私は次男に「世界一好き、」「一番好き」と言っています。

一方で、ゆうじのところに行けるのならば、次男をおいて死ぬこともいとわないと思っています。

両方とも本当の気持ちです。

うまく表現できないけれど、天国のゆうじと地上のしんじへの愛情のベクトルが違うような気がします。

だから矛盾するような感情も両立するのかもしれません。

 

先日、疲労のあまりぼーっとゆうじの遺影を見ながら固まっていました。

傍らで自分の積み木作品を見て欲しくて「ママーママー」と叫ぶ2歳4ヵ月の次男。

「ママね、ゆうじに会いたいんだ。」

とつぶやくと、自分のアゴを指さして「俺、俺!」の仕草をしています。

「自分を見て!」なのか、「俺がいるじゃん!」なのかは不明ですが、少し心が和らぎました。

「ゆうじのことも抱っこしたいんだ。」

と言ったとたん、積み木を蹴散らして両手を広げて抱きついてきた次男。

 

どんな気持ちで抱きついてきたのだろう…。

男前な優しさが育っているからだろうか?

自分だけを見て欲しくて?

プラスとマイナスの思考が入り乱れました。

心の成長にマイナス面を刻まぬように子育てしなくてはな、と思っていますが、ゆうじを想って泣いてしまったり落ちてしまったりは少なくなくあることで、起きている次男が目撃することもあるわけです。

 

レインボーベビーを子育てしている先輩天使ママのブログ更新が止まるのはよくありました。

ゆうじを失った直後は「悲しみが浄化したからかなぁ」と想像していました。

なんのことはない。子育ての忙しさが尋常じゃなくなるからだったのだと、今はわかります。

だから、他家のレインボーベビーがどのように育っているのか、私にはわかりません。

次男の前で泣いてしまうたびに「またやっちまった・・・」と思うのです。

ごまかすためと自分の心ために「ぎゅーさせて」と頼みます。

ゆうじと同じ匂いの次男。

ゆうじのぬくもりを思い出したいから・・・と言う邪心があるのに、嫌がらずに首に手をまわしてくれます。

時々背中をポンポンとしてくれます。

 

自然に出てくる言葉。

「ありがとう、しんじ。大好きだよ。」

 

ああ、だからなのかな…。

「ぎゅーさせて」を言わなかったのに抱きついてくれたのは。

ひとまずは良い意味で「成長」と考えることにしようかな…。

 

そう言えば。

絵本の中の観覧車。

一つ一つ指さして「パパ、ママ、(アゴを指差して『俺』)、じい、ばあ」。

観覧車のどれを占有するか?ということなのだろうけれど、最後に遺影も指差してくれるのです。

とても自然に。

 

これは、ゆうじ

 

ちゃんとカウントしてくれることに、じーんとします。

 

ありがとう 

 

 

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