一応5名のフォロワーさんがいてもらってありがとうございます笑

日記的な要素が主のブログですが、少人数でも誰かにこのブログを見ていただき、且つコメントまで頂き感謝しかありません。


僕なりに前回からの続きを書きたいと思います。

中学生に入り、より一層暴力性を増しました。

僕が入学した中学は、代々とんでもないぐらい荒れている中学で、入学した時=つい1ヶ月前まで小学生だった僕には衝撃的でした。


正門で恐らく20人ぐらい中3の先輩達は全員カラフルな髪でスカじゃんを着てたばこを吸っている。僕はこの当時中1でまず思ったのは

(この人達はなんなんだ?)

当然怖かったですし、衝撃的でした。


僕はというとこの先輩達の事を言えたたちではないんですが、小6で髪を染め、調子に乗って中1で完全生意気な感じでした笑


ただ、サッカーだけは真面目にやっていて

僕の住んでる都道府県で1、2を争うクラブチームで本気でプロを目指していましたし、41年生きてきて何一つ自慢出来ることはない人生でしたが、唯一サッカーだけはとんでもないぐらい上手かったと自負しております。


前回のブログでも書いたとおり親父の母に対するDVと僕に対するDV(僕がグレそうになってたから、それを抑制するため親父なりの鉄拳制裁だったのかもしれませんが=今思えば)、は中学でどんどん酷くなり、もう僕の家庭はメチャクチャでした。


結果、僕は最高峰のサッカーをしながら

どんどんどんどんいわゆるヤンチャな世界(今では死語ですが笑)にいってしまいました。


中2の夏に親父が転勤単身赴任で某地方都市に行ってから、今までの親父に対する鬱憤をはらすかごとく

金髪ピアス連打

とにかく他校との喧嘩


中3で初めて先輩に教わって、バイクを乗ったあの爽快感。

当時暴走族をやってた先輩に誘われて無免許訳車

の車でのドライブ(ワケがある車を当時は訳車と言ったんです笑)

当たり前に15歳のクソガキの僕がそんな生活をして、生意気に生きていたら、同じ区の先輩や知らない先輩にヤキが入る毎日。


どんどん人生がおかしくなりました笑


そして、極めつけはあれは中3の夏なのかな?


親父が単身赴任時、1ヶ月に1回帰って来るタイミングの時、また母親にDVをしていた。

何百回も見た光景だからほっといたんだが、

ちょっと様子がおかしいぐらいの暴力

流石に僕はキレた

親父を飛び膝蹴りを喰らわせて、(流石にこの時期になると親父との暴力の争いは負けるはずもなかった)

唸ってたと思うが、いきなり親父がムクッと起き上がりマンションの玄関を開けて階段猛ダッシュで降りていった。


俺の隣で泣いてる母親

俺は心の中で「なんなのよこいつら」

と思っていた時、まさかの警察官約10人がうちに雪崩れ込んできた。

ちょっと長くなったので、また次回に書きます笑