運命の予感
本文
ほのかなる気配、伊勢の御息所にいとようおぼえたり。
何心もなくうちとけてゐたりけるを、かうものおぼえぬに、
いとわりなくて、近かりける曹司の内に入りて、いかで固
めけるにかいと強きを、強ひても押し立ち給はぬさまなり。
現代語訳
暗闇でほのかに感じとれる明石の君のけはいは、伊勢に
いる六条の御息所によく似ていた。無心にくつろいでいた
ところへ、源氏が訪れたので、気が動転して、女君は近く
の部屋に入ってしまった。どう閉めたのか、固く閉ざされ
たから、源氏は無理に押し入ろうとはしない。
本文
されどさのみもいかでかはあらむ。人ざまいと貴にそび
えて、心恥づかしき気配ぞしたる。
現代語訳
しかし、いつまでもそうしてはいられないので、何とか
部屋に入った。女君は、気品があってすらりと背が高く、
優雅な雰囲気を漂わせていた。
本文
かうあながちなりける契りをおぼすにも、浅からずあは
れなり。御心ざしの近まさりするなるべし。常はいとはし
き夜の長さも、とく明けぬる心地すれば、人に知られじと
おぼすにも、心慌ただしうて、細かに語らひ置きて出で給
ひぬ。
現代語訳
源氏は、このように何かに強いられたような契りを思う
と、二人を結ぶ因縁の深さにしみじみと心打たれた。この
ような仲になって、愛情はいっそう深まった。ふだんは一
人で過ごす夜の長さを嫌っていたが、今朝は早く明けてし
まった気がして、人に見つかるまいと思うと落ち着かなか
った。女君に心を込めた言葉をかけて、部屋をあとにした。
角川ソフィア文庫ビギナーズクラシックス
日本の古典源氏物語より