ここ最近、自閉の二男は毎日を一生懸命に生きてるな…とすごく感じる

もちろん今までも生き辛さを抱えながらも一生懸命生きてきてる…

でも、どうして意欲の違いを感じるのか…


それは、やはり、はっきりとした 「夢」 があるから。。

少し前の記事と被るんだけど…


バイクの免許がとれる年齢の18歳になることで期待が膨らんで、取りたい気持ちに拍車がかかってる

でも、周りの誰もが「難しい」と言う
誰に聞いても「取れるよ!」と言ってくれない

「なんで??

「苦手なことが多すぎるから…」

「取れるかも…」なんて曖昧な返事は残酷だと思ってる
だって、900CCの大型の自動二輪なんて…
やはりどんなに考えても親としては可哀想だけどムリと思う

事故すれば、自分だけでなく他人様を巻き込む可能性もある
とっさの判断力も…対応も今の段階では難しい…

知的より自閉度はかなり重いと言われてる…


でも、ここ最近の息子は「苦手を減らしたい!
と言いながら見ていて 切なくなるほど頑張ってる

苦手な病院にも行き、苦手な見通しの立たない待ち時間をひたすら静かに座って待っていた

ヘルパーさんとドライブに出かけた時、知ってる人に出会っても耳を塞がず目も閉じず…
「僕は笑うよ!
と言って笑顔を作ってガマンしていた。。

運動会の練習では、いつも見つけると逃げてしまうほど苦手な子が近くにいても 動揺せず座っていたと先生が言われてた

朝の日直の係になってても、いつもは「誰かかわって下さい」と言ってしなかったのに…
今日は、「やります!」と言って、ハキハキと司会をこなしていたらしい…


「免許をとるために苦手を減らしたい!

その一心でおそらく相当ムリをしながら毎日頑張ってる…

自分が好き好んでパニックになる訳でもないし、誰かをわざと困らせたくて 問題をおこしてるわけではない…


困った子ではない

困っている子…なんだもの…


でも、今の息子を見ていて最近思うのは…

この子はもしかしたらいつか免許取れるかもしれない…

というひょっとしたらいつか……という

淡い淡い思い…



ゼロではないな…


綺麗事みたいだけど

「夢」を持つ事って、人をこんなに頑張らせるエネルギーになるんだなって感じる…

苦手を克服しようとしている息子を見ていて、その本気の意気込みを身近で感じる…

生まれつき感覚的に苦手なことを克服することは…

想像するに…

例えば私が嫌いな…窓ガラスを硬いものでこする時の「キィィィィーーーーーーッ」という…あの不快極まりない音の中、ひたすら耐えなくてはいけないような…?

そんな感じなの?

お化け屋敷に入って、絶対に驚いたらダメ…みたいな?

そんな感じ?




違うのかもしれないけど…すごいな…しんどいな…



そのひたむきな頑張りは、もしかしたらいつか奇跡を起こさせるかも…


「出来ないかもしれない」…が、「やってみる」…になってる二男…

ムリしないでね…


「夢」を持った二男……今日18歳…



今は二男だけでなく「家族の夢」にもなってきたよ…

夢を持つのは自由なんだもん…


いつか叶うといいね


そう思おうクローバー