道化師と詐欺師 4

「…そう…ですね。私は蓮さんのファンから、『こんな女の子と?』って言われないように、女性としても、女優としても、成長出来たらいいって、思ってます」
 いつものキョーコの、謙遜して自分の魅力を過小評価する言葉がでると、蓮はキョーコを抱きしめながら言った。
「君は充分に魅力的だよ。空っぽだと言った君の中には、隠れた魅力がいっぱいあった。そしてますます魅力的になった。これ以上は馬の骨を増産しないでくれると嬉しいけど、仕事をする以上は難しいかな?」
 蓮が愛しさと、キョーコの魅力故のライバルを増やすことは、仕方がないと半分諦めていた。
 キョーコは演技をする楽しさに、自分の空白を埋めて自分を作り出すことをバネにして大きく成長した。少女から大人の女性へ、そして女優としても演技派の本物として、監督達の目は注がれていた。
「私はそんなに魅力がある芸能人ではないですから、安心して下さい」
「それが君の買い被りと言うヤツだ。役者としても魅力のない人に、監督は主役を指名しない。それに、俺は魅力のない女性を好きになった覚えはないから」
「…だって、蓼食う虫も好きずきとか…」
 尚もあらがうキョーコに、蓮は苦笑しながら言った。
「俺はキョーコの優しくて、一生懸命で、役者としても頑張って輝く姿が好きなんだ。いい加減に、謙遜し過ぎも止めた方がいいよ。相手にとっても失礼になりかねないよ」
「そんな事はないと…」
「君の実力は、みんな知っている。君の礼儀正しい挨拶は勿論あった方がいい。でも小さくなり過ぎたら、本物だと認めてもらえなくなる」
 キョーコにはまだ納得とまではいかなかったが、蓮の教えてくれる事が自分の為にならない訳はないと「…はい」と頷いた。
 そして「大丈夫でしょうか…」と、キョーコは続けた。
「何が?」
「…分かる人にはバレてしまうと言われると、共演中にバレないか心配に…」
 そんな心配そうな表情も可愛いと、蓮は苦笑しながら言った。
「その時はその時だよ。俺は知られてもかまわない。キョーコが困らなければいいだけだ」
「まだ私の心の準備は出来ていません!」
 もしそうなったらと、キョーコの頭の中ではパニックを起こし掛けているようだった。
「それならもう暫くは、今まで通りに仲の良い先輩後輩で、力を合わせて良いドラマを作り上げていこう。仕事中はね」
「仕事中は?」
 蓮が最後に言ったことに、意味が隠されているようでキョーコは訊いた。
「終わったら恋人だよ。勿論ね…」
 蓮の愛おしい笑みに、キョーコは言葉も無く頷いて頬を染めた。

 そしてデート中とは言え、共演する仕事が気になってキョーコは台本をめくった。
「まだ読んでなかったの?」
「楽屋に来る直前に貰って急いで来たので、まだ読んでなくって…」
「急いで来てくれて、嬉しいよ」
 キョーコが自分の元へと急いで来てくれる姿を想像して、蓮も嬉しくてたまらなかった。

 そしてメインキャストの紹介ページを見て、キョーコは思わず声を上げた。
「つ…蓮さんが結婚詐欺師!?」
「そう。で、君はその詐欺師のターゲットとなる女性で、詐欺師も最初は騙すつもりが、本気で愛する事になって…と話は進むんだ」
「…蓮さん、地で演じれませんか?」
 ジョーク無しのキョーコの言葉に、蓮は小さく溜息を吐いた。
「……社さんにも言われたよ」
 ぷっと吹き出すキョーコに、蓮は「昔誰かさんにも言われたからね」、とキョーコを見た。
「私…ですか?」
 少し間をおいて思い出そうとするキョーコに、蓮はヒントを出した。
「バレンタイン、ワインゼリー」
「あっ!」
 キョーコには最悪に始まり、でも甘い棘の刺さった日でもあった。そして今なら、蓮への消し去ることの出来ない思いの、本当のスタートとなった日とも言えた。

「あの素敵なグラスはまだ持ってる?」
「勿論です。ワイングラスは、大切に持ってます。だって、クイーンローザのグラスで、それに……実は、グラスはペアなんです」
 赤くなるキョーコだが、蓮は笑みを浮かべて、「それならあの時も、一緒に持ってくれば良かったのに」と言った。
「いえ、それではバレンタインのお返しではないじゃないですか…。それに揮発しているとは言っても、ワイン入りですし」
 キョーコは未成年だったからと言うが、アルコールの飛んだゼリーなら、何か言われることもないのに、そう考えるところがキョーコらしい。
「だったら、今度は堂々と二人分作ってきて、一緒に食べよう。それとも、俺のマンションの夕食の時にデザートにして食べてもいいね」
「わかりました。今度は二人分作ってきますね」

 そしてドラマ収録は始まり、順調な滑り出しで収録されていった。
 蓮の結婚詐欺師は、大きな仕事の合間には小さな詐欺もしたが、蓮の低く響く声を耳元で囁かれた女優は、本気で骨抜きにされていく様は、監督も笑みを隠せなかった。
 そしてキョーコも、根が素直で天然な処が役とマッチして、詐欺を仕掛ける蓮を振り回すシーンは、カットがかかってから爆笑となり、シーンの確認でも監督までが大きく笑っていた。
「京子君、最高の笑いのシーンになったぞ」
 そう言われてしまったが、キョーコは台本通りに普通に演じただけなのにここまで笑いをとってしまうのは、何処か不機嫌な気持ちにもなった。
 シーン的には「二人のチグハグなやり取りが笑いをとる」と同時に、「気持ちを近づける」のだから、視聴者にも笑いがあればOKなのだ。でも監督にもあそこまで笑われるのは、演技が良かったと思えばいいのか、変ではなかったのかと思うのか複雑だった。
「京子さん。今の君の演技が良かったから監督まで笑ってるんだ。複雑な顔をしない」
「…敦賀さん、本当ですか?」
 気持ちを見抜かれて、仕事中は敦賀先輩として、キョーコは訊いた。
「騙したり切なかったりするシーンの中で、二人が出会った時は楽しかったし、男の方が振り回されて、どちらが詐欺師かわからない出会いなら楽しいだろ?」
「確かにそうですね。敦賀さんの詐欺師が自然すぎるくらい合ってますから、少しぐらいはそんなシーンも良いですね」
「…自然すぎるって、京子さん…」
 二人の会話を訊いていた監督が、後ろで吹き出した。
 そして蓮はキョーコの言葉にうなだれていた。
「流石の敦賀君も、後輩の京子君には形無しだな!」
 二人の息もぴったりだと、監督もその息の合う意味に気付きながらも、このドラマを良いものにしたいと思った。

                《つづく》

詐欺師連様が好調なのか、天然キョコが可愛いのかどっち?(^▽^;)