蓮はキョーコを救護室に運ぶ事が出来ると、少しだけ安堵して深い溜息を漏らした。

 

 

【リク罠】 危険な番宣

         ~ドラマ「夏のトビラ」~ 7話

 

 


 しかし運び込んだ後の蓮は、キョーコの診察に「男性は出るように!」と言われて救護室を閉め出されてしまったが仕方がない。後はキョーコの容態が悪くないことを祈った。

 

 キョーコを抱き上げて、急ぎ足で此処まで来たものの、両腕に治まってしまうその姿は…華奢で自分1人で守りたいと思ってしまう。
 誰にも渡したくない。

 

 ホントに君を支えられて良かった。間に合って良かった。倒れる程に体調が悪いのに、ケガまでしなくて良かった……。
 白くて透き通る程の肌が青白い君に驚いて足を進めたら、君の身体から力が抜けていく姿に焦ってほんの一瞬の距離を走った……。
 お陰でそのまま腕で抱き止められた。

 

 社さんに決心をして、本気の気持ちを伝えて俺を見て欲しくて…少しでも姿を見たくて、同じTV局だからと収録スタジオの出入り口で君を待っていた。
 それが功を奏して君を支えられて、他の男なんかに支えられなくて良かったとも思った。君が他の男に抱き締められなくて良かった…と思うのは、……これも……完全な独占欲…だな…。

 

 今回の番宣のワンシーンを見た時、俺の中の熱を掴まれた事は流石に言葉に出来ないけど、俺の中に君を求める気持ちが大きくなり過ぎているのは充分過ぎる程に分かった。
 だから社さんにも君への気持ちを肯定した。もう漏れる気持ちを抑えるよりも、社さんにも協力して貰えるならと思った。協力的な社さんだから、今までと大きく変わる訳ではないだろうけど、俺達の気持ちを優先しながら動いてくれやすくなる。
 俺はやっと君への気持ちを少しだけ解放して、君の心へと手を伸ばしたい。

 

 君の恋心へのトビラを…『恋なんかしない』と言って眠っているのなら、ノックして開けに行くから。
 そして俺の恋心を君の心に届けるから、俺の気持ちを受け止めて欲しい。先輩ではない敦賀蓮として、男として俺を見てくれないか…?

 


 蓮が自分の思いへと気持ちを潜らせている間に、キョーコの診察は終わったのか女性スタッフがドアを開けて出て来た。

 

「敦賀さん。京子さんは病院へ行く程ではないそうです」
「本当ですか?」
「はい。ただし、1週間のお休みと、明後日までは完全休養。強くはありませんが脱水症状もあったようですので、水分もよく摂って頑張りすぎないようにとの事でした」
「…そうですか…。良かった…」
「少し睡眠不足もあったそうですので、軽い過労の状態でしょうと。監督には医務員に一筆書いて貰えましたので、診断書を渡してきます」

 

 蓮はキョーコの診察結果を聞いて胸をなで下ろしていた。
 最低明日までは食事等以外は寝て休養し、途中で悪化するようならもう一度病院を受診するようにとキョーコは言い渡された。

 

「では私は監督にも伝えてきますので、時間がありましたら少し京子さんを見張っていてもらえますか? どうも彼女は頑張りすぎるようなので…」

 

 思ったよりキョーコの状態が良かった事で、スタッフも小さな軽口も出て緊張感は少なくなった。
 その言葉に「確かに…」と、蓮はクスッと笑ってキョーコのベッドへとカーテンを開けた。

 

「了解しました。では彼女には俺の撮影が終わるまで此処で休んでもらって俺が送りますので、監督にもそう伝えてもらえますか?」

 

「えっ!? 京子さんを送って下さるの!? あ…でもそうしてもらえますか? お二人のマネージャーさんも直ぐにいらっしゃるんですよね?」

 

 同じマネージャーが担当しているとはいえ、自ら後輩を送るという蓮の言葉が当たり前のように出る事に、スタッフは驚きながらも蓮を見た。
 蓮のキョーコを見つめる視線には…優しく愛おしさも感じられて、その任を自分が命じられても譲った方が良いと感じた。何よりキョーコも大先輩だからと緊張した様子もなく、ベッドに横たわり穏やか表情でいる。

 

「ええ。俺のスケジュール調整の加減で少し出ていたようです。俺もまだ少しは休憩があるみたいですから、マネージャーが来るまで見張っています」

 

 蓮の静かな笑みは、疲れを取る休憩中もキョーコの傍にいるのが普通だと…傍を離れる気はなさそうで、スタッフはキョーコの診断書を持って監督の元へと帰って行った。

 

「では、マネージャーが来るまで彼女の傍に居ますので」

 

 蓮が医務員に声をかけてキョーコのベッド横のイスに腰掛けると、ふむ…と何か考えているそぶりを見せた。

 

「貴方だと……ヘタに他の人に見られて噂がない方がいいわね。ここに押しかけられても面倒そうだし、カーテンをして隠れて付いててあげて。でも無理はさせないように」
「わかりました」

 

 キョーコも撮影スタッフよりも、蓮が近くに居てくれた方が安心して、その声と蓮のコロンに瞼を閉じてホッとした。

 

「それにしても、君は頑張りすぎだよ。体調を崩してまで強がったらダメじゃないか…」

 

 蓮が軽くその額をトン!…と中指で突いた。
 さっきまでその腕の中から起き上がれもしないくせに、無理をして蓮の腕を支えにしても起き上がれなくて、蓮の心まで掴まれたように辛くした。

 

「……すみません…。でも起き上がれると思ったんです…。さっきは無理でしたけど……」
「でも何回『大丈夫』って言ったかな? その時点で無理をしすぎてる」
「……はい…。ご心配をお掛けしました…」
「まぁ…頑張るのは君らしいところではあるけど、程々にね…。ドラマを作るのは役者も揃わないと出来ないからね」

 

 蓮の優しい声と同時に、キョーコの髪を蓮の手がポンポンと跳ねた。優しく愛おしい思いがキョーコにも嬉しいと感じた。

 

「君達のスタジオは空調の調子も悪くて、君の体調もそれもあるのかな?」
「え~と、暑さと空調だけでもないと思います。気になる事もあって少し眠りが…」
「それってもしかして…ドラマのあの番宣の事?」

 

 ギクッ!…として、触れたくはない話題が蓮の口から出て、キョーコはシーツを少し引き上げて目だけを出すような形で潜った。

 

「そう言えば、あのバラエティートーク番組について君から聞いてなかったけど、番宣に使ったワンシーンは何だったの? 君の色気もなかなかで驚いたけど?」

 

 蓮はさり気なく訊きたかったキョーコの謎を、番宣が気になったからと、キョーコの目の前で口にしてみた。キョーコの性格を考えれば、目の前で問われては答えてくれるだろうと、蓮は目を見て逃げられないように視線を合わせた。
 番宣としては魅惑的すぎて、躰の奥から熱を引っ張り出されてしまい、それを『色気』というシンプルな言葉にして、キョーコの魅力が日々成長している事も表現してみた。

 

「あ、あれは…殆ど…ば、番宣用です! ドラマの中で、夢の中で男の方が…その…M気で見たという…設定でですね…」
「へ~M気の男? じゃあ君はS気なんだ…」
「や、役の洋子がです! わ、私じゃありませんから~~」
「ふ~ん、洋子ちゃんっていうのか。君の役は…」

 

 キョーコの焦り具合に蓮はにっこりと…しかし似非紳士の陰も透かし見える微妙な笑みだった。
 蓮も『洋子』というキョーコの役についてはその後はドラマを録画して知ってはいた。だが素知らぬふりで訊いた方が、キョーコの本音を聞けると思って尋ねたのだ。
 キョーコは治まったはずの冷や汗が、ダラダラと流れるような錯覚を覚えた。

 

「その…洋子はS気で、共演の男の方を誘うけど、自分からは本気にならない子です。先程一緒に居た亜衣さんも、少し近いけど可愛い系の女性で…」
「ああ隣に居た…小柄な子? 顔は覚えてないけど、仲良いの?」
「彼女が『洋子』を気に入ったらしくて…一緒に居る事が多いのですが、敦賀さん…顔を見ていなかったんですか?」
「目の前で倒れた人がいたから、そちらに気を取られたからね…」
「うっ…すみません…」
 キョーコの焦る様子にクスッと蓮は笑った。
「そうすると、君はS気で誘惑の洋子ちゃんで、共演者を毎回誘ってるの?」
「いえいえ、そこまでは……。それに誘われても亜衣さんの方に誘惑される人もいますし…」
「そう…。元気になったらS気の洋子ちゃんで誘惑されてみたいね」
「め、め、滅相もない!! 敦賀さんを、ゆ、ゆ、誘惑なんて、出来ません!! と言うか、敦賀さんが誘惑する方で、誘惑される方ではないのでしょうか!!?」
「それは相手にも寄るからね?」

 

 笑みを浮かべる蓮だが、今度はうっすらと夜の帝王の光がキョーコには後光のように見えて、その光から逃げるようにシーツを大きく引き上げて顔を隠してしまった。

 

 ダメダメ…私なんかが誘惑しようとしたところで、手玉に取られてこちらが遊ばれるのがオチだから~~!! 絶対そんな危険な事をしたらダメだから~!! やったら最後、命は無いから~~!!

 

 キョーコの頭の周りでは怨キョが現れてはみたものの、夜の帝王におののいてベッドの脇に隠れて震えていた。
 自分が誘惑などという事は有り得ないと、恐る恐るシーツをそっと下げていくと、蓮が溜息と共にキョーコが思ったよりも元気そうで安心して笑みを浮かべていた。
 キョーコはその笑みにホッとすると、別のドラマの蓮があのタイミングで助けて貰えた事が不思議になり訊いてみた。

 

「あの……ところで…敦賀さんはどうしてあの場所に?」
「あの並びのスタジオで収録していたから休憩してたんだけど? 君が時々役が憑いた状態で休憩に現れるって噂も聞いたから、それも見てみたかったけどね…」

 

 皮肉も混じった言葉だが、優しい響きの声とその視線は優しくて…蓮の目元は笑っていた。

 キョーコは面白がられているのかとドキドキしてしまう。

 

「そ、それは申し訳ありませんでした…。楽しみにしていらっしゃったんでしょうか?」

 

 キョーコもそうは言ってみたものの、楽しみになんてして欲しい訳ではない。

 

「そうだね。君の憑く状態は知っているけど、洋子ちゃんの状態も見てみたかったな…」
「み、見なくていいですから~~~。敦賀さんのイジワル~~」

 

 キョーコの焦る状態も可愛くて、幾分の元気も見受けられて、蓮はクスクスと笑った。

 

「そろそろおとなしくして寝ていたらいいよ。俺の収録が終わったら送っていくから…。もうすぐ社さんも来てくれるし、俺の収録もそろそろだと思うしね」

 

 蓮はキョーコの髪を撫でて優しく言った。
 キョーコはその心地よさに瞼が落ちた。微かに香る蓮の匂いにゆっくりと眠気のベールが誘いをかけていた。

 

 敦賀さんの近くは…いつも安心できる…のよ…ね……

 

 

「すみません! 京子のマネージャーですが!」
「病人がいるから、大きな声はダメよ」

 

 社の声に、僅かな時間だが眠りに引き込まれていたキョーコの目も開いてしまった。

 

「あ、はい。すみません」
「社さん。ここです」

 

 蓮がカーテンを開けて社に手を振った。

 

「蓮、居たか! で、キョーコちゃんの容態は?」
「病院行きは免れたようです。ね、最上さん?」
「あの……ご心配をおかけしまして……」
「話せるぐらいには元気なんだ。良かった」

 

「全くです。心配ぐらいさせて欲しい。君は出来ると思ったらやってしまうから…」

 

 社の前でふっと垣間見えた2人の空気に、カーテンの中へとなんとなく入りそびれた社。蓮の心配する気持ちが以前より強く伝わってきた。

 

「そうだね。キョーコちゃんも無理はしないで。あと、お前に連絡用のスマホ持ってきた」
「ありがとうございます」

 

 救護室に来てしまった蓮には、撮影開始の連絡も入る事になっていたのだ。
 蓮が確認の為にと画面に触れると、持ってきたばかりの蓮の携帯が早々に鳴った。

 

「タイミングが凄いですね。俺の方の撮影が始まるそうです」
「ナイスタイミングか?」
「ですね。では社さん、お願いしますね。代わりに最上さんを見張っておいて下さい」

 蓮が苦笑交じりに言った中で、一番の願いが何か社にも分かった。

「見張りね。わかった、わかった」
 何の見張りだかな…。キョーコちゃんを見張ると言うより、馬の骨が現れないようにじゃないのか?
 社はそう思いながらニヤリと蓮を見た。

 

「お前は心配しないで行ってこい…って言うかだな、キョーコちゃんを心配するのはマネージャーの俺の仕事だろ?」
「お兄さんの仕事じゃないですか?」
 キョーコが幾分元気になったせいか、蓮が冗談ぼかして言った。
「ははは、そっちが近いか…」
 そして蓮が撮影に行きかけて社が呼び止めた。
「あっ! 蓮ちょっと待て。訊きたい事があるが…廊下に出よう」
 蓮はキョーコには訊かせたくなさそうなのが、社の視線でも分かる。
「俺に連絡が来たのがな…キョーコちゃんの【夏のトビラ】の三上監督だったんだが、お前とキョーコちゃんの関係や、本当のところを訊いてきたんだ」
「俺と最上さんとの?」
「キョーコちゃんを運んでくる時か倒れた時か、お前…何かやったのか?」
「最上さんが倒れた時には何もしてません。逆に焦ったせいか演じきれてはいなかったかもしれませんが…」
「そのせいか…監督の観察眼だろうな。バレてたみたいだぞ、お前の漏れた気持ちが…」

 

 蓮はそう言われて少しだけ溜息とも違う息を吐くが、目元は真剣だった。

 

「もう隠すつもりはありません。でも最上さんに負担になる事は避けたいです。程々な対応でお願い出来ますか?」
「俺だけに言ったんじゃなかったのか?」
「社さんに言った事で、少し俺の気が緩んだかも知れませんね」
「お前が…か?」
 それほどの肝っ玉か?と…社は違うだろうと呆れた顔で蓮を見た。
「今の状況では、馬の骨もですがそろそろ当人からの自覚も欲しいのですが、今は体調が先ですね。それにあまり周りが固めても彼女が息苦しいでしょうし、同じ局でのドラマ撮影では影響が出かねない。彼女の女優の芽を潰したくはありませんから…」
「当たり前だ。キョーコちゃんの仕事に影響するなら、マネージャーとしても俺が阻止するぞ。そう言う意味では、蓮にはまだ周りには公開して欲しくないな。先輩後輩の域を周りにはキープしてくれ」
「了解しました。”マネージャー兼お兄さん”」

 

 そう言って蓮は、自分の撮影に行ってしまった。
 蓮を仕事へと見送ると、苦笑しながら心の中で「お兄さんか……」と呟いた。

 

 普段そう言って…2人の距離に茶化して世話をするのも普通になっていて、マネージャーとしては良いのか悪いのかと社も思った。
 本来は、主とする芸能人がいて仕事の用向きをメインとしたサポートする役ではあるが、蓮は秘密主義の部分を自分でカバーしてしまうあまり、鉄の壁とも言われているのも耳にしている。
 そこに、最上キョーコは食事面を主としつつ蓮の懐に入り込んだ面もあるサポートをしている。当人はあまり気が付いていない…というか、信じられないのか避けているが、先日やっと蓮の本音も聞き出せて確認したが、大切すぎて中々進行していない2人の…恋に進展しそうでもう少しなのか?

 

 焦れったいよ、お兄ちゃんは……。

 

 

≪つづく≫

 

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