(小説)異・世界革命Ⅱ 空港反対闘争で死んだ過激派は異世界で革命戦争を始める 03 | 北のりゆき☭遊撃インターネットのブログと小説

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 王宮親衛隊第四中隊は、強くなった。強いが、実戦経験がないのがレオンの悩みのタネだった。

 

 そんな時に、カムロのリーダーに任命したクロカンが、よい話を持ってきた。ちなみに副リーダーはボンタとハサマで、後にカムロはそれぞれをリーダーにした『Z』『C』『SY』の三つの組織に分かれる。
 貴族家の四男、五男や妾の子などは、そのままではどこにも行き所のない者が多かった。傷のジルベールや赤ドレスのジュリエット第四王女なども、元はといえばそんな身の上だ。そんな連中は、大変な努力して王宮親衛隊に合格したり、そこまで才能がなくても王都庁などの役所や王都警備隊に勤めるのが普通だ。
 そんな努力もできない不良貴族子弟連中は、グレた。愚連隊となって群れ、王都中を暴れまわっていた。愚連隊のやり口は、焼き畑農法だった。ちょっと繁盛している店に押しかけて言いがかりをつけ、居合わせた客をぶん殴って叩き出し、酒を飲みながら剣や木刀で店のあらゆるものをぶち壊すのが手始めで、従業員の女の子を輪姦するところを囲んで見物して囃し立て、「ガキができたら困るだろ」などと何度も腹を蹴り子供を産めない体にしてしまったり、顔が気に入らないとかで店主を滅多打ちにして殺したりする。店のカネを洗いざらい奪い、「文句があるならゲスドウ侯爵家に来い」などと言い捨てて去っていく。もちろん文句をいってもどうにもならない。今度はゲスドウ侯爵家のお抱え騎士が乗り込んできて白刃を突きつけ、「騒ぎにしたら殺す」などと脅かされるのが関の山だ。
 警察である王都警備隊も、貴族実家の持つ権力を振り回す愚連隊には、とても手が出せなかった。あまりにもひどい殺人者を何人か逮捕した王都警備隊の隊長は、解任されてしまった。骨のある人物が大好きなレオンは、その隊長を王宮親衛隊の法務部に入隊させようと関係各所と折衝をしているところだ。
 愚連隊がたむろしている近くを通りかかり、意味もなく袋叩きにされ半殺しにされた王都民が百人以上。殺された者もいくらでもいる。『下民狩り』とか称し、真っ昼間の公道で後ろから突然斬られて殺され、財布を奪われた者さえいた。
 愚連隊は、悪いことなら放火以外はなんでもやっていた。いや、面白半分で、放火もやっていたかもしれない。泣きわめく若い母親から奪った赤ん坊を、度胸試しに焚き火に投げ込み、焼いて食ったという噂さえあった。若い母親も、自分の子を食った連中に犯され殺されたという。
 不良貴族子弟の愚連隊は、王都の民衆の鼻つまみ者で、恐怖と憎しみの的だった。
 ⋯⋯こんなやつら、殺しちゃっていいよね!


 よーし、いい訓練になるぞぉ~。まずはカムロに愚連隊の実態を探らせた。
 愚連隊は、十歳の少女でも強姦するようなゲス連中なので、女の子は後方支援や連絡係にした。過激派用語で偵察や情報収集活動を『レポ』と呼ぶ。男子には、このレポの任務を担わせる。
「いいか。これは訓練だ。命を張って社会をひっくり返す本番は、これからだ。それまで怪我をするな。敵に見つかったら、全てを放棄してすぐ逃げろ。捕まったら抵抗せず、殺されることのないように立ち回れ。尋問されたら、全て喋ってよい。常に二名以上で行動し、相棒が捕まったら、最速の方法で戻ってオレに報告しろ。直ちに部隊を編成し、斬り込んで奪還する。レポに出る前に、必ずオレと副長のジルベールの所在を確認しておくこと」
 カムロは、予想以上に有能だった。数日で愚連隊のアジトや構成員の情報が集約された。愚連隊は、大きいのは五集団あって棲み分けたり抗争したりしている。どの集団も大量殺人水準の悪事に手を染めている。どいつもこいつも快楽殺人者で、強姦魔の極悪人ぞろいだ。こんな異常な集団が発生するのは、『ファルールの地獄』の遺産なのかもしれない。
 もとよりレオンは、愚連隊を全部ぶっ潰すつもりだった。しかし、理由もなく殺し回るわけにはいかない。犯行現場で愚連隊が剣を抜いた場合にだけ、斬ることが許される。侯爵のメカケのガキがいるとかいう情報は、どうせ殺すつもりだし戦闘にはどうでもいいので無視した。しかし念のため国王には、ジュスティーヌを通して愚連隊の犯罪行為に関する報告書と、王宮親衛隊第四中隊による愚連隊せん滅作戦計画書を提出した。数日待ったが国王から返事は無かった。制止されなかったので、承認されたと考えることにした。
 現行犯でないと後々始末が面倒くさい。最近活発に悪事を働いている愚連隊にカムロを張りつかせ、血の気の多い親衛隊騎士と一緒にワクワクしながら待った。


 人間のクズのような愚連隊のやつらでも、悪いコトは、暗くなってからするらしい。夕方五時頃、カムロから親衛隊宿舎にレポが入った。
 愚連隊どもが、武装してアジトを出た。敵数は三十二人。やつらお得意の、ゆすりと強姦と押し込み強盗をするつもりだ。敵があまり弱いと訓練にならないので、こっちの数を少なくすることにした。主力の斬り込み隊が十名。逃げられて取りこぼしがないように裏口と表口に十名ずつ。合計三十名で出撃する。
 第四中隊の百五十名全員が、出撃したがっている。斬り込み隊には、技量よりも人を斬る経験をしたら伸びると見た者を中心に選んだ。表と裏口組も、人を斬ったら強くなりそうな者が中心だ。
「集合っ! 聴けっ! 愚連隊どもが、悪事に動き出した。罪状は、殺人、傷害、強盗、強姦といったところだ。我が第四中隊は、直ちに出撃し、これを粉砕する。敵に容赦するな。必ずトドメを刺せ。命乞いは無視しろ。目標は総せん滅。一人でも剣を抜いたら皆殺しだ。屋内での戦闘になる。七分以内に完全武装し、集合っ!」
 十五分ごとにレポから連絡がくる。愚連隊は、中流階級地域の商店を狙っているらしい。距離を詰めるために部隊を移動させる。完全武装の親衛隊騎士が三十名。参加できず見学する平服に剣をぶち込んだ騎士が百二十名。こんな集団が、目を血走らせ殺気をみなぎらせて赤い軍旗を先頭に無言で行進するのだから、おそろしく目立った。
 やがて、愚連隊が居酒屋に入って暴れ始めたとレポが入る。花売り娘に化けた美少女カムロのローザが、その場所まで先導する。居酒屋近くで部隊は一旦停止し、敵数と地形を最終確認。全員に周知する。⋯⋯問題なしっ。では突入だ。まず、裏口担当部隊が走っていく。雰囲気が、ちょっと忠臣蔵の討ち入りに似ている。

 選ばれた九人の騎士を引き連れたレオンは、入口まで歩いていった。背後では表口を固める部隊が走って散開する。入口で下っ端ゴロツキが、なにやら見張りをしていた。抜き身の剣をチラチラさせて威嚇してるつもりでいる。馬鹿だ。レオンが目の前に立ったら、体をクネクネさせながら凄んできた。
「おー、なんだオメー⋯⋯」
 バシュ───────────ッ!
 得意の居合いで、腹から胸まで斜め袈裟に斬り上げた。この斬り方は、派手に血が噴き出て景気がいい。ちゃんと死ぬように、返す刀で喉を薙いでやった。ヒョ────────ッ と音をたてて、死体が転がる。
 すぐさま扉を蹴り破って屋内に突入する。棚から叩き落とされて割れた大量の酒壷と、袋叩きにされて半死半生の店員が数人転がっている。三人ほどの女店員が、裸に剥かれ四つん這いにされ、踏んづけられたり蹴られたりして、なぶられていた。
「おう、親衛隊第四中隊だ。降伏するか剣を抜くか、好きな方を選びなっ!」
 さっき見張りを斬り捨てた脇差しを、愚連隊に向け勢いよく振ってやった。ピピピピッと、連中のツラに血が飛び散った。
「やろう、ぶっ殺してやる!」
 数人が抜いたが、ゴロツキ愚連隊のくせに半数以上は、おびえて戸惑っている。
「どうした? ほれ、全員抜けよ。訓練にならないだろーがっ。ふふ⋯、一人でも抜いたからには、降伏は認めない。抜かなかったら、斬られて死ぬだけだぞ。ふっふっふっ⋯」
 剣を抜くこともできずガタガタふるえている腰抜けの近くに寄って、刺身包丁を七十センチに伸ばして肉厚にしたような脇差しの白刃を脳天に叩きつけた。頭が二つに割れ、顎まで刃が届いた。床に脳をブチまける。ひっくり返ってゴキブリのように数秒ジタバタしてから、こいつは死んだ。
「親衛隊第四中隊、レオン・ド・マルクス中佐が、貴様らをせん滅する。おら、抵抗しろ。どうせ皆殺しだっ! ⋯次はおまえの番だ!」
 今度は、なぶり者にしていた女店員の周りにたかっていたクズどもに向けて、脇差しを振ってやった。剣にこびりついた脳と血が飛び散って、ピチピチとクズどもの顔面に当たる。ようやく愚連隊の全員が剣を抜いた。よぉーし!
「かかれっ! 一人も生かして帰すなっ!」
 後ろで今か今かと待っていた九人の親衛隊騎士が、凄まじい勢いで襲いかかった。人数比は一対三だが、敵が弱すぎて相手にならない。戦闘は、敵を包囲して絶滅する『せん滅戦』の典型になった。とはいっても突入部隊の手が足りず、数人が裏口から逃亡した。そいつらは、ぬかりなく配置していた裏口担当部隊に、アッという間にナマスに切り刻まれた。
 入口に血だらけ死体が転がっている。店内から戦闘音と悲鳴や叫び声が響く。当たり前だが、野次馬が集まってきた。


 よしよし、第四中隊の強いところを、よーく見せてやるぜぇ。王都中にウワサを広げてくれい。
 実戦訓練なのだから、なるべくオレは手を出さずに見ている。部下たちは、危なげなく斬りまくる。何人かの敵が、腰を抜かして尻餅をつきふるえていた。そいつらの襟を掴んで引きずり、外に放り出した。地面に這いつくばってるところを、表口部隊が突進してメチャメチャに斬り刻む。王都民の憎悪の的である愚連隊が退治されていると知った野次馬大衆は、歓声を上げ拍手喝采だー!
 戦闘は、十分足らずで終わった。敵は三十二人全員死亡。居酒屋は血の海になった。血で足を滑らせて尻餅をつき酒壷の破片で手を切ったのが、味方の唯一の被害だ。愚連隊の死体は、持って帰っても邪魔なので、王都民の評判になるように並べて路上に放置することにした。
 念のため戦場を回って死体の数を数え、敵の全滅を確認。凱歌を上げた。
「よくやった! 親衛隊第四中隊っ!」
「うお──────────っ! 親衛隊第四中隊っ!」
 プロの軍隊にゴロツキ愚連隊が勝てるはずもないが、それにしても一方的に勝った。王都民の人気もあがった。もっと愚連隊を打倒して、第四中隊を鍛えなければ!
 赤地に鎌とハンマーをあしらったソ連国旗みたいな軍旗を先頭に、第四中隊は、親衛隊宿舎まで軍歌を唱和しながら凱旋する。
 

  ←ソ連スターリン主義党のマーク

 

 ソ連国旗だとハンマーの頭が左側にあるが、第四中隊の軍旗は右側になる。革命的共産主義者であるトロツキストの鎌鎚旗は、スターリン主義党と逆なのだ。ハンマーの柄の部分に4の文字を加えた第四インターナショナルのマークを借用した。第四中隊なので、ちょうどよい。

♪起て! 飢えたる者よ 今ぞ日は近し
♪さめよ我がはらから あかつきは来ぬ
♪暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて
♪海をへだてつ我ら かいな結びゆく

♪いざ闘わん いざ ふるい立て いざ
♪あぁ! インターナショナル 我らがもの
♪いざ闘わん いざ ふるい立て いざ
♪あぁ! インターナショナル 我らがもの

♪聞け! 我らが雄たけび 天地とどろきて
♪かばね越ゆる我が旗 行く手を守る
♪圧制の壁破りて 固き我がかいな
♪今ぞ高く掲げん 我が勝利の旗 

 親衛隊第四中隊の軍歌に化けた革命歌『インターナショナル』をガナりながら野次馬の人だかりの中を行進し、親衛隊宿舎に到着した。
 興奮して武勇伝を語り合っている騎士たちに一時間ほど付き合い、居候している王宮三階に戻った。部屋に入るとジュスティーヌが、セレンティアではもう深夜なのに寝ないで待っている。アリーヌも主人の話し相手をしていたようだ。他の侍女たちはもう寝ているのに、侍女のカガミである。
 侍女のカガミは、オレの顔を見るなり心底嫌そうな顔をした。
「血だらけですわっ。野良犬でも斬ったのですか? もう! なんて野蛮なっ!」
 仕事で戦ってきたのに、心外だ。
「戦闘だ。二人ばかり叩き斬った」
 ガタッとジュスティーヌが立ち上がり、駆け寄ってきた。
「あなたっ、お怪我はありませんか?」
「ないない、弱くてお話にならなかった。侯爵のメカケのガキとかいうやつを、ぶっ殺してやったわ。わはははははっ!」
 ジュスティーヌとアリーヌが、顔を見合わせ暗い表情になった。(この人は、また面倒事を⋯⋯)。
 とにかく真っ赤に血まみれのレオンを、どうにかしなければならない。
「お風呂にお入り下さいな。あなたは、血だらけなのですから」
 レオンが、パシッとジュスティーヌの腕を掴んだ。
「一緒に入ろう。フフ⋯。人を殺すと気分が高ぶるなぁ」
 ジュスティーヌが、ポッと頬を染めた。それを見たアリーヌは⋯⋯もうあきらめていた。でも、こんな男に姫様が惑わされるのを見るのは、くやしい。
「それではっ、わたくしはっ、お休みさせてっ、いただきますわっ」
 部屋から出ていってしまった。本当は、侍女が入浴の仕度をしなければならないのに。
「あー、待てよ。当番カムロを呼んでくれ」
 アリーヌは、また心から嫌そうにレオンに振り向いた。
「はい、承知しました。⋯人殺しに子供を使うのですかっ?」

 王宮と親衛隊宿舎に、連絡係の当番カムロを置いている。とりわけ見た目のよい者を選び、普段は王宮の下働きという名目だ。働き者で気が利くので、侍女や女官にも評判がよい。寝ていたはずだが、数分で飛んできた。
「クロカン、ボンタ、ハサマ、ローザに伝達せよ。逃げやがる前に、愚連隊どもを追撃する。カムロは、十時までに攻撃対象とする愚連隊アジトを選定せよ。続いてレポ活動に移行。レポとは別に、攻撃の口実とする犯罪事実の証拠を押さえよ。十五時までに資料をそろえ最終報告を行え。目標選定後、レポは二十分ごとに状況を報告すること。攻撃開始予定時刻は、十七時とする」
 それなりの額の特別活動費を渡した。愚連隊に仲間を殺されたり、虐げられてきた元浮浪児は、目を輝かせて孤児院に駆けていった。

 王都民は拍手喝采でも、不良セガレを殺された貴族どもからは非難轟々だろうとレオンは、予想していた。ところが非難の声は、全くといってよいほど上がらなかった。
 一門の者がケガレ役人の警備隊ごときに逮捕されるなど、家名に傷がつく。仕方なく鼻つまみの犯罪者でも、圧力をかけて釈放させた。しかし、これからもどんな迷惑をかけてくるかわからない。貴族家に一生寄生するつもりの厄介者に対する本心は、「どこかに消えろ。死んでくれ」だった。なので「殺されてくれてありがたい」くらいが、多くの貴族どもの本音だった。
 事件に関わりのない貴族たちも、愚連隊に迷惑をかけられた平民の知人はいくらもいた。愚連隊など貴族の面汚しだと嫌っていたので、特に苦情はなかった。
 あんなクズとはいえ、貴族が平民づれの警備隊に逮捕されるのは階級意識的にどうにも不快だった。しかし、貴族エリート集団の王宮親衛隊に斬られるのなら、むしろ誉れだろう。
 国王は、ジュスティーヌから上げられた愚連隊に関する報告書を読み、足元の王都で不良貴族子弟の暴力団がはびこっていることを知り、今まであまりにも平民の暮らしに無頓着であったことを省みていた。レオンの「国とは、民あってこそ成り立つものでございましょう」という皮肉めいた言葉が思い出された。温厚とはいえ専制君主である国王に対して、へつらわず直言してくるレオンの存在は貴重だった。贅沢をせず荒事を好み、宮廷政治に関心を持たないレオンの性格は、好ましい。
 朝一番で国王に、レオン率いる王宮親衛隊第四中隊が、愚連隊三十二人を皆殺しにしたという報告が入った。さすがに驚いたが良いとも悪いともいわず、黙って国王は執務を始めた。貴族どもの反応を伺っていたのだ。
 意外にも王宮の貴族たちは、愚連隊せん滅に好意的だった。やがてレオンから、昨日の愚連隊討伐の報告書が上がってきた。まるで本当の戦争みたいに、「武装した愚連隊に対し、さらなる追撃を加える」などと書かれている。国王は、なにも言わずレオンの自由にさせることにした。

 夜明けとともに起床ラッパが鳴り、宿舎の親衛隊騎士が起きだしてきた。ただちに第四中隊の騎士たちは、集会場に集められた。レオンが演説を始めた。
「昨日はよくやった。だがこの程度で終わりではないっ! 第四中隊は、愚連隊に対しさらに追撃を加える。本日十五時より作戦行動を開始。十七時より戦闘を開始する予定だ。緊急時以外は、隊舎を離れないこと。以上。よく休んで英気を養え」
 うおぉぉ─────────────っ!!!

 親衛隊騎士は、大喜びだ。見学や留守番だった連中は、本当に人を斬った同僚がうらやましくてたまらなかった。今度こそ人を斬れるかもしれない!
 十時前に、カムロリーダーのクロカンとボンタが来た。本来の所属は騎馬隊なのだが、参謀幕僚としてジルベール大尉も作戦会議に加えた。ボンタが説明する。
「このブラックデュークという愚連隊が、一番大きくて強力です。総数は約百人。アジトに毎日九十人ほどが集まっています」
 レオンが鼻で笑う。
「デューク? ふんっ。公爵のドラ息子でも混じってるのか?」
「はい。ルイワール公爵家が後ろ盾で、ルイワール公爵のセガレが御輿に担がれています。今までは、だれも手を出せませんでした。⋯今までは⋯⋯」
 クックックックックックッ⋯⋯。そこにいる全員が笑い出した。悪い顔をしている。
 親衛隊は、軍と警察の両方の権能を持つ。一応ケーサツなので法律には従いたい。幕僚が言い出した。
「だが、犯罪の証拠を掴まないと踏み込めないな」
「女を監禁して性奴隷にしています。女の数は、三人から五人」
 さらって、犯して、弱ったら殺して。定期的に女を入れ替えてるんだろう。悲惨なだけで、色気は微塵も感じない。
「間違いないか?」
「複数の目撃者がいますし、昨日の夜もアジトから複数の女の悲鳴や叫び声が聞こえました。アジトにはそれ以外にも、死体や盗品が山になっているはずです」
 ブラックデューク愚連隊の殺人を目撃した者だけで、三十人は下らない。この目撃証言だけでも、後はどうにでもなりそうだ。
「アジトに火をつけて、逃げてくるやつを片っ端から斬るってのは⋯、女と証拠が焼けちまうな」
 レオンのアイデアは、常に荒っぽい。地図を見ながらジルベール大尉がつぶやいた。
「敵が剣を抜かないと、斬れないんですよね。面倒だな」
 面白そうにレオンが言った。
「よし。じゃあ、女をダシにしてオレがひと芝居打とう。アジトの目の前で女が襲われる。愚連隊が出てきたら、挑発する⋯。マリアンヌとキャトウを呼べ」
 マリアンヌは、タヌキ系の丸顔でたれ目気味の優しげな美人。胸がデカい。キャトウは、シャム猫を思わせるシュッとした猫美人だ。まるでタイプは違うが仲は良く、二人とも侍女としては最高位の一級で王宮王家付きだ。こんな美人は、街中ではなかなか見かけない。マリアンヌは渋々、キャトウは面白そうな顔をしてやってきた。
 レオンが、嬉しそうな顔をしている。
「幕僚諸君! 今回の作戦で、オトリになる二人だ。強いぞ。マリアンヌは、ルーマ巡礼の時にオレの毒殺をたくらんだ」
 マリアンヌは、飛び上がった。
「ちがっ! あれは違いますわ。命令があるかもで⋯⋯その、仕方なかったんです。ううっ」
「なにが違うんだよぉ。オレの様子をうかがう目つきったらなかったぜ。腹が立って殺しそうになっちまった。ははは⋯」
 たしかに命令とはいえ、毒殺はひどい。マリアンヌは、うつむいてしまった。
「それに強いぞぉ。投げ剣で暗殺団を二人も始末している。なあ、マリアンヌ?」
「ううう⋯うう。だって、あれは、あれは⋯⋯」
 顔を真っ赤にして、プルプルふるえている。
「二人殺したくらいで、ビクビクすんな! 立派じゃないかよ! こいつの王宮一級侍女は、仮の姿だ。正体は、王族守護の武装保安員だ。暗殺もできる」
「もおぉぉ! どうして話すんですか? 極秘事項ですわ」
「オレの幕僚なら大丈夫だよ。で、キャトウも同類。こいつは、状況判断に優れている。オレを監禁して見張ってた時だったかな、押さえ込んで腕をへし折ってやろうとしたら、自分で肩関節を外して逃げやがった。蹴り飛ばしたら気絶したフリなんかしやがってよぉ。おまえは、トカゲか?」
「アハッ、アハッ、アハハハハ! なーにいってんですかー。やだなーもー」
 笑ってごまかすキャトウ。この二人は、性格も対照的だった。
「おまえらには、愚連隊をおびき出すオトリをやってもらう。危なくなったら、例の暗器で殺っちまっていいぞ」
「お断りしますわ。わたくしの任務は、ジュスティーヌ様のお世話と守護ですもの」
「そーです。そうなんですよー。お断りですー」
「あぁ、保安部に話を通し、正式に命令として下達させる。⋯下がれ。十三時に出頭せよっ!」
 とりつく島もない。二人は侍女から保安要員モードに切り替わった。
「はっ!」
「はいっ!」
 そして再び侍女モードに戻った二人は、嫌そ~に引き上げていった。

 意外にもレオンは、作戦立案の段階では、極めて民主的だった。有能な幕僚を集めて自由に意見を述べさせて議論を尽くし、集合知を結集させて、最終的に作戦を組み立てる。ただし戦闘が始まると独裁者になった。
 過激派出身のレオンが少人数のゲリラ戦を得意とすると思ったら、真逆だった。どうしても機動隊の精鋭部隊の壁を破れず、特殊編成した部隊による無理に無理を重ねたゲリラ戦を取らざる得なかった開港阻止闘争は、自分が死んだこともあって苦い記憶だ。
 レオンは、物量で圧倒し数倍の戦力をぶつけて敵を撃破する戦法と後方でのゲリラ活動を組み合わせ、さらに敵地を焼け野原にする焦土作戦を好んだ。過激派のゲリラ活動に仇敵であった機動隊の戦術とアメリカ軍の戦法を合体させたのだ。軍隊を強くする以上に、そのような戦略を可能とする国力を育てることが、これからのレオンの目標になる。
 レオンの元人格である過激派の新東嶺風は、戦争を将棋のような知恵較べや技術とみる孫子ではなく、ドイツ観念哲学の論理で書かれたクラウゼヴィッツの『戦争論』に傾倒していた。「戦争は政治の延長」という有名な命題を踏まえながらも、『せん滅戦』『絶対戦争』という概念に見られる軍事力の行使を極限まで高めて敵を打倒し政治的にも勝利をおさめる「暴力の行使の貫徹による敵に対する自己の意志の強制」を志向していた。要するに「暴力で敵を打ち倒せば後はなんとでもなる」なのだ。いかにも過激派のレオンらしい。
 レオンは、親衛隊第四中隊の騎士を、文字通り一人ずつ舐めるようにして育てていた。剣技では、この世界の達人レベルに達した者が何人もいた。学では、騎士たちに最も強い影響を与えたのは哲学だったが、実学でも一部は微積分まで達していた。『外』の水準と比較すれば、この集団のレベルは、ずば抜けていた。
 親衛隊騎士は、貴族子弟の集まりだ。強いコネ=政治力がある。なによりも隊長のレオンが国王の娘婿である。しかし、レオンは、元々過激派なので政治力以上に軍事力=暴力を重視していた。殺人にまで至る暴力の行使には、物量とともに戦意と経験が決定的な意味を持つ。人を斬ると強くなるという事実は、技術以上に人を殺すことで精神面での枷が外れることが大きいのだろう。ならば、強くするために親衛隊騎士に実戦と殺人を経験させよう。
 これが『愚連隊狩り』である。実際に人を殺せる軍事演習など、他にない。しかもターゲットは、権力をカサに弱い者をいたぶり殺すようなクズ中のクズだ。念のために書いておくと、レオンは、たとえ相手が『人間のクズ』でなくても、『敵』ならば打ち倒すことにためらいはない。

 謀略家のクロカン、行動派のボンタ、テロ志向のハサマといったカムロリーダーが交代で現れ、ブラックデュークの動向を報告してきた。
 昨夜の居酒屋の愚連隊全滅事件は衝撃だったらしく、敵はさかんにアジトから出たり入ったりしている。
「やつらが緊急召集をかけました。暗くなる前に全員がアジトに集まるはずです」
「緊急召集? 連中はなにをするんだ?」
「幹部が集まっています。会議でしょう。方針が決まったら下っ端を集めて組織固めの集会ですかね」
「『過激派』みたいだ。どこもやることはかわんねぇなぁ」

 十五時になった。親衛隊第四中隊の騎士たちは、完全武装でやる気満々だ。レオンが、作戦の説明と演説を始めた。
「予定通り十七時より戦闘を開始する。敵は、二階建ての非常に広い廃屋敷をアジトにしている。中がどうなっているか、詳細には分からん。同時期に建てられた似たような建物を参考に図面をつくった。よーく見ておけ。地下室に女が何人か監禁されている。別働隊を編成して救出する。志願者はいるか?」
 シ──────────────ン

「ん? 人助けより、人殺しがしたいか? なぶり者にされてるくらいだから、けっこうカワイイだろうし、たぶん裸だぞ」
 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!

 エリート貴族子弟からなる親衛隊騎士も、ずいぶんガラが悪くなった。レオンを含めて連中には、女の子に対する同情の念や人命優先などといった殊勝な気持ちは、カケラも無い。
「敵数は、約九十だ。敵地が戦場になる。突入部隊は六十名。二階が一班、一階が二班、地下室が三班。それぞれ二十名ずつだ。敵は特定の階に集中している可能性が高い。その場合は、早急に救援に向かうこと。昨日よりはるかに戦域が広いので注意しろ。廃屋敷の外周の前後左右に、部隊を配置する。アジトから逃げてくるやつは斬れ。一人も逃がすなよ。敵が人質をとった場合は、交渉は無用だ。躊躇せず斬れ。人質の安否を顧慮する必要はない。ゲス貴族のツテで罪を逃れようとしやがるので、敵の降伏は認めない。捕虜をつくるな。最後に敵アジトに火を放つ⋯可能性も考慮している。火が出たり撤退の合図があったら、ただちに引くこと。生きている味方は、絶対に置いていくな。死んでいる場合も、できる限り死体を回収すること。焼けちまうからな」
 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!

 親衛隊騎士は、若くて血の気が多い。危険であればあるほど志気が上がる。この平和な時代に殺し合いの本物の戦闘ができるなんて、隊長には感謝しかない!
 十六時に、例のカマ・トンカチマークの赤い軍旗を先頭に部隊が出撃した。
 当然だが昨日の事件は、王都民の話題の的になっていた。鬼のように強いマルクス中佐の第四中隊がまた出てきたので、大勢の野次馬がガヤガヤと後をついてくる。十六時半に策源地に到達。カムロより最終報告を受ける。全て予定通りだ。三十分で部隊が配置についた。


 百人以上は住めそうな廃屋敷の前庭に、若い女が二人逃げ込んできた。商家の娘風の装いだが、顔つきは⋯なんだか⋯侍女みたいだ。剣を差した熊に似た男が追いかけてくる。廃屋の玄関先で女が二人とも、ベシャッところんだ。哀しいほどに大根役者である。レオンは、二人を見比べて、マリアンヌに馬乗りになった。「よっこらせっと」。
「どーして、見比べてからマリアンヌさんを選ぶんですかー!」
「キャトウは、胸が無いからなぁ」
「まぁ、いやらしいですわ! そんなふうに見てらしたんですね! いやらしいっ!」
 声が漏れ聞こえてくる。隠れて見ている突入部隊は、気が気ではない。隊長が斬られたら、えらいことだ。
「へっへっへっへっへっへっ。タヌキみたいカワイイ顔しやがってよう。ウヒヒヒヒヒ!」
 えーと、えいっ。モミ!
 ギャ───────────────ッ!

「マリアンヌに、なにすんですかー! このエロ伯爵っ!」
 キック! キック! キック! キック! キック!
「いて、いて、いててっ! 演技っ! 演技だってのに! 作戦だって言ったろ!」
 今度はキャトウの足を掴んで尻餅をつかせ、のしかかった。
「へっへっへっへっ。小生意気なツラしやがって。よく見りゃ、カワイイじゃねえか。ウヒヒヒ、乳だって⋯」
 えーと⋯⋯。
「⋯おまえ、無いなぁ」
「ひっどーい!」
「あんまりですわ。キャトウは、立派な女性ですっ! もう降りてください」
 キャトウ、膝蹴り! 膝蹴り! 膝蹴り! 膝蹴り!
 マリアンヌ、チョップ! チョップ! チョップ! チョップ!
 二人ともかなり格闘術をやる。強い。強いのでかなり痛い。
「いて、いたた、いたたっ! 本気で殴るなよう! だから任務⋯」
 レオンが女たちに、ぶったり蹴ったりされていると、騒ぎを聞いてやっと廃屋から愚連隊が出てきてくれた。
「おう、ヘヘヘヘ。オンナじゃねえか。おう、てめえ。ブラックデューク様にオンナを献上して、とっとと消え失せろ」
「ここをどこだか知らねぇとは、馬鹿な野郎だぜ。ゲハハハ!」
「おい、こりゃあ、いいオンナだぜ。みんな喜ぶぜぇ。早く中に引きずり込んで犯っちまおう」
 なかなかクズい三人が出てきた。狙いどおり三人とも剣で武装している。
 レオンの口の悪さは、愚連隊に負けていなかった。
「うるせえ、ガキ! へっ! コトが終わったら、おこぼれにあずからせてやるぜえっ。見物させてやるから、そこで指をくわえて眺めてな。ギャハハハハ!」
「なんだ、てめえ。殺すぞ。オンナを置いて失せろって言ってんだよ」
 剣の柄に手をかけた。あと少し。
「へへっ。オレの精液でもくらいなっ!」
 ぺっ!
 クズの顔面に唾を吐きかけてやった。
「野郎っ! 殺すっ!」
 よーし、剣を抜いた。一瞬でレオンは立ち上がり、抜きざまに愚連隊の眉間から顎まで斬り下ろした。残った二人も、マリアンヌとキャトウの投げた短刀が腹に突き刺さり転がっている。
「死んじまいな。ガキ」
 レオンが喉を薙いでトドメを刺した。隠れていた部隊に号令する。
「よし! 突入っ!」
 十秒で部隊が玄関前に殺到してきた。目の前に三つも死体が転がっているのを見て、一瞬足が止まる。
「どーした? 死体がなんだ? またいで行けっ。突撃っ! 攻撃開始っ!」
 気を取り直した六十名の部隊が、勇んで突っ込んでいった。すぐに悲鳴や、斬り合いというより一方的に斬りたてる音が聞こえてくる。
「マリアンヌとキャトウは、後方で支援せよ。それと警備に野次馬を近くまで通せと伝えろ。民衆には、娯楽が必要だからなっ。クックックッ⋯」
 尻餅をついていた二人は、跳ねるように立ち上がった。
「はいっ」
「はいーっ」
 レオンが、最後に廃屋に入る。振り向いて、駆けていこうとするキャトウに声をかけた。
「ああいう胸が好きな男もいるから、気にすんなよ」
「よけいなお世話ですよーっ!」
 新東嶺風が死んだ一九七八年には、セクハラなんて言葉はなかった。

 一階は、十も死体が転がり、血の池がいくつもできていた。よしよし。ゴロツキ愚連隊どもに、言っておいてやろう。
「戦闘停止っ!」
 斬り合いの音が途切れた。
「我々は、王宮親衛隊第四中隊だ。オレは、隊長のレオン・マルクス中佐である」
 いくらなんでも、昨日の今日で斬り込んでくるとは思わなかったのだろう。愚連隊のクズどもは動揺している。
「愚連隊集団ブラックデューク構成員に対し、殺人・誘拐・監禁・強姦・強盗・傷害・凶器の不法所持、さらに親衛隊に対する凶器を用いた武装抵抗罪により、戦時刑法にもとづく部隊長司法権限に則り死刑を宣告する。降伏は認めない。武器を持たぬ者でも、その場で処刑する。戦闘終了後に屋敷を焼き払う。隠れても無駄だ。おまえらが生き残る唯一の道は、戦って血路を開くことのみだ。死にたくないなら、やってみろ。⋯いいぞ。戦闘再開っ!」
 凄まじい戦闘音が響き渡った。愚連隊の戦意が一気に増したようだ。「抵抗しなければ、ゆるしてもらえる」とか甘っちょろいことを考えていたやつらも、武器を取ったのだろう。相手は、愚連隊から見れば殺人集団である親衛隊第四中隊とレオン・マルクス中佐だ。降伏しても殺されるなら、開き直って戦うしかない。
 降伏しても殺すというのはひどいようだが、一味には高位貴族の子弟がいる。命を助けたら悪事はウヤムヤにされ、再び街や領地に放たれ凶悪犯罪を始める。 赤ん坊を蹴り殺して焼いて食ったとかいう証言まである平民を人と思っていない極悪人どもだ。殺すしかない。そうしなければ、再び赤ん坊が蹴り殺され、力の無い民衆が踏みにじられる。そうレオンは、信じている。


 さーて、地下室に女どもが監禁されている。助けてやるかいな。参謀で副官格の傷のジルベールと二人で降りていくと、血だらけ死体が五、六個床に転がっていた。地下室部隊は、獲物を求めて去った後だ。かなり広い地下室に格子のついた牢があり、女が四人閉じこめられていた。ボロをまとったガリガリ女が鎖にでも繋がれているのを想像していたら、栄養状態が良く、色っぽい服を着ている。それに皆さん、けっこうカワイイ。まあ、犯すにしてもブサイクは嫌だもんな。
「あー、救助にきたぞぉー」
 女たちは、両手で格子を掴んでガタガタ揺らしている。
「火をつけるんですか? お願いです、早く助けてください!」
「カギはどこにある?」
「わ、わかりません⋯」
「困ったなぁ。おーい、だれかハンマーを持ってこーい!」
 ジルベールは、レオンよりかはデリカシーがある。女が対応したほうが良いだろうと考えた。
「マリアンヌとキャトウ、それにローザを呼べ」
 忠臣蔵や革共同両派の内ゲバ戦争を参考に、部隊はハンマーやマサカリに斧まで持ち込んでいる。途中、ハンマーで頭を粉々にブチ割られた死体を見かけたが、あれはいったいなんだったんだろう?
「ハンマーが届くまで質問するぞ。やつらが人を殺すところを見たか?」
 コクコクコクと四人ともうなづく。
「死体のありかは、わかるか?」
「庭や地下室の隅に埋めていました。はっ、早く出してくださいっ」
「道具が届かなきゃ、どうにもならんよ。やつらは何人殺している?」
「見ただけで⋯九人です」
「軍事法廷で証言してもらうぞ」
「えっ。それは⋯⋯」
 また、女に優しいジルベールが口を出す。
「安心しなよ。非公開だよ。顔や身許が知られることはないから」
 キャトウとローザが、二人がかりでハンマーを担いで持ってきた。レオンは片手でハンマーを持ち上げる。
「離れてろよー。うりゃあ!」
 凄まじい音を立てて鉄格子の扉が吹っ飛んだ。
「キャトウとローザは、牢内を捜索しろ。終わったらマリアンヌに合流し、その指示に従え。マリアンヌは、女を保護し適切な治療を施せ。証言をとるのに必要だ。氏名住所を聞き出すこと。女どもから目を離すな⋯。⋯⋯逃がすなよ。いいな」
 マリアンヌは、暗い顔をしている。心根が優しいのだ。
「⋯はい」

 一時間で、とりあえず戦闘は終わった。死体の数は七十八。廃屋から引きずり出して、野次馬によーく見えるように前庭に並べた。思ったよりも少ない。愚連隊は九十人以上いたはずだ。
 やろうども、うまく隠れていやがるな!
「複数の敵が、屋敷内に潜伏している。三人一組になって捜索せよ。捜索終了後、屋敷に火を放ち全焼させるっ!」
 隠れている愚連隊や野次馬に聞こえるように、わざと大声で言ってやった。野次馬は、拍手喝采。隠れ愚連隊どもは、青くなった。証拠が焼けてしまうので、本当は屋敷を焼き払うまではしたくない。
 三人一組になり一人が斧やハンマーを使って怪しいところをぶち壊し、二人が剣を構えて待機。そんなのが十組も家捜しをし始めた。天井裏に隠れていた愚連隊が摘発され、引きずられてきた。その場で殺さなかったのは、他の隠れ場所を吐かせるためだ。
 ヒョロヒョロしたガキだ。フランセワ王国では十五歳から成人なのだが、まだ成人していないように見える。レオンは、女に対しては全く差別も区別も容赦もしなかったが、子供には優しかった。だが、どうも引っかかる⋯。
 鼻先に剣を突きつけて尋問する。
「名を言え」
「わ、われは、ルイワール公爵家ゆかりの者で、ある~」
 ジルベールが口を挟んだ。
「ルイワールのメカケのガキなんでしょうよ。で、公爵家のもんが、こんな所でナニやってんだ? ん?」
「さっ、さそわれて⋯。初めてここに⋯」
 ジルベールは、頭が切れる。
「ヘタなウソをつきやがって⋯。初めてのわりに隠れ場所をよく知ってたなぁ? あぁ? 他のやつらはどこに隠れた? 言え」
 レオンが知りたいのは、それよりも⋯⋯。
「おまえ、なん歳だ?」
「われは⋯おととい⋯十五歳になった。おっ、大人だっ。成人貴族の権利がぁ⋯」
 レオンが、にやりと笑った。ちょっと民衆を喜ばしてやろう。
 公爵家のメカケ腹のえりがみを掴み、黒山になっている野次馬の前に引きずって行く。「民の声は神の声なり」ってな。
 外は、そろそろ薄暗くなってきた。髪をひっ掴み無理やり顔を上げさせ、野次馬にさらす。
「聴け! こいつは、たまたま居合わせただけだという。本当か?」
 シ─────────ン⋯⋯

 色白でまだ幼さが残っている。細っこい子供みたいだ。とても凶悪な愚連隊には見えない。この子を殺してしまうのは⋯ちょっと⋯。大衆は、おおむね良識的だ。
 顔を見合わせている群衆の一人が指さして叫んだ。
「あっ! あいつだ! おまえの腕を⋯」
 片腕の男が引っ張られて前に出てきた。すっかり興奮している。
「本当だ。あのガキっ、オレの腕をっ⋯!」
 レオンが口を入れた。
「斬ったのかい?」
 興奮しているが、おっかないレオンには礼儀正しい。残った片腕を振り回しながら説明する。
「通りかかっただけなのに、手下に指図しやがって。ちくしょう! オレの腕を! デュークとか呼ばれて子分に威張ってました」
「ほほう⋯。見かけによらずエラかったんだなあ。よーし」
 そう言うなりレオンはデュークを突き放し、剣を払って居合いで腕を斬り飛ばした。肘から左腕が切断され、地面に転がる。
「ギャッ!」
 地面に落ちた腕を剣先に突き刺して拾ったレオンは、固まっている片腕の男の前にそいつを出した。
「ほら、プレゼントだ。好きにしな」
「ひっ! はっ、はひ! あり、ありがとうございます」
 数百人の野次馬がレオンを遠巻きに囲み、固唾を飲んで見守っている。よほど痛いのかデュークは、残った手で腕の切断面を押さえて地面に転がりふるえている。左半身が真っ赤だ。レオンは、群衆に向き直った。
「さあ、みんな。こいつをどうする?」
 野次馬たちは、たじろいだ。デュークは、公爵家ゆかりの者とか言ってた。愚連隊で威張っていたところを見ると本当だろう。下手なことを言うと、とばっちりが⋯⋯。みな黙って下を向いてしまった。
 レオンが手を下すのは簡単なのだ。だが、民衆が「殺せっ!」と言うように仕向けたい。レオン個人の行為ではなく、民衆の支持と要求を得たいのだ。貴族どもに対する平民の恐怖心を打ち倒すこと。それが人民の意志を固め、革命性を引き出すのだ。
「どうした? こいつは、おまえたちを虐げていた愚連隊の御輿だぞ?」
 野次馬たちは、たじろいでいる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 ヒョロロ~、ポテ⋯⋯

 地面に倒れふるえているデュークの腹のあたりに、小石が落ちてきた。見ると、ばさばさの白髪で穴だらけの服をまとった八十歳ほどに見える老婆が、ヨロヨロと足下の小石を拾っている。やはり貧しい身なりの栗毛の少女が、老婆を支えていた。この少女がいなければ、老婆はその場でへたり込み二度と立ち上がれないかもしれない⋯。
 老婆は、小石を投げた。
「セガレを、かえせぇ~」
 ヒョロロ~、ポテ⋯⋯
「ヨメを、かえせぇ~」
 ヒョロロ~、ポテ⋯⋯
 支えながら少女が小石を拾って老婆に渡した。
「マゴを、かえせぇぇ~」
 ヒョロロロ~、ポテ⋯⋯

 小石はデュークの腹のあたりに落ちるが、痛くもなんともなかろう。斬られた腕をかばって、老婆の投げた小石には気づきもしない。呆気にとられたレオンだが、バアさんは⋯⋯無理だろうな⋯。少女に話しかけた。
「どういうわけだ?」
 少女は、デュークを指差して静かな落ち着いた声で訴えた。
「こいつが、お父さんと、お母さんと、弟たちを殺しました」
「ほう。なぜ?」
 こいつの悪事をレオンに言いつけたら、公爵家に殺されるかもしれない。少女は恐怖で蒼白になり、感情を失ったような顔だ。
「分かりません。気に入らないとか言ってました。笑いながら、お父さんと、お母さんと、ジェイ君と、ケイちゃんを殺して川に投げ込んだんです」
 レオンは、この少女に興味を持った。膝をついて目線を合わせる。貴族が平民の前で膝をつくなどセレンティアでは考えられないが、レオンは平気だ。
「名前は?」
「⋯えっ?」
「名前は?」
「あの⋯、エステルです」
「いい名前だ。何歳だ?」
「もうじき十四歳になります」
「婆さんの状態は? そろそろ死ぬのか?」
 ひどい言いようだが、これでもレオンはエステルを気遣っている。
「⋯⋯分かりません。近所の人が親切にしてくれるので⋯まだ⋯」
「苦労してるな。危なくなったら王立診療所に連れていけ。満員でもレオン・マルクスの名を出せば受け入れてくれる。⋯⋯さーてと、この野郎は婆さんより先にあの世行きだ⋯」
 まだ地面に転がりうめいているデュークのえりがみを持って立ち上がらせ、手荒に髪を掴んで顔を上げ野次馬にさらしてやる。
「さあ、王都民よ。こいつをどうする?」
 シ───────────────ン⋯⋯

「⋯⋯こっ、殺せっ」
「そうだ! 殺しちまえっ!」
「こんなやつ、死んであったりめえだ!」
「死ねっ!」
 ワアァァァァァアァァァァァ! ワァアァァァァァアァァァァァ! ワアァァァァァアァァァァァ!

 何個か石が飛んできてレオンにまで当たる。
「おう。一番ぶっとくて重い剣を持ってこい!」
 そばにいた伝令カムロが駆けていく。すぐにバカでかい剣を担いで持ってきた。愚連隊はマッチョで虚栄心が強いので、とんでもなくデカい太刀を飾っていたりする。カムロが担いできた太刀を、レオンは片手で軽々と持ち上げ、頭の上で振り回す。野次馬が感嘆の声を上げる。
 オォ───────────────ッ

「フン。実戦の役に立たねえ剣だな」
 王宮の武器庫から国宝クラスの剣を勝手に持ち出しているレオンには、こんな物はガラクタにしか見えない。もう半ば気絶しているデュークを投げるようにしてジルベールに渡す。
 腹のあたりで水平にした太刀を上下に振る。
「わりぃな。ここにやってくれ」
 ジルベールが、ニタリと笑った。
「へへへ⋯。良かったなぁ。レオンさんに斬られるなら、楽に死ねるぜぇ」
 すっかりチンピラ口調に戻ってしまっている。だが、こんなんでもジルベールは正義感が強く、弱い者いじめをするやつが大嫌いなのだ。下町の不良少年でヨタっていたころも、愚連隊を避けていた。もし愚連隊に加わっていたら、今レオンに斬られるのはジルベールだったかもしれない。
「へへッ、おらぁ!」
 思い切りデュークの背中を蹴り、レオンに向けて吹っ飛ばした。飛んできたデュークのヘソのあたりを、レオンは太刀で思い切り斬り抜いた。
 ドバゴッ!
 デュークは、文字通り真っ二つになった。下半身は、転がりながら野次馬の中に突っ込んでいく。上半身は、頭上三メートルの高さを血と内臓をまき散らしながら飛行し、十メートル飛んで群衆の中に落下した。ワッと逃げ出した野次馬は、恐る恐る集まるとデュークの死体に石を投げつけはじめた。レオンが血まみれの太刀を高々と掲げる。野次馬は、大喜びで拍手喝采だ。ジルベールも満足げだ。
「お見事っ! レオンさん、へへ、やりましたね⋯⋯うっ?」
 レオンの目が冷えきっている。

 レオンは、なぜこんな愚劣なことをしたのか? 民衆の人気取りのためだ。明日には愚連隊の胴が真っ二つにされたことは、王都の人々の話題の的になっているだろう。民衆は勧善懲悪が好きで、悪と見た者への暴力と血を好む。とはいえ民衆に愛されるだけでは駄目だ。愛されると同時に、畏怖されねば⋯⋯。
 レオンは、太刀を持ちかえると空に向けて投げた。太刀は、∩の軌跡を描きデュークの頭に直撃する。
 ドガッ! バシャ!
 死体の頭が突然破裂し、仰天した群衆が再び逃げ散った。デュークの頭に太刀が突き立っている。敵に容赦しないレオンにジルベールは、すっかり感心した。
「ひょう! やるぅ。レオンさん」
「くだらねぇよ⋯」
 レオンに呼ばれ、カムロのリーダーが駆けてきた。並べている愚連隊の死体に向かって歩きながら、レオンが命令する。
「あのエステルという少女を、カムロ組織で保護せよ。偶然を装い、男女二名で住居まで付きそえ。友人関係となり、週に数回はエステルの状態を確認すること。困窮した場合は、物心両面の援助をせよ。エステルは、来年開校させる軍女子士官学校に入学させる。そのための援助を行え。⋯カムロ組織の援助であると悟らせないようにしろよ」
 血が下がって貴族口調に戻ったジルベールが並んだ。
「ずいぶんあの娘に肩入れしますね?」
「逸材だよ。親兄弟が殺されているのに隠れていることができる自制心」
 ジルベールが、ちょっと笑う。
「腰が抜けてたんじゃないですか?」
「違うな。自分が出ても殺されるだけと見切ったんだ。賢い」
「でもねぇ。あんな小娘に⋯」
「オレの目をまっすぐ見て理路整然と話した。頭が良くて度胸もある。それに復讐する機会を逃さなかった決断力。逸材だね。一人でも多く人材がほしいからな」

 前庭に九十ばかり死体が並んでいる。これも大衆を喜ばせるためだ。レオンは満足げにながめた。後始末の指揮をしている班長に訊ねる。
「部隊の損害は?」
「今のところ確認できません」
 その時、死体の中からうめき声が聞こえてきた。
「なんだ。あれは?」
「生存者がいるようです。もう戦闘力を失っていますので⋯」
「ちっ! 捕虜をつくるなと命令しただろうがっ!」
 レオンはズカズカと死体の中に入っていき、細剣を抜いた。息がある者の喉を、片っ端から切り裂いていく。遠目からは、赤い霧の中で剣を振るっているようだ。ついてきたジルベールが、さすがに目を丸くした。
「なんでまたこんな⋯⋯」
「生かして帰したら、こいつらの実家が国王に泣きついて流刑くらいに減刑される。⋯あの王様は優しいからな。流刑先でも貴族特権で抜け出して、また面白半分に平民を殺す。愚連隊を一人生かしておいたら、平民が十人死ぬ。生かしておくわけにはいかねえよ」
 集まった野次馬は、レオンが愚連隊にトドメを刺すたびに歓声をあげ、お祭り騒ぎだ。わざと野次馬たちに見えるように、デカい財布袋をカムロに投げて渡す。五十万ニーゼくらいは入っていたはずだ。
「このカネで、安酒を買えるだけ買って届けさせろ。届いたら民衆に、レオン隊長からの戦勝祝いだといって配れ」
「はいっ! レオン様。ただちに」
 数人の仲間を集めて駆けていく。カムロが、カネを持ち逃げする可能性は、ない。まぁ、万一そんなことがあっても、元の仲間が地の果てまでも追いかけて捕縛し、レオンに無断で始末するだろう。
 すぐに酒が届いて配られた。野次馬たちは、前庭に愚連隊の死体が運び出されるたびにいい気分で拍手している。しかし、まだ敵が隠れていそうだ。探し回るのにもくたびれてきた。
「よーし。こうなったら火をつけるぞぉ。おらぁっ!」
「それは犯罪です! 止めてください!」
 良識ぶって止めだてする部下がいる。無視して廃屋敷に入る。女が監禁されていた地下室の入口の前で指示する。
「おう、油を持ってこいっ!」
 さすがの親衛隊騎士たちも、「うっ」となって動かない。代わりにハサマ指揮するカムロたちが、樽いっぱいの灯油を持ってきた。
「フハハハハハ! 皆殺しだ! 焼き殺してやるわっ!」
 樽ごと灯油を地下室に蹴り込んだ。よしよし。
「ランプを貸せ」
 やはり親衛隊騎士は、動かない。しかし、「レオン様のご命令は、ジュスティーヌ様のご命令。ジュスティーヌ様は、聖女。女神! 絶対に従うべきお方」という信仰に取り憑かれているカムロが、大急ぎで火のついたランプを持ってきた。
「よーし、えらいぞぉ。きっとジュスティーヌもよろこんでる!」
 頭をナデナデするとランプカムロは、心底嬉しそうにニコニコだ。
「隊長! 待って下さい! 類焼したら⋯⋯」
「その時はその時だ。大丈夫だって。ほーれ、火炎ビンだぞぉ!」
 ポ─────────イ! 
 パリン! ボアンッ!
 ゴオオオオオオオォォォォォォ~

 ランプを地下室に投げ込んだ瞬間、爆発炎上した。地下室の出口から炎が噴き出す。親衛隊の騎士たちは、もう呆然だ。
「よーし、地下室の扉を閉めろ。開かないように釘と板で打ちつけろよ。念のため扉の前に不燃物を積み上げとけ」
「このままでは火災に! どうするのですか?」
「なにもせんでも消えるよ。教えただろ? 燃焼という現象は? ⋯言ってみろ」
「は、はい。燃焼とは、可燃物が空気中で光や熱の発生をともない、激しく酸素と反応する酸化反応⋯です」
「よし、優秀だな。酸素が無くなると、どうなる?」
「⋯⋯燃焼しません」
「地下室の入口は、ここしかない。密封したので酸素を消費したら火は消える。で、酸素が無くなったら生物はどうなる?」
「窒息しますね」
「そういうことだ。地下室のゴミ虫は、掃除した。あとは一階と二階だ⋯。おまえら、火事がどうだの、いい感じで騒ぎたててくれたな。隠れているゴミ虫どもは、さぞビビってるだろうよ。ふふふ⋯⋯」
 カムロたちが、質の悪い藁や生木を運び込んできた。元は野宿者なので、焚き火は慣れたものだ。
「おら、騎士も手伝え。戦闘だけが仕事じゃねーぞ。ガハハハハッ! 焼けっ! 焼き払え!」
 ものの数分で、カムロ製ケムリ発生機が完成し、点火された。アッという間に屋内に煙が充満する。ゴホ!ゴホ!ゲヘ! こら、たまらん。
「危なくなったら退避しろよー」
 レオンたちが外に逃げ出すと、デカい廃屋敷はもう煙に包まれていた。火をつけたと勘違いした野次馬が、手をたたいて大喜びだ。
「焼け! 焼け! 焼いちまえ!」
「愚連隊どもを一人残らず焼き殺してくれ~!」
「ひょーっ! いいぞー! 第四中隊っ!」
「燃えろ~! 愚連隊は焼け死ねぇ~!」

 愚連隊は、よほど王都民に憎まれていたとみえる。自然発生的に大拍手とレオン・コールがわき起こる。
 ドッ!
 ワアァァ─────────────ッ!!
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
 レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!レオン!


 よーし、よしよし。応援にこたえて、サービスしねぇとな。
 廃屋の二階の壁が割れて、中から五人ばかり転がり出てきた。こんなところに隠し部屋なんかつくってやがった。情けねえ愚連隊だ。こいつらも、幹部だろう。
「顔や名前を確認する必要はない。斬れ!」
 うっかり上位貴族のガキだと確認してしまうと、後から難癖をつけられるかもしれない。こいつらは、乱戦で死んだのだ。
 二階から飛び降りた愚連隊幹部どもは、次々と斬り伏せられていった。一人がレオンの足元にはいずってきた。
「よよよよ、余は、ルイワール公爵家が六男、レングスである。隊長は剣を引かせよ~」
 またルイワール公爵家とやらかいな? 髪を鷲掴みにして、野次馬の方に引きずっていった。なにかキーキー叫んでいる。
「おう、コイツが貴族とやらだとさ。ゴロツキ公爵家のセガレなんだとよ。くだらねえ野郎だぜっ!」
 憎しみと嘲りの混じった笑いが巻き起こった。こんなやつは、公爵家の看板を外せばゲスで惨めなクズにすぎない。大貴族の虚飾をはぎ取られた公爵家のセガレの無様な姿に、見物人が大笑いだ。
 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!

『貴族の権威』とやらを踏みにじってやる。⋯なんといっても革命を起こすんだからな。いずれ階級敵は、全て滅ぼす。
「おう、この男に剣を渡せ」
 王宮親衛隊にも、公爵家の子息は何人かいる。王家の縁戚さえいるし、建国以来の名家も多い。「いいのかなー」という調子で、親衛隊騎士たちが見ている。
「早くせんか!」
 ビクッとなって、一番近くにいた騎士が、ルイワール公爵家のレングスとやらに抜き身の剣を渡した。レオンも剣を抜く。
「オレを斬り倒して逃げてみろ」
 子分に命令してさんざん人をなぶり殺しにしてきたくせに、自分の番となると恐ろしいようだ。ロクに剣も握れずガタガタふるえている。
「余はコーシャク家の⋯⋯」
 野次馬大衆が熱狂している。
「すげえ!」
「死闘だっ!」
「レオンさん! 殺っちまって下さいっ!」
「こんな野郎は、死んであったりまえだ!」
 殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せっ!
 うわ──────────っ!

 言われなくても、完全打倒するぞぉ。なるべく格好良く殺して、民衆を喜ばせたいねっ。脇差しを抜いた。
「いくぞぉ⋯⋯」
「よよよ余は、コーシャク家のぉ⋯⋯。ヒイイイイイ!」
 ザッ!
 派手に血が噴き出るように喉を薙いだ。まるで噴水だ。もう死んでいるのだが、景気づけに脳天に剣を叩きつけた。鼻のあたりまで刃が届き、公爵家のレングスとやらは、頭蓋骨に剣を突き通したままドス黒い血の海の中に崩れた。
 シ───────────────ン

「お貴族様なんぞ、こんな程度のもんだ! わーっははははははっ!」
 死骸に足を乗せて踏みにじってやった。グーリグリグリ~!
 ドッ!
 ワアァァ────────────ッ!!

「貴族だろうが、王族だろうが、無辜の民を害するやつは、死刑に処すっ!」
 ワオォォァ────────────ッ!!!

 さすがにレオンのこの発言は、後でちょっと問題になった。王家守護が任務で国王直轄の王宮親衛隊の行動なので、発言も国王の意志ということになってしまう。温厚な国王からお小言を浴びたが、批判は立ち消えとなった。

 切り刻まれた死体を百近くも前庭に並べてやった。みんな滅多切りで、まともな死体などほとんどない。愚連隊にひどい目にあわされていた王都の民衆は、くたばった貴族愚連隊のクソガキの死体に罵声を浴びせ、石を投げつけ、今までの溜飲を下げた。
 
 敵が全滅したので後始末だ。いちいち死体の身元を確認し、係累の貴族家に引き取りに来るように連絡してやった。貴族家など冷たいもので、死体を引き取りに来たのは三割程度だ。家門の恥を始末してもらい、内心喜んだ貴族家も多かった。しかし、戻ってきた死体がめちゃめちゃに損壊していたことは、貴族の名誉を汚したとかで、保守派貴族にレオンに対する強い反感を抱かせることになった。そのためレオンは、後にテロられた挙げ句、失脚することになる。

 本当は公爵家のレングス君の首を突き立てた槍を先頭に凱旋したかったのだが、ジルベール大尉以外の全員がカンベンしてくれと反対するので断念した。
 全身に血を浴びて真っ赤な者が何人もいる。百五十人の親衛隊騎士が整列した。貴族子弟らしく長身の美形ばかりで装備も格好いいので、やけに映える。周囲は、黒山の人だかりだ。歓声が上がる。
「いいぞっ! 親衛隊第四中隊っ!」
「うお────────っ! 親衛隊第四中隊っ!」
「第四中隊、バンザーイ!」
 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
 わ────────っ! わ────────っ!

 真紅の旗にカマとトンカチのマークをあしらった例の軍旗を先頭に、軍歌に化けた革命歌『インターナショナル』を全員で高唱しながら、民衆の歓呼に包まれ、第四中隊は威風堂々と親衛隊宿舎に帰還したのだった。

♪起て!飢えたる者よ 今ぞ日は近し
♪さめよ我がはらから あかつきは来ぬ
♪暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて~

 

 レオンは、今回の愚連隊狩りの責任者なので、早急に報告書を書かなければならない。この報告書は、国王にまで上がる。アジビラの勢いで思い切り一気に書いた。

「我が王宮親衛隊第四中隊は、王都民に塗炭の苦しみを与えている極悪の犯罪組織『ブラックデューク』に対し、調査活動をを行い、殺人・誘拐などの重犯罪の証拠を得た。『ブラックデューク』一味をせん滅すべく、十二月十六日十六時、百五十名からなる部隊が出動した。十七時、『ブラックデューク』が不法占拠している廃屋敷に部隊が到達。武装集団は剣を抜き、抵抗の構えを示した。十七時十二分、突撃隊が敵アジトに突入し、戦闘を開始。戦闘は、せん滅戦の様相を呈し、親衛隊騎士は、容赦することなく次々と敵戦闘員を粉砕した。約一時間の戦闘の結果、九十八名の敵を完全打倒した。また、焼尽した地下室より敵四名の焼死体を発見した。前日十五日に打倒した三十ニ名を加えると、親衛隊第四中隊は、百三十四名の極悪犯罪分子の完全せん滅を成し遂げた。部隊の志気は高く、戦意はいよいよ盛んである」
 
 ニ波に渡る凄まじい攻撃で、百人以上の愚連隊を完全せん滅した王宮親衛隊第四中隊とレオン隊長は、一躍王都民の人気者になった。それと同時に恐怖の象徴ともなった。王都パシテで百人を超える集団殺人が起きたのは、二度目のファルールの地獄以来、実に二十年ぶりだ。
 レオンなら、もし愚連隊が逃げなければ三日連続で出撃していただろう。しかし、王都の民衆を脅かしていた愚連隊は、文字通り消え失せた。賢明にも皆殺しになる前に、逃散してしまったのだ。
 レオンの性格の特徴は、徹底性だ。逃げても手を緩めず敵を追いつめ、全滅させようとする。カムロのレポ隊と親衛隊騎士の遊撃部隊を王都に放ち、逃げ込んでいた貴族屋敷から愚連隊が出てくるのを待ち伏せさせた。都市ゲリラ戦の訓練と称し、愚連隊が姿を現すとレポ隊の通報を受けた遊撃部隊に襲わせ、貴族屋敷の門前でさらに数十人も血祭りに上げた。

 04に続く