何億万分の1のホント  4

 キョーコの目が、蓮の瞳に何かを感じて不安そうに覗き込んできた。
 蓮は優しい笑みを返すと、昔キョーコが蓮にも話してくれていた事もあって、あの石と妖精のコーンのことを自分が知っていても不思議ではない状況を利用して、自分が持っていたアイオライトの特徴を思い出しながら話した。
「あの石はアイオライトと呼ばれることが多くて、不思議な性質から光の当て方で色を変えるよね。役ごとに別人のように変わっていく…キョーコに似ている」
「そんなに別人?」
 キョーコはクスッと笑って、大好きなコーンの石に似ていると言われたことが嬉しくて優しく笑った。
「まだ演技も覚えていなかったあの時から、驚かされてばかりだった。でもその驚きに、知らない間に心が惹かれていたんだろうな…」
 それは「リンドウ」の時。出会って…再会して間もない頃のことは、今は懐かしく思える二人。

「蓮も本物の宝石として声をかけられたのね」
「君も何千万分の一の本物として、スカウトにも見つけられた」
「何千万分の一?」
「LMEのタレントの数。まだ養成所にいる人間も含めれば、億に近い宝石の中で…輝く宝石。芸能人としてのトップの一人だということ」
「トップ!? それはないわよ! 私如き…」
 キョーコの唇の前に蓮は指を差し出して言葉を止めた。
「年齢は若くても、君は十分に頂点のブロックにいるトップの一人だ。やっと言わなくなった”私如き”という言葉も、全ての意味で卒業だ」
「私は…貴方に近付けたの? 貴方にいつか追い付くことが目標だった。貴方の隣に居てもいい存在に、貴方と対等の演技が出来ることが目標だった。敦賀蓮の隣で霞むことのない本物の役者に…」
 真剣なキョーコの目に、蓮も見つめ返して、それからやっと柔らかく微笑んだ。
「君が別の目標を持っていた時から、その目標が俺にだけ向いてくれることを待っていたよ。俺以外の男を見て欲しくなかったからね」
 そっとキョーコを引き寄せると蓮は軽い口付けを贈った。
「それって、アイツのこと?」
 今はただの幼なじみとして見ることが出来る相手になったが、今も不破尚という歌手として、派手なパフォーマンスもルックスも、自分の持ち味として活躍する存在だ。
「君の最初の芸能界の目標だっただろ? でも自分を作る目標になり、その間に俺との演技をする目標になってくれていたのを知って、嬉しかった……」

 蓮にとっても…何億分の一の確率で出会えたキョーコとの出会いと再会。
 京都の人も少ない河原で出会った子供の頃も、十年近い年月が経ってからの京都という場所を離れ、その上に芸能界という特殊な世界で出会った時、お互いの姿も変わっていたのに、最初はいがみ合いながらも存在を認め、実力を認めたからこそ先輩と後輩として仲良くもなれた。

 君は俺の中で、この世界中でたった一人の本物の宝石だ。アイオライトでもダイヤモンドでもない、君という宝石はまだ輝いていくのだろう。
 だからもう誰の手にも届かないように、公にしたくてたまらないんだけど、君は自分の魅力にはホントに気が付かないんだからね…。

 そして蓮はLMEのスカウトが、その直属のボスに当たるのがあの社長なんだから…と、その特異性を分かりやすく説明した。
「俺も最初はスカウトの存在は知らなかった。仕事を始めたけど直ぐに売れるわけもなくて、街中を歩くと声をかけられてもよくわからないスカウトも多かった。少し変装しても声をかけられるようになって、18歳になれば車の免許も取れて行動しやすいと思っても、こればかりはスキップして取ることも出来ない。そんな事を思って街中を歩いていた時にLMEのスカウトに声をかけられたんだ」

 まだ自分で車を所有出来なかった頃、タクシー移動で車を降りた時だっだ。
 身長だけでも周りから抜きん出て目立つ上に、その顔立ちでスカウトの目が止まらない方がおかしいくらいだ。
まだアルマンディにも所属しておらず、怪しい事務所やLMEのスカウトにも声をかけられた。
 仕事らしい仕事もない時期に、TVでの顔出しも数える程だった頃には、陰もありながらその輝きが勝るその美貌を、スカウトの目には宝の輝きに見えたのだろうか。何度も声をかけられた。
 それも顔を隠すようにしてコートの襟を立てて帽子をかぶってさえ、隠そうとした光が隙間から漏れるのを見逃さぬハンターの様に…。

 キョーコには、蓮ならどんな格好でいたとしても、その醸し出す空気や風貌でスカウトの声がかかることは簡単に想像できた。
 だが18歳にならなければ車の免許が取れないことが当たり前でないという言い方や、「スキップ」という言葉に蓮を見つめていた。
「あの…スキップって…」
「ああ、日本では余り無い制度だけど、学校によっては学力テストで認められれば数年上の学年に飛び級できる制度のこと」
「あぁ、そのスキップですか。そうすると、向こうでは蓮もスキップして上の学年で勉強してたの?」
 蓮はキョーコにクオンであることは話していたが、余り詳しい話をしていたわけではない。それに日本に来た時の年齢はもとより、その時の状況は未だに話せないでいる最後の難関だ。
「少しだけね。ただ日本語は少しは話せたけどマスターしていなかったから、日本に来てから本格的に勉強したけどね。耳で直に聞いて覚える方がしっかり入るからね」
 蓮の言葉にキョーコは納得して頷いた。
「そうね。蓮は目の前で丸ごと覚えることが出来るタイプだから、吸収力が凄くて驚くもの…。頭が良いって証拠ね。だとすると、免許を取れる年齢になる前から運転が出来たの?」
 キョーコが試しに蓮に聞いてみた。
「そうだね。こちらに来る前に殆ど出来たと思う。ただ国によって運転免許の基準も違うから、国際ドライバーの免許があったとしても、日本の基準と違うから運転は出来ないだろうけど。だからって乗り回してないよ。家の敷地とかで練習して、あとは人の少ない夜中に少し」
「やっぱり不良…」
 ボソッとキョーコが呟いた。
「不良? なに、それ?」
 蓮には聞き覚えのない言葉に、キョーコに聞き返した。
「ん…悪い少年…かな?」
 キョーコははっきりと当てはまる言葉を思いつかず、大まかな意味で蓮に答えた。
「悪い…そうだね。少なくとも良い少年じゃなかったな」
 蓮の瞳が寂しそうに傷を写すと、キョーコの笑みも沈んだものになった。
「その…無理に答えなくてもいいから」
「無理じゃないよ」
「私は…蓮がゆっくり話してくれるのを、待ってるから大丈夫…」
「……キョーコ」
「無理に全部話してくれなくていい。辛いことなら、蓮の気持ちの整理が出来てからでいいの。大切なことなら無理をしないで欲しいの。蓮の心の準備が出来たら、その時に教えて…」
 恋人が抱えていることを、相談に乗ることは簡単だが結論を出して話してくれることを待ってくれるキョーコ。
 一緒に時を過ごすには知らなければならない大切なことを、無理に聞き出すことなく待ってくれるキョーコという存在は、蓮にとってはたまらなく愛しい人となっていた。
 恋人が持つ秘密の扉を、無理にこじ開けて見てみたいと思う好奇心よりも、その秘密の中にある傷に気づいたら抱きしめる優しさを持った恋人だ。

「……その…ね……。蓮は…その……私を恋人として……愛してくれない…の?」
 真っ赤な顔をしたキョーコが、精一杯の勇気で問いかけると、蓮は自分の不甲斐なさに首を振ってからキョーコを抱き締めた。
 キョーコを大事にしたいという気持ちで誤魔化して、過去の贖罪や伝えるべきことを先延ばしにしてきたせいで、キョーコを恋人として愛することまで先延ばしにして、キョーコに不安を感じさせていたなら、恋人として失格だ。

                《つづく》

……なんてところで切るんだ?…言われそう…(;^_^A
でも期待しないでね (←何を?)