まじ―ん様の罠リクより

 

   知らぬは彼女ばかりの噂 2

 

 

 キョーコが盛大な溜息を事務所内で吐いていれば、実はその姿…その溜息に仕事も疎かになる事務所の男達がいることなどキョーコには知らぬことだった。

 


 本来は芸能事務所内では所属の芸能人に憧れるのはいいけど恋心は御法度なところだが、LMEに限って言えば応援する気持ちであればそれは黙認はされていた。ただし、仕事をきちっとやり遂げた上での大人としての分別のある行動をした上でだ。

 まかり間違ってその芸能人を追いかけ回す行動に出れば、応援する気持ちも仕事も失う。

 芸能人だからと恋も憧れも縛りはしないが、遣るべきことをしないで迷惑をかけるだけの存在になれば、男女を問わず、人としても応援ではなく懸想をして迷惑千万な存在でしかないと突きつけることも必要だ。

 

 キョーコの盛大な溜息も、何事があったのか気にはなっても直接心配の声をかけるわけにはいかない。

 だが、その手に持っていた封筒が目に入った者には意味がわかった。

 大役故の不安だとわかるとまだ理解できるが、他の芸能人なら嬉しさに踊り出しそうなところを、嬉しさよりも謙遜が先な京子という女優。「京子さんなら、大丈夫」と心の中で思っても、直接言えることでもない。

 

 それに、あの企画ならペアは?…と考えれば、今を時めく男であり、彼女がお似合いになってきた男とのペアが一番有力だと思えば、男達の心にも溜息が漏れた。

 

 今の芸能界であの男に勝てる男などいやしない…。
 週刊誌などが定期的に行う人気投票やお似合いのカップルとしても、上位に位置する『敦賀蓮と京子』の二人。

 

 主役としての共演こそあまりないが、同じドラマに出演すれば必ずベストショットとして、二人の仲睦まじいドラマの休憩中の姿として取り上げられるようになった。

 ドラマの役柄とは関係なく、気付けば休憩では隣り合う二人に、誰からともなくその間に割り込めることが減っていった。

 それが出来るのは空気の読めない敦賀蓮を好きなだけの女か、京子にちょっかいを出したいだけの軽い男だ。

 二人だけが出すその柔らかな空気に、不思議と弾かれるようにして、二人を邪魔する輩も減ってきた。

 


 しかしそのことには、キョーコはまだ気が付いていなかった。
 周りからふんわりと壁のようにして二人の空間を作りだしていたのは、半分以上は蓮が極力そう見せていたことだ。だがキョーコにも同じ気持ちがなければ出来ないこととして、キョーコの思いを無視したものではなかった。

 

 二人の距離は縮まっていたが、まだキョーコは気付かない。

 

 もう少し…近付いておいで……。

 

 蓮の手はキョーコへと優しく伸ばされていた。

 

 

 嬉しくもあるけれどとんでもない大役をこなせるとは思っていないキョーコの思いとは裏腹に、「PREMIUM PARTY AWARDS」への用意は確実に進んでいこうとしている。

 

 何度目になるのか分からない…大きな溜息を吐いたキョーコの携帯が、バイブの静かな着信を知らせた。

 

 カバンから取り出してみれば、名前は敦賀蓮の名前を表示していた。

 

 トクン…と、嬉しさと今回のペアについての何を告げられるか怖かった。

 

 

『こんにちは。最上さん』
「こんにちは。敦賀さん…」
『…ん? どうかした?』

 

 蓮はすぐに、キョーコの声にいつもの元気な響きがないことに気付いた。

 

「……どうかします」
『何が?』
「敦賀さんは今度の…「PREMIUM PARTY AWARDS」について、私とのペアだと聞かれましたか?」

『ああ、先程ね。楽しい企画で仕事としても嬉しいよ』
「……私如き後輩とのペアで…いいのですか? モデルでもないのに、ファッションショーというのも…」

 

 キョーコなりの不安は声からも伝わってきたが、蓮は一蹴するかのように明るい声で答えた。

 

『なんだ、そういうこと。…俺、前にも言ったよね? 出来ない人に出来るとは言わない。最上さんなら俺のペアの相手に充分適う相手だと思ってる』

「………本当に…ですか?」
『君は人が見えるのに、自分が見えないのは変わらないね…。自分の魅力を信じてもいいのに、信じてもらわないと、そろそろ俺も困るんだけどね』

「それは…どういう意味ですか?」
『ああ、ごめん。次の仕事場に行くから。また連絡するよ』
「はい。わかりました。お仕事頑張ってください」
『うん、ありがとう。また』

 

 蓮自らがかけてきた電話だったが、忙しい合間だったのか…キョーコの声を聞きたかっただけのように直ぐに切れてしまった。

 

 短い時間ではあったがキョーコの様子を知りたかったようにも感じた電話。

 蓮の言葉を思い起こすと、キョーコには蓮が隣にいても良いと言ってくれていると感じた。

 『キョーコちゃん』ではなくても、仕事の後輩としてなら傍に居てもいいのかと、少し嬉しくて少し切ない気がした。

 

「敦賀さんは優しいから…。それにお仕事には『キョーコちゃん』を連れてこられないものね。ペアのお仕事は頑張りたいな。頑張らなきゃ…。敦賀さんに呆れたりされないように、ミューズの魔法だってあるんだもの」

 

 

≪つづく≫

 

 

 昨日は読みにくかった方、申し訳ありませんでしたm(__)m

ポメラで書いてPCでアップすると、スマホ等だと行が見にくい状態でした。一度PCのメモ状態に落とすのですが、何でだろ?