全ては自分に教えてくれるために、
起きていることばかりである。


嫌いな人も、
嫌な出来事も、
全ては自分のために起きている。


そうだとしたなら、
私は自分にゆるい人が大嫌い。
にも意味があるという事。




なぜ自分にゆるい人が嫌いかというと、

私自身が自分を甘やかせてはいけないと
無意識のうちに決めていたからです。


幼い頃から親に迷惑かけないように、
自分がしっかりしなきゃいけない。


そう思い込んでしました。



幼い頃の私はいつも苦しそうな母親に
何もしてあげられなくて、
自分が無力に感じていました。

早く自立がしたかったし、
幼い頃から自分のできることは自分で
やるのが当たり前だと、
甘えることも、
頼ることも、
弱音を吐くことも
全ていけないことだと我慢していました。


そして、
自分のやりたいことよりも、
自分が早く自立できるように、
手に職をつけ、
やりたくない仕事をし、
不満をためてばかりいたように思います。


不満に感じていたのは、
自分に嘘をついてばかりいたからです。




やるのが当たり前と
自分の常識にとらわれて、
自分にゆるくする事を許していなかった。


なのに
惹かれて結婚した夫は、
メチャクチャ自分にゆるい人でしたポーン


自分のやりたいことのために勉強したり、
自営業をやり始めて、
なかなか軌道に乗らなくても、

「成功するから大丈夫。」
と根拠は本人の自信だけ

生活費はどうするの?
もっと責任持ちなよ。
どこからその自信がわくの?
親にいつまでも甘えていないでよ。
やりたいことはわかるけど、
現実はそんなに甘くないよ。
と不安や不満ばかりで、

そんな夫が全く理解できないことばかりでした

人に頼ることも、
甘えることも、
親に助けてもらうことも、
全てが当たり前の夫。

私がしてはいけないと思っていることを、
当たり前のように意図も簡単にやり、
いつも夫から
「気にし過ぎだって」と私が言われる


イヤイヤあなたが甘えてるだけだからチーン


私はそんな夫が段々とあり得ない人
感じるようになっていました…



※   ※    ※

前回の心の講義でね、
嫌いな人の嫌いな部分は
自分の観念が隠れてる部分と聞き、
ゆっくり考えてみました。


そしたらね、

本当は私がゆるくなりたかったんだ…

って気づいちゃったポーン

全てしてはいけないと無理して我慢していた
部分でした。

やりたいことをやりたかった。
甘えたかった。
頼りたかった。
それでも大丈夫だって、
根拠もない自信が欲しかったんだって

全てを夫は持ってたポーン


嫌いな部分は、
自分らしさを取り戻すために、
自分が本当は許していく部分であること。

あったあった!



無意識の部分に気づけた瞬間でした。



以前は夫は絶対おかしい…から
理解できなくて当たり前で
不満に感じるのも夫かそうさせるからだと
人のせいにしてばかりいたけど、
ただ自分の思い込みがそうさせただけでした。


全ては私が気づくために起きている。



夫を選んだ理由もこれに気づくためだった
のかもしれませんウインク


〇〇してはいけない。
〇〇すべきではない。
この観念は手放さなきゃいけない。


多過ぎたから苦しかったんだって
納得笑い泣き


気づかせてくれて、
ありがとうと夫に感謝デレデレ


最後まで読んでいただきありがとうございました。