ラスト1話です

 

 月の向こうへ… 4

 


 そして……キョーコの忙しくて慣れない地での女優としての

生活が始まった。
 蓮もラストが近付き、忙しくてすれ違いに近い生活になって

いく。
 そんな合間を、忙しいと言いながら二人だったり一人でも遊

びに来てしまう両親に、恋人達の甘い時間は余り得られなかっ

た。
 それでも疲れた二人は寄り添い眠るだけでも……疲れを癒す

ことが出来た。

 

 ……ただ傍にいることで癒される想い……。

 

 それでもその時間が、また二人を分ける日が近付いていった


 忙しさに紛れて……紛れ込ませて気が付かないフリをして、

近付く別れの時……。

 

「キョーコ……」

 

 優しい響きから二人を甘い夜の帳へと誘い、キョーコを乱し

……妖しく光らせて、蓮も妖しいまでの美しさでキョーコを追

いつめて愛し合った。
 もう逢えなくなる訳でもないのに、それでも激しく求め合っ

て暫しの別れを惜しんだ……。

 

「待ってるよ……。またこの腕の中に……君を抱き締めて眠れ

る日を……」
「私も……。貴方が居なくなったから演技が出来なくなった…

、なんて言われないように」

 


 蓮が日本に帰ってしまうと、忙しさで気が紛れるところはあ

っても大きな家に一人は寂しさも感じたが、蓮の両親が時折訪

れることで寂しさを紛らわすことは出来た。
 それに加え、京子がクー・ヒズリに気に入られているとなる

と、余計な馬の骨も殆ど寄って来なかった。

 二人は場所は入れ違っても、メールと今度は電話でも連絡を

取り合って、距離という溝を埋めるようにした。

 


 そして時間は矢のように過ぎ……。


 キョーコが日本の地に降り立つと、蓮はスケジュールを押し

て……多分社に無理を言ってキョーコを迎えに来た。
 フラッシュの攻勢は、交際宣言をした時よりも凄い事になっ

ていてキョーコは驚いた。

 

「れ……蓮…」

 

 キョーコのハリウッドでの成功と、敦賀蓮との交際宣言後、

日本での初の姿にフラッシュの嵐となっていた。
 そしてそこに姿を現す日本を代表する若手俳優の敦賀蓮本人

に、マイクもフラッシュも双方を撮ろうとして二手に分かれた

。しかし蓮が戸惑いの中をキョーコに近付けば、似合いのカッ

プルに溜息さえ漏れて、インタビューの声も我先にと争って向

けられた。

 

「質問等には一度にはお答え出来ませんので、社長が場を設け

ていますから、そちらでお願いします」

 

 落ち着いた蓮の言葉に、周りのマスコミもスクープを取りた

かったがそうはいかないと、仲間同士で顔を見合わせた。だが

、インタビューが取れなくとも、二人の姿だけはと…ますます

フラッシュの音が二人を取り巻いた。

 

 そして蓮は……そんなモノは目に入らないと言わんばかりの

笑みをキョーコに向け、蓮は優しく惑わすように言った。

 

「さあ、結婚式の予約でもしにいこうか? それとも婚姻届け

を先に出しに行こうか?」

 

 本気ともジョークともわからない蓮の言葉に、キョーコは困

った顔をした。
 周りのマスコミもその言葉が囁くほどであっても訊き逃さな

い。

 

「敦賀さん!! 京子さん!! お二人での会見ですね!? 色々と

、お話して頂けるんですね!?」

 

 なおも聞くマスコミに、蓮は「ええ…」とだけ短く答えると

、キョーコを宝物のように包み込んで早足で行ってしまった。
 その早さに呆気にとられたマスコミは、今まで見た敦賀蓮と

は何か違う……そんなものを感じ取った。

 


 その日の内に、LMEの社長の名前によるお知らせとして記

者会見をする時間が伝えられ、翌日は会場に入りきらないほど

のマスコミが押し掛けることとなったのは言うまでもない。
 豪華を通り越して派手な席上が用意され、『あの社長だから

…』という声もあちらこちらから聞こえた。

 

 時間になると、社長が『どこのアラブの大富豪だ?』…と言

わんばかりの姿で入って来ると、蓮はアルマンディの最新のス

ーツに溜息が会場から漏れ、すぐ後ろを付いて歩くキョーコは、

真っ白なスーツで現れた。上着の襟元は波状になっているとこ

ろにフワフワとしたレースがあしらわれ胸元深くまで入った形

で、上品ながら可愛らしい色香のある形になっていた。スカー

トの裾はチューリップの様に開き清楚なウェディング姿にも見

えるのか、色香と可愛らしさを兼ねているとの声も聞こえた。

 

「あ、あー。よし、聞こえとるな! 私はLMEの社長、ロー

リィ宝田だ。昨日帰国した京子と敦賀蓮は、アメリカの空港で

婚約宣言をしている!」

 

 ここでマスコミが、ザワッとした。
 早速本題に入ってくれるとはと喜んだのだ。

 

「それは、我がLMEとしても了解済みである。蓮がアメリカ

で婚約宣言をしたことは、マスコミを通じてファンの方々も知

る事となったが、当人達は離れた地での発表となった為に混乱

も少なかったと思うが、二人の意見もあって改めて日本での会

見を開くこととした。ここから先は、二人が話す」

 

 テーブルには既にレコーダーがセットされて、二人の言葉を

拾うべく用意されていた。
 まずは蓮が、マイクを渡されて軽く一礼をすると、キョーコ

も同じように頭を下げた。

 

「私達二人の会見に、多くの方がお集まり頂き、ありがとうご

ざいます。社長よりの説明がありましたように、交際宣言を飛

ばして婚約宣言をしました」

 

 ここで蓮が笑みを出すと、マスコミからもクスクスとした笑

いが漏れた。

 

「日本にいた頃から付き合っていましたが、アメリカで離れて

生活して……より彼女の大切さを知って、再会の喜びに……ス

トレートに結婚を申し込みました」

 

 フラッシュが一段と多くたかれ、キョーコは頬を赤らめて蓮

をチラリと見た。そんなキョーコもカメラは拾った。

 

「承諾を得ることができ、両親にも会わせることが出来ました

 

 これにはマスコミはざわついた。
 蓮の過去には情報が少なすぎて、これだけの人気がありなが

ら、昔の情報がない……謎の多い人物としても知られているの

だ。

 

「そして、この場を借りて……彼女に指輪を渡したいのですが

、いいでしょうか?」
「えっ!?」

 

 そう言ったのは直ぐ隣に腰掛けていたキョーコだ。
 空港で薬指に「予約」と言ってキスをしたが、忙しくすれ違

う日々に、共に居られることで満足して忘れていた。

 

「ご免ね。本当はアメリカでと思ったんだけど、デザインして

作って貰うのに、時間がかかってしまった……。受け取ってく

れる? キョーコ……」

 

 そんな蓮にイヤと言うはずもなく、蓮がケースから指輪を取

り出すと、キョーコは左手をそっと差し出した。
 二人の手が重なりだすと、フラッシュは目がチカチカするほ

どに瞬いた。
 キョーコの目尻からは涙が溢れ、それをそっと拭う様も絵に

なるのが敦賀蓮という男……。

 

 どこかで、「やる事までイヤミなぐらいに絵になる男だなぁ

…」というイヤミに近い呟きもあった。

 

「今後はスケジュールをみまして、式を挙げる日については後

日お知らせしますので、その事で私達二人を追いかけるのは止

めて頂けるようにお願いします」

 

 またもやざわつきが広がった。
 そこまで二人の気持ちが繋がっていたのかと思うと、若い結

婚だと思うものの祝福の拍手も起こった。

 

「では、次はキョーコに……」

 

 マイクを渡されたキョーコは少し緊張しながらも、はっきり

とした口調で話し始めた。

 

「あの……殆ど敦賀さんが言われましたので、余りお伝えする

事はないのですが、人間としても、俳優としても、敦賀蓮とい

う人を尊敬しています。この場に居られることを嬉しく思いま

す。出来るならば多くの方に祝福して頂けるような、敦賀さん

のファンの皆様にも認めて頂けるような、そんな女優としても

これからも頑張っていきたいと思います。よろしくお願いしま

す」

 

 最後には深々と頭を下げるキョーコの謙虚な姿勢に、今まで

仕事としてカメラを構えインタビューをしようとする者達まで

、キョーコの本当の姿を知らなかった者も含めて好感を持った

 

 そしてキョーコはマイクを蓮に返すと、蓮は今までキョーコ

を見つめて笑顔でいた顔が、微かな緊張を含んでカメラ達を見

た。

 

「俺達の結婚に関わる事ですので、この場を借りて一つ……発

表したい事があります……」

 

 ザワッ……
 会場がまたもや落ち着かない空気になった。
 敦賀蓮という役者の何か謎がわかるのか?…と……。

 

「……俺の本名は、……クオン・ヒズリ……と言います」
「クオン………ヒズリ!?」

 

 会場がざわめき、気付く者は驚きで目を大きくしていた。

 

「……日本では『保津周平』の名で俳優をしていた、クー・ヒ

ズリが……父親です。日本人としてはクウォーターですね……

 

 蓮は少しの気まずさを……苦笑いを浮かべるようにしてマイ

クを置いた。

 

 机の下で、蓮の手をキョーコが握っていた。
 その暖かさに勇気づけられて、蓮はこの告白をすんなり切り

抜けられた。

 

「思ったよりも、緊張したよ……。ありがとうキョーコ」

 

 キョーコは小さく首を振って答えた。
 蓮に聞いた昔の事。
 父親が大きすぎる為に飛べなかった少年は、今は……その手

さえ越えて飛び回っている。この日本と言う地で……。そして

アメリカの地にも返り咲いて、成功した。

 

 そこからは、二人の出会いから交際、結婚に関してや、蓮の

本当の父であるクー・ヒズリと……、多岐に渡る質問が飛んで

インタビューも混乱してしまうこととなった。
 それでも淡々と落ち着いて答える二人……。
 本当は繋ぎ合った手でお互いを落ち着かせていた。

 

”では、敦賀さんに質問です。もし、京子さんと喧嘩でもして

逃げてしまわれたらどう致しますか?”

 

 蓮がキョーコにベタぼれな事がわかると、少し意地悪な女性

インタビューからの質問が飛んだ。
 これにはローリィもニヤ付きながら蓮の答えを待った。

 

「キョーコが何処かに行ってしまったなら……。考えるまでも

ないことですが、何処まででも追いかけますね」

 

”それはお熱いことで……”

 

 マスコミもどっと涌いた。

 

「蓮!!」
「本当だよ。君が行くのなら……月の向こうまでも追い掛けて

行くよ……」

 

 照れるキョーコに蓮は躊躇うことなく言った。
 もう二度と離さない……。
 神が二人を分かつとしても……、死が二人を引き離そうとし

ても……、……例え神に背こうとも……、君を離すことはない

……。

 

      《 Fin 》

 

初出 2011・03・09   

 

5月のイベント本入稿の日付ですね。

イベントで本にはしましたが、年数見て「うわっ」ッと思ってしまいましたです(;^_^A光陰矢の如しはこっちの言葉ですねあせる

 

お付き合いありがとうございました。