167続き妄想…? 2
蓮の様子がおかしいと、キョーコには感じてならない。そしてせめて…食事をとって休んでもらいたいと思った。
蓮の耳に届いたキョーコの優しい声が、心にも響いた。
時計を見ると8時前。
蓮は救急車で運ばれて、いくつかの検査で何人もの医者に質問や検査をされた。
普段は健康を自負しているだけに、病院にはどんな科があるのかと思う程、目立たないようにではあるがたらい回しにされた感じだった。
そのせいで、幾分の疲労間はあるものの、いつものように空腹間はない。
「いえ、お疲れでしたら…」
失礼します…。そう言いかけたキョーコに、蓮は心の中で、「待ってくれ!」と叫んだ。
「出来たら……お願いできる?」
言葉になって出てきた蓮の声は、静かだった。
「……はい。では、今から伺います。今はお家にいらっしゃるんですか?」
雑音の聞こえない状態に、キョーコは蓮が家に居るかどうかを確認した。
「ああ、今帰ってきて、ちょっと冷蔵庫から水を出してきたんだ。それで、テーブルに置いていた携帯に気が付くのが遅れてね…。出遅れてしまったんだ」
「そうだったんですか……」
蓮が携帯に気付かずに出なかった理由が分かって、キョーコはホッとした。
蓮はキョーコに言い訳のように説明した。
『それと、アンケートの形で取らせて頂いた中に、食欲が無いとのことですが、生活上に問題はありませんか?』
『これと言っては…』
『敦賀さんの体格、そしてお仕事から言って、支障がでても不思議ではありませんよ。人間の三大欲と言われる中で、食欲も大変大切です。食によって得られるエネルギーは、体を動かす原点です。忙しさに偶に疎かになることや、病気などでの食欲減退は仕方のないことですが、体がエネルギーを欲しない状態は、生きる気力がないとも取れます』
『それはないです。忙しい時は、栄養食的なもので補ったりもしています』
『それは、きちっとした食事としては、補助にすぎません。美味しいと感じ、その食事で満たされる心もあります。食事を楽しく、心から美味しいと感じたとき、人間にだけある…満たされるものがあります。これは、宇宙食という特殊な形の食事でも、食事を楽しめるようにしている、人間という食を楽しむことの出来る我々だけに与えられた、心を満たす食欲に付随するものです』
医者の言葉は、蓮の心が「生きることを切望していない」可能性があるとまで踏み込んできた。
「クオンの闇」の中でも感じた、朽ちてもいいと思う気持ち……。社長に導かれるまで、あの時も生きることを放棄しかけていた。
だが、新しい環境で別人になり、目指すモノを見つけた時…クオン・ヒズリではない人生で、俺が本当に生きたかった自分を目指してみた。
がむしゃらにだが、俺は目標と共に新しい俺を見た気がしていた。
それが『敦賀蓮』という役者。
だが、俺には祖国に戻る目標があり、越えるべき目標、クー・ヒズリーという父が居る。だから俺は、大切な人は作らず、甘えず、役者としての道を突き進んだ。
そこに彼女が、最上キョーコという女の子が現れて、俺は、恋をすること、作らないはずの大切な気持ちを……知ってしまった。
俺は『自分のために』生きていいのか?
クオンを忘れたように過ごしてきたこの数年。敦賀蓮として生きてきた時間の中で、見つけてしまった「大切な存在」と共に歩くチャンスを、彼女へと伸ばしてもいいのか?
思考が渦巻き、混乱をする蓮には、余裕がなさすぎた。
でもキョーコという存在が、救いであることは、痛いほどわかっていた。
少しだけ……傍にいてくれるかい……。
携帯を通した声の優しい響き……。
手を包んでくれた、暖かな温もり…。
いつからか忘れていた、安らぎを感じる暖かな心を包まれる感触…。
「では、買い物をして、四十分ぐらいで伺います」
「四十分? 近くまで来ているの?」
驚いて蓮が聞いた。
買い物をする時間と、家に来る時間。単純に考えてもマンションの近くでなければ無理だ。
「……あの…、マンションの近くのスーパーまで…」
蓮は溜息でその声を聞いた。
朝の格好からいくと、いつものピンクつなぎ。そして、最近はナツとして、別人にも見えるが未緒よりは素に近い顔もする。
「あの……敦賀さん?」
「君の軽率な行動に、呆れているだけだ…」
「軽率? 何処がですが?」
「数日前の、ダークムーンの最終回の番宣に出ていただろ? あの時のことを、忘れたの?」
「いえ…」
《つづく》