須磨のわび住まい

本文

 かの御住まひには、久しくなるままに、え念じ過ぐす

まじうおぼえ給へど、我が身だにあさましき宿世とおぼ

ゆる住まひに、いかでかは。うち具しては、つきなから

むさまを思ひ返し給ふ。

現代語訳

 須磨の生活が長くなるにつれて、都に残した紫の上と

逢えないことに耐えがたくなってきたが、当の自分でさ

えみじめな運勢と思い知らされるようなこの住まいに、

どうして彼女を呼び寄せることができようか。しかも、

今の立場で同居すれば不都合なこともあろうと、考え直

した。

 

本文

 所につけて、よろづのことさま変わり、見給へ知らぬ

下人の上をも見給ひ慣らはぬ御心地に、めざましう、か

たじけなう、自らおぼさる。

煙のいと近く時々立ち来るを、これや海人の塩焼くなら

むと、おぼしわたるは、おはします後ろの山に柴といふ

もの、ふすぶるなりけり。

現代語訳

 都を遠く 離れた土地柄のせいで、何事も都とはようす

が異なっている。 源氏のような貴人を見たこともない人

々。 そのような田舎の暮らしは、経験したことがないの

で、ただただ驚き、我が身がもったいなくさえ思った。

煙が時々すぐ近くに立ち上るのを、これこそ海人が塩を

焼いている煙だろうと思っていたが、実は、住まいの後

ろの山で柴を燃やす煙だった。

 

宮殿の中で生活してきた源氏には、立ち上る煙が何を

 焼いている煙なのかわからない。(歌語の知識しかな

 いので)

 このような生活の中で源氏は人格の幅を広げていく。

 

    角川ソフィア文庫 ビギナーズクラシックス

             日本の古典源氏物語より