゃう男の子? ん?…いや、それよりもご主人様においてかれる仔犬だな。でかい図体して、置いて行かれるのがイヤなら追い掛けられるのに、何を迷っているんだかわからないね。『マテ』をされてる訳でもないのにな…」
社は周りを気にして、声は小さいながらも蓮にクギを刺した。
「……マテをされてる仔犬…ですか…。迷子の仔犬……ふぅ…」
蓮は自嘲気味にそう呟くと、何処か寂しげな笑みを浮かべた。
「もし、キョーコちゃんが迷ってるようなら、お前が探しに行けばいいんだよ!」
「……最上さんが…迷っているなら?」
社に言われて、蓮は誰が迷子になっているのか…社に尋ねるような目をした。
彼女だろうか? それとも俺もなのか?
「お前も男だろ? キョーコちゃんは恋愛には臆病な子なんだから、お前がキョーコちゃんに付いていく仔犬じゃなくて、お前がキョーコちゃんを迷いの中から探し出して、答えを上げるのもいいんじゃないのか?」
「答えを…俺が上げても…いいんですか?」
社の答えには、蓮は戸惑い…驚きながら尋ねた。
「本当の答えなら、キョーコちゃんも持ってるはずだ。お互いの答え合わせをしてみろ」
「答え合わせ…ですか?」
小さな子供達が学校で出された宿題の答えが、合っているのか確認しているようだと、ふっと蓮が笑った。
「恋愛初心者向きだろ? 2人とも! 正しいか、間違ってるか、迷ってるならやってみろ! 今のお前達の顔じゃあ…お互いの顔を見ていないだろ? それとも見ないフリしてるのか? 答えを見るのが怖いのか?」
「…そうですね。怖いかも知れませんね…。俺も恋には…不器用ですよ…」
ずっと…本当の心には、気付いたら仮面を被るように蓋をしていた。
『敦賀蓮』として行動する間に、身に付いてしまった防御反応。
だがそれが…今の俺が最上さんに手を伸ばす邪魔をしているのなら?
真っ直ぐすぎる社の問い掛けに、蓮はエレベーターが付くまでの数秒…目を閉じて一瞬下を向いたかと思うと、何か探すように天井を見上げた。そのせいで蓮の表情は社にも見えなかった。
「初心者なら不器用だろうな。だがお前は、キョーコちゃんに手を伸ばそうとはしてるが、キョーコちゃんはそれすら出来なくて、膝を抱えてるぐらいに、恋に臆病になってる娘だろ? 違うか?」
社が言う事は当たっているだろう。
小さく踞って、蓮の心を探しながら…でも何処かに自分の心も隠している。
蓮が探すのは……そんなキョーコの心だ…。
見ないフリなのか、手を伸ばしても振り払われたらと思うと怖いのか。気が付いたら腕の中に居て、でも次に気付いたら遠くにいる彼女に、抱き締めたままで良いのか訊く事が出来ない。
腕の中で啼いている時と違う目で、切なく泣いていると思ったら…堪らなく寂しそうな目が別れ際に一瞬見えた。その寂しさの意味が分からない。
初めての時の記憶があやふやで、でも彼女が逃げていた訳ではないことは…憶えている。
抱き締めてキスをしてきた彼女は、ちゃんと俺を見てくれていた。
それだけは憶えているのに…彼女を酒を理由に誘っても、浮かべた笑みが直ぐに切なそうになるのは何故だ?
俺に抱かれるのがイヤなら、断れば良い。
……それとも…まさか先輩だから断れないとでも?
まさか……イヤイヤ抱かれているのか?
俺はそれ程に、嫌がられているのか?
先輩に逆らえないから?
そんな事はないと思いたいのに、俺の方が君が欲しくて仕方が無くて、君への気持ちをぶつけるように腕の中に引き寄せて離せない。
お願いだから俺の方を向いてくれないか?
君が好きだから…愛しているから、君の心も欲しいんだ!
君の心が宿った身体を、強く抱き締めさせて欲しい…。
《つづく》
健気なキョコ…ヘタレの蓮様。
ヤッシーのアドバイスはいかに?