贄巫女(にえひめ)                  ⑰
 
 
 
    新月の夜は…再び巡り……
 
 
    夕食もすみ、キョーコは祈りを捧げて、いつもなら焚き火を間に話をしている時間だが、二人はレンのマントを褥(しとね)にして、生まれたままの姿で互いを見つめていた。
 
 
      そっと手を重ねてみても、弾くものもなく互いの手の温かさを感じた……。二人を隔てるモノがなにもないとわかると、目を閉じて優しく唇を重ねた。
 
 
    新月のせいなのか、それともキョーコの預言なのか、天の声の刻がきたのか……。 
 
 
     二人を隔てるモノが…なにもなくなった……。
 
 
     より深く重なる唇は、思いも深く重なる証……。
 
     月明りのない夜は、お互いが触れられるほどに近づいて…やっと顔が見える距離。
     それ以外の灯りは、暫くすれば消えてしまう焚き火の柔らかな灯りだけ…。
     キョーコは自らの全てをさらすことだけでも、恥ずかしさに目が回るほどで、それでもレンの傍に……レンと刻を重ねられることが嬉しくて、レンに抱き締められることが例えようもなく幸せで…その目から想いが泪になって零れ落ちた。
  
 
「あ…あのね、レン……」
 
「なに?」
 
「わ、私……何も知らないから…教えて…ね………」
 
     恥ずかしさで顔を赤らめたキョーコの…レンを目の前にした可愛らしい告白に、レンはより愛おしくなり笑みを深めた。
    この前の新月の口付けの時でさえ…レンからの口付けの深さに、キョーコは心が翔んでしまったのをレンは覚えている。
    唇を深く重ねるだけでいっぱいだったキョーコに、これからのことはわからないことだらけだろうとレンにも想像はついていて、だからこそ『触れ合うこと』の意味を知って欲しくて…昨夜はキョーコに話をしたのだ。
 
「わかってる…。君は全て俺のモノだから、全て教えてあげる……。恥ずかしくなるぐらい…教えてあげるから…。愛してあげるから……俺だけを見てて」
 
    キョーコへの嬉しい気持ちと愛おしい思いが、このまま溢れ出てキョーコを力ずくで襲ってしまえば壊してしまいそうで、レンは愛おしい存在を見つめて落ち着こうとした。
 
「……はい…………」
 
    素直に答えるキョーコに、レンは愛おしさがよりつのる。
 
「キョーコ……かわいい…」
 
「な、なにを…言って………もう…」
 
    いままで言われたことのない言葉に、キョーコは照れてしまって返す言葉が見つからなかった。そしてキョーコはレンの首に手を回し、全てをレンに委ねた……。
 
 
 
 
 
 
 
「あっ……ん……………ぁ……レン、レン……」
「キョーコ…」
 
    誰にと聞かれることのない…二人の睦事の声……。
    キョーコの恥じらいながらも漏れてしまう声が、レンには可愛くてたまらない。
     キョーコはレンに全て委ねたといっても、わからないことや恥ずかしさにどうなって行くのか……自らの声にさえ恥ずかしさにいっぱいとなり、レンの名を呼び息が上がっていく。
 
   切ないほどに愛しくて…嬉しくて…でも恥ずかしくて…。
 
    レンの手が触れるところ、唇が触れるところに……順番に熱が灯るようで、躰中が自分のものでないような感じが、くすぐったいようで恥ずかしいような……。
    時折漏れる自分ではないような声が恥ずかしくて、耳を塞ぎたくなるのに……溶けていく意識はレンを感じるのに、愛する人を感じるのに精一杯で……。
 
    あの夜のように…深い口付けだけでキョーコの意識はとろけてしまえば、レンの与える刺激にわけもわからず甘い声が漏れる。
     理性という歯止めがあれば止めようともがくが、口付けで溶かされた思考も、初めてで何もわからなくて……キョーコはレンの与える全てを、受け止めたくて……必死で……。
 
「…あっ…………はぁ………レ、レン、レン……」
 
      キョーコはうわ言のようにレンを呼ぶ。
 
     そして、レンはできるだけ慣らしたキョーコの中へ、ひとつになろうとして…………。
 
「……ひっ…………………………!」
 
      キョーコは無意識に悲鳴に近い声をあげた。
     レンが重ねてきた想像以上の激しい痛みに…一瞬しか声にならなかったそれは、キョーコを貫いた。
     それでもキョーコのひとつになれた歓びでもあり、初めての痛みの悲鳴……。
    キョーコはレンに強くしがみつき、痛みにさえレンがくれたものだからと耐える。それでもしがみつく手に力が入れば、レンの背中にもキョーコの爪が痛みを伝えた。
 
「キョーコ…大丈夫……か?」
 
     キョーコはレンに強くしがみついていたため、レンの耳にもキョーコの声は間近に悲鳴として聞こえてきて心配になり声をかけた。
 
「…あ……レ…ン……レン………、好き……」
 
    感じるあまりの…引き裂かれるような痛みに…キョーコもはっきりとした言葉で「大丈夫」と返すことは出来ず、ただこの痛みがひとつになれた証として…愛おしい気持ちをレンに伝えたかった。
 
    いま……お互いが一番近くにいる幸せ……。
 
    レンにもキョーコの思いは伝わったのか、レンは少しの間キョーコを抱き締めたまま動かなかった。
 
 「キョーコ……愛してる……」
 
    愛おしくて……だからこそ強くその全てが欲しくて……。
 
    やがてレンはキョーコの中を動き始めた。
    レンは久しぶりの交わりに、躰と心にずれて感じた。しがみつくキョーコへの愛おしさと、キョーコの中で感じる高まりが、優しくしたいと思っても…早くもっとと急き立ててくる。
     それがキョーコだからか、愛おしいけれど…欲しくて仕方がないからなのか……。
 
    もっとキョーコを…。だが……華奢なキョーコを壊さないように……。
    それでもレンのリミッターは振り切れ寸前で、キョーコだけを見つめて……。
     時折重ねる唇は甘く吐息を奪いながら、キョーコの意識は掠れそうになる。
 
    やがてキョーコの甘い声が混じり出す頃には、キョーコもレンも…息が荒くなり、キョーコの躰を甘く甘く感じさせて、上り詰めていき……。
 
「ぁ……………ん………ふっ………ん」
 
     自分の声さえ恥ずかしくて…でもこらえ切れなくて漏れる声が、愛される歓びで…。
 
「あっ………はぁ……レン、…レン、レン!」
「キョーコ!」
 
    キョーコの腕がより強くレンにしがみつき、……そして…キョーコの中で共に感じ合い上り詰めた。
 
   まるで二人だけの世界で、二人だけの思いや悲鳴も歓びも全てを包んで、二人がひとつになれたことを歓びあって、……深く…ひとつに唇を重ねた。
 
「キョーコ……愛してる」
「私も……愛してます。レン」
 
    キョーコはレンの腕の中で、その温もりをゆっくりと感じた。
     レンの全てを受け取れて、その全てを感じとれるほどの余裕もなくて、初めてでレンに流されるままに全てを重ねて……それでもレンに愛されたことが嬉しいと思えた。
     恥ずかしさのレベルは予想以上で…でも求めてくれるレンが嬉しくて、レンとひとつに溶けていくような幸せがあった。
 
「レンと居られて…幸せ……。出逢えて……とても幸せ……」
 
「俺もだ…。心まで満たされるとは…これほど心地良いとは……知らなかった…」
 
    共に感じた幸せを、抱き締め合うことでより豊かに感じた。
    心と身体をひとつにして、二人は離れられない霊(たましい)の片割れを見つけたと思った。
 
「ずっと一緒だ……」
 
    レンはキョーコの耳もとで囁くように言うと、キョーコは頷きながらレンの胸にすり寄った。
     共にいることを……肌を重ね合って誓った。
 
 
 
 
 
     夜の逢瀬を…微かに空が明るみ始めて、終わりの刻を告げようとしてきた。
     レンも名残り惜しいが、キョーコから離れようとして最後に唇を重ねたが、昨夜からの続きとしてなのか弾かれることもなく、その唇の感触を愛おしく思いながら自らの寝所へと去ってしまった。
 
 
 
     だがその夜から…二人が全てを重ねた日から、レンの身体に変化が訪れた。
    レンが自らの寝所に戻ろうとして、キョーコの唇に自らのそれを重ねようとした時、レンは弾かれることがなくなったのだ。驚きながらもレンはもう一度キョーコの身体に触れる手を伸ばしたが、弾かれることなく触れられる事が不思議だった。
 
 
                                   ≪つづく≫
 
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