*今回は長文となりました*
きっかけは何だったのだろう・・・。
戦争映画やテレビのドキュメンタリーなどを見るにつれて、
「特攻に関係する施設を見学してみたい」という思いが強くなった。
「特攻」と言えば「知覧特攻平和会館」なのだけれど、
遠いのでなかなか行けそうにない。(鹿児島県知覧町)
「NNドキュメント」で茨城県にも関連施設があることを知った。
「そこに行ってみたい」と思っていた。
7月の終わりに「予科練平和記念館」を訪問。(茨城県阿見町)
「予科練」とは14歳半17歳までの
選抜された若者が搭乗員としての訓練を受ける場所。
館内は予科練の制服「七つボタン」にちなんで7つのテーマに分かれて展示。
順路通りに部屋に入り丁寧に見学。
予科練生の制服や寝ていたハンモック。家族に宛てた手紙や遺書。
敗戦が色濃くなる頃には訓練期間が短くなったり、航空特攻や水中特攻、
未実行だがテロリストのように体に爆弾を巻き付けて・・・という作戦までもが。
訪れる前に他の方のブログを読んだり「あの花が咲く丘で、また君と逢えたら。」
「俺は、君のためにこそ死ににいく」の映画を観たりした。
その中で見た映像とイメージが被り、思ったほど気持ちが沈むことはなかった。
敗戦国ゆえの理由なのだろうか・・・・映像や写真や物の少なさを残念に思う。
見学して一番印象に残ったのは「特攻」前に家族に宛てた手紙(遺書)。
長文でしたためたもの。簡潔にしたためたもの。
特に後者の「戦死した知らせが届いたら、お赤飯で祝って欲しい」という遺書。
読みながら「大切な息子が亡くなって、祝う親などいるはずがないよ!」と。涙。
戦後81年経ち、その当時のことを知っている世代が少なくなりつつある。
学校教育でも戦争について深く教えることはない。大勢の尊い命が犠牲になって
今の平和が存在することを知らずにいる若い人も多いと思う。
「あの花が咲く丘で・」の恋愛も交えた戦争映画はそのきっかけになったと思う。
この映画で主人公の百合が「予科練平和記念館」の見学をするシーンがあった。
その影響で「予科練平和記念館」を訪れる人が増えたとのこと。
7日から続編の「あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。」が封切りされた。
この映画を観て、過去の戦争に関心を持つ人がまた増えてくれたら・・・と思う。
*館内は撮影禁止なので写真はパンフからのコピーです。
*外に展示されているゼロ戦の模型です。
追記:ロビーに写真家の土門拳さんが30代の時に土浦海軍航空隊に泊まり撮影した
写真が数枚飾られてました。(戦後、写真のほとんどが焼却されたので当時を
知る貴重な証拠写真)バリカンで髪を剃るあどけなさの残る少年の笑顔が
今も目に焼き付いてます。
追記:この頃は体調不良で眩暈に苦しみ、腰痛に苦しんで。腰痛を押しての訪問
でした。片道4時間の車移動。見学は1時間越えでほとんど立ちっぱなし。
真剣に見てたら痛みが薄れたような。苦笑。無事に見学できたことに感謝!





