月の向こうへ… 3

 

 

 多少素っ気ないのは照れているのだと分かると、クーもジュ

リエナも笑みを交わして息子の前向きな成長に喜んだ。

 

「蓮! お待たせしました! 先生! っと……ジュリエナさ

ん…」
「久振りだな、キョーコ! でも『先生』はないだろう? 『

父さん』じゃないのか?」
「それなら私は、『お母さん』ね!」

 

 クーこの言葉には普通に反応しかけたが、『お母さん』の言

葉には……キョーコは足を止めてしまって近付けなかった。

 

「キョーコ?」

 

 蓮が近付き顔を覗き込むと、キョーコの顔が強ばっていた。

 

「……ジュリエナ母さんは、君に逢いたいと言ってきたんだよ

? 君を愛しいと思う人だ……。俺の母だよ。……大丈夫……

 

 蓮はキョーコを優しく抱き締めると、こめかみに軽くキスし

た。
 キョーコはそっと蓮を見上げると、柔らかく微笑んだ。
 そして蓮の両親へと笑顔で近付いた。

 

「『父さん』、お久し振りです。お…『お母さん』、初めまし

て……」

 

 交互に軽い包容をすると、キョーコの緊張は解れてきた。

 

「嬉しいわ、貴女みたいなチャーミングな彼女がクオンにでき

て……。クオンを演じられたのも、クオンを理解していたから

でしょうね…。そんな女性なら、クオンを任せて安心だわ…」

 

 ジュリエナの言葉に、キョーコは嬉しいが戸惑いも感じた。

逢ったばかりでそこまで言われるのもくすぐったかった。
 頬を微かに赤らめて恥ずかしがると、蓮が横に立ちそっと腰

を引き寄せた。

 

「遠くない未来……二人にはキョーコの……本当の親になって

欲しいんだ……」
「えっ…!?」

 

 キョーコが思わず声を出した。

 

「だってそうだろ? 俺たちは婚約発表したんだよ? はっき

りした日にちはまだだけど、いずれ結婚します、って言ってる

ようなものだ。……違うかな?」

 

 キョーコは蓮の言うことは、当たり前のことだと納得はした

。恋人なのだから、いつかはあり得ることだとしても、キョー

コには『結婚』という言葉がピンとこなかった。
 ……その理由は多分……キョーコ自身の母親だ……。

 

「…キョーコ。今は深く考えなくていいよ……。俺がフラれて

別れることだってあり得ることだし……」

 

 ジョーク混じりに蓮が言うと、小さく笑ったキョーコは蓮の

優しさを感じた。
 蓮には分かってしまったのだろう……。まだ疼いてしまう…

…心の傷……。
 クーもキョーコから聞いていたことを思い出して、キョーコ

には聞こえない様にジュリエナの耳元で囁いて説明した。
 ジュリエナは微かに表情を変えたものの、変な同情は逆にキ

ョーコを傷つけると……余り変わらぬ表情でキョーコに話しか

けた。

 

「私はキョーコが気に入ったわ、一目見てね! だからもしク

オンと別れても、出入り禁止はクオンの方ね」
「はっ!? それはないでしょう、母さん……」
「それは同感だな!」

 

 クーまで同意してしまい、情けない蓮の表情を肴に笑いがそ

の場を包んだ。
 キョーコの気持ちを思って、ワザと空気を変えたのだとキョ

ーコにも分かった。

 

 ……素敵なご両親……。

 

 キョーコがそう思いながら憂いを含んだ笑みを受かべると、

クーがその笑みに気が付いて蓮に言った。

 

「クオン。着替えに行け! その間にキョーコと逢っていなか

った間の話をしているから、ゆっくりとでいいぞ!」

 

 父親とはいえ、強い口調で言われて仕方が無く蓮はその場を

後にした。
 息子の姿が見えなくなると、クーはキョーコに話しかけた。

 

「クオンはお前に心を開いているように見えるが、キョーコは

クオンに甘えているか?」
「えっ…!?」
「お前を待っている間にクオンと話をした時、クオンが昔と見

違えるように変わっているのを感じた……。昔の素直な息子に

戻っている事に……。キョーコ、お前のおかげだ。でもまだお

前の方には痼りがあるようだな…。それらも全て……クオンと

生きていくなら、互いに話し合って癒しなさい……。いいね」

 

 クーの優しい声の響きに、キョーコの目には涙が浮かんで滴

となって落ちていった。

 

「……先生……」
「違う。『父さん』だろ?」
「父さん……」
「私もお母さんよ…」

 

 ジュリエナが横から口を挟むと、キョーコは嬉しさに笑顔の

まま涙が止まらなくなってしまった。

 

「ああ……。その可愛いらしい顔を、涙で濡らさないで? 笑

顔だけにして見せてくれない? 私の娘……」

 

 キョーコはジュリエナの言葉に、涙を拭うがなかなか止まら

ない。
 ジュリエナが抱き締めて優しく涙を拭うと、キョーコの顔を

真っ直ぐに見て言った。

 

「クオンに甘えなさい……。そしてクオンを甘えさせてあげて

ね……。お互いに支え合ったり、励まし合ったり、……そうや

って前に生きていくのが人生のパートナーよ!」
「……はい……」

 

 キョーコの心の中では優しい母のジュリエナの向こうに、自

分の母親の陰が映った。
 いつまでも憑いてきた陰なのだから、少しぐらいのことで消

えるはずもない……寂しさの陰だ……。
 それでも蓮と共に歩くと決めたのなら、陰ではなく正面から

向かい合って昇華しなくてはいけない過去だ……。
 蓮には話してあることだけれど、忙しさにかまけてちゃんと

向き合っていなかった。
 日本に帰ったら、時間を作って会いに行こう……。
 これからを前向きに生きる為に……。

 

「キョーコ。二人に遊ばれていなかった? ……泣いてるの?

 

 蓮がチラリと視線を二人にやると、共に苦笑いを浮かべるし

かない。

 

「イジメた訳じゃないぞ……。可愛い子供をイジメる親が何処

にいる!! お前とちゃんとやっているか話していたら、キョー

コが泣き出してしまってだな……」
「あの、蓮! 私が勝手に泣いちゃっただけなの!! 父さん達

は悪くないの!!」

 

 キョーコも援護射撃の言葉を出して、蓮は二人を見る刺す様

な視線を止めてキョーコを見た。

 

「本当に?」
「本当よ……。二人で仲良くやりなさいって、言ってくれてい

たの。それが嬉しくて……、涙が出てきちゃって……」

 

 笑みを浮かべて涙を拭くと、キョーコは蓮の手を取って少し

だけ頭を傾げると、「もう泣いてないわよ…」と言う表情で蓮

を見上げた。

 

「わかった」
「クオンには我々の言葉よりもキョーコの言葉しか耳に入らな

いようだな、ジュリ…?」
「ホント……。クオンも私達みたいに、互いに信じ合える夫婦

になるといいわね」
「ああ……。そして私達が、キョーコの親にもなれるといいな

……」
「素敵ね……。クオンが戻って来たと思ったら、生涯のパート

ナーである…もう一人の娘も連れて来てくれたわ……」
「忙しい仕事だから、心まですれ違わないでいてくれれば大丈

夫だろうがな……。クオンはキョーコにベタ惚れだから大丈夫

だろうが…」

 

 微笑みの戻ったキョーコを誘って、蓮は両親とリビングで話

をした。
 蓮とキョーコは2ヶ月でのすれ違いで日本に戻るが、キョー

コの帰国を待ってスケジュールを組んで、結婚式を日本で挙げ

ると告げた。

 

「そんなに早く?」

 

 キョーコが思わず言葉にしてしまうと、これには三人の視線

が集まった。

 

「俺としてはこちらで挙げてもいいんだよ? でも、俺は二ヶ

月しか居られないから、その間に準備は短いだろ? それに、

キョーコは日本で式に出て欲しい人も多いだろ? だから日本

で君が帰ってくるのを待っているよ……」
「……それでも早いような……」

 

 蓮のファンが聞いたら怒り出すような、少し不安そうにキョ

ーコは言った。

 

「ねえキョーコ。俺がいつから君を待っているか知ってる? 

少しでも早く、俺だけの君になって欲しいんだ……」

 

 今更ながらの気障なセリフにキョーコは赤面した。

 

「クオンは気に入ったものは、ガンとして譲らない性格だから

な。覚悟しておけよ、キョーコ……」

 

 クーの言葉に蓮が、余計なことを…という顔をした。
 キョーコはクスッと笑うと、「知ってます」と答えた。

 

「まあ…こちらに居る間は日本ほどのマスコミ攻勢はないだろ

うが、日本からもマスコミはいるだろう。それに婚約宣言もし

たことだ。仲良くキスしてるところを見られても大丈夫だろう

!」
「それと……仲良くしているところに、お邪魔虫が居なければ

いいんですが……」
「……クオン…? お邪魔虫とは私達のことか?」

 

 口をヘの字に曲げそうな顔でクーが言うと、ジュリエナも芝

居がかった悲しそうな顔で口元に手をやった。

 

「そうやってフリをしてもダメですよ。恋人同士の時間を邪魔

しているのは本当のことですからね。『偶に』はいいですが、

『時々』はダメです」

 

 少しだけ譲歩した蓮の言い方に、二人は顔を見合わせて喜ん

だ。

 

「……あと……、俺が日本に帰った後のキョーコをお願いしま

す。日本と連絡を取っていますが、帰ったらまた忙しくてこち

らには余り来られないかもしれない……」
「またあの忙しいスケジュールになるの?」

 

 今度はキョーコが心配して言った。
 蓮はその心配を和らげるように優しく笑みを浮かべながら言

った。

 

「大丈夫……。俺の体は丈夫だからね。それに社さんという凄

腕のマネージャーもいるし……」
「でも、食事に関しては無関心もいいところじゃない!!」
「だったら……帰ってきたら、食事の管理を今まで以上にお願

いね!」

 

 それはつまり……。

 

「プ、プ、プ……」
「何度でも言うよ……プロポーズぐらい。キョーコを手に入れ

る為ならね」

 

 蓮は笑ってはいるが、似非紳士スマイルのような妖しい笑み

を浮かべた。

 

「キョーコ。こんな奴でもいいのか?」

 

 ぼそっと…クーが小さく呟いた。父親の言うセリフではない

が、キョーコの前ではクオンの今まで見たこともない顔も見せ

て、我が息子ながらキョーコがどれだけクオンを変えていった

のか……二人の結び付きの深さも見えた気がした。

 

「私も……蓮に逢えたから変われたんです。蓮のお陰で、今の

私があるんです」

 

 そう言って微笑むキョーコに、クーもジュリエナも優しい笑

みを浮かべた。
 昼食はキョーコが疲れを見せずに腕を振るい、蓮も久し振り

のキョーコの料理に箸が進んだ。
 あっと言う間に時間が過ぎ、泊まって行くと言っていた筈が

、また来るから今日は二人は帰るとキョーコと蓮に別れを告げ

た。

 

「実は明日も仕事が入ってしまったんだ。またゆっくり来るよ


「私も時間を見て来るわ……。キョーコの事ももっと知りたい

し、キョーコのお母さんにもなりたいもの……」
「……お母さん……」

 

 キョーコが目を潤ませて答えた。そしてそっとジュリエナが

キョーコを抱き締めた。
 蓮も二人の仲が悪くなるとは思わなかったが、キョーコが一

番ナイーブな部分を母がそっと包んでくれる姿には感謝した。

 

「二人共、気を付けて帰ってよ……。『偶に』…なら歓迎する

から……」

 

 蓮の言葉に両親は少し複雑な笑顔を浮かべ、キョーコは小さ

く吹き出した。

 

 

              ≪つづく≫

 

 

ミニ台風のお帰りでしょうか?(^▽^;)

あと1話です。よろしくお願いします。